虫を描く私――標本画家のひとりごと 川島逸郎

2023.7.5

25忌み嫌われる虫 クロゴキブリを描く

 

私にとってのゴキブリ観

 身近から自然が消える一方の現代にあって、虫はもはや異界に生きる存在なのでしょうか。特に、都会の人々が出くわした虫に対してしばしば示す激しい嫌悪感は、はたで見ているとその滑稽さに可笑しみを覚えるほどのものです。忌み嫌われる虫の筆頭がゴキブリでしょう。私自身は彼らに対して嫌悪感や忌避感こそないものの、てらてらとつやのある黒々しい体、その敏捷な動きは、室内ではさぞや異形に見えるに違いなかろうと理解はできます。とは言え、ゴキブリについては、前回のテントウムシと同様にさしたる関心を抱くことがありませんでした。それでも、思い返してみるといくつかの思い出が蘇ってきます。今から四十年余りも昔は、一般家庭では二種類が見られた記憶があります。今や家庭内のゴキブリ界を席巻したクロゴキブリに、その勢いに追われてかその後室内からすっかり姿を消したヤマトゴキブリも混じっていました。後者はより小型で、翅の短い雌の姿がとりわけ印象的でしたから、幼な心にもよく覚えていたわけです。台所に仕掛けた、駆除用に市販されている粘着トラップを覗くのが日々の楽しみと化し、幼虫ばかりで飽きた頃に立派な翅が生えた成虫が掛かっていたときなど、何とも嬉しかったのを思い出します。他にも、一般家屋ではなくビルなどに多く生息するチャバネゴキブリは、とある居酒屋で私が座っていた席の真横の壁に現れ、私が昆虫採集用の毒びんを反射的に被せて採集すると、その一瞬の手際を同席した友人らにひどく感心されたことがあります。意外なところでは、新幹線の車中で二度ほど見かけたこともあります。要するに、私にとってのゴキブリ観とは不快害虫あるいは衛生害虫のそれではなく、あまたいる虫の一つ、というものに過ぎなかったわけです。

 今回、描くテーマとして俎上に上がったとき、一度はしっかりとした図を作ってみても良いなと思いました。なぜなら、各部分が退化や消失することもなくきちんと揃っていて、昆虫の形態の基本を知るためのモデルとしては、もっとも理解しやすい虫の一つであることを知っていたためです。加えて、そこには自然の造形として、ゴキブリなりの整然とした「美しさ」もあるはずで、私の手作業を経た画面の上でそれらを引き出すことができるだろうとの確信が、密やかな思いとしてありました。果たして、その結果は如何に? ここで皆さんにゴキブリの全図をお目にかけて、ご判断を仰ぐことにしましょう。 

 

2023年制作。 ©川島逸郎

 

頭部(正面顔)

 昆虫の形態について良く知る人であれば、ゴキブリの頭部あるいは顔つきとはどのようなものか、すぐに浮かぶことと思います。しかし、世間一般で考えたらそんな人はごく稀でしょう。もしかしたら、丸みをおびた大きな前胸背板を、頭と思われている方もいるかと想像されます。長く鞭のような一対の触角こそ目立ちますが、それらを生やしている頭部はその大きな前胸背板の下に隠されて、ほとんど見えないからです。

 さて、私が改めて眺めたゴキブリの頭部とその各部分は、昆虫の基本的な構造を持った変哲のないものでした。上に述べた通り、そなえるべき部分はひと通りあり、どこかが著しく変形することも退化することもありません。強いて言えば、複眼の内側、触角孔のすぐ上に、円形に色素が抜けた部分が左右一対あるのが目についたくらいでしょうか。文献でおさらいしてみると、どうやら単眼が退化した痕跡ということです。確かに、他の昆虫でしばしばみられる三個の単眼はゴキブリの頭頂部や額には見当たらず、私にとっては今にして得た新たな知識になりました。縦棒の長さは1ミリ。

 

2023年制作。 ©川島逸郎

 

大あご(左右/ 前面)

 これは多くの方がご存知のことと思いますが、ゴキブリは植物質から動物質まで広く餌とする虫です。雑食性とされる所以ですね。私は、標本を作成しているときに、油断して放置していた展翅中の昆虫を齧られたことがあります。もっと腹立たしかったのは、大事な古い上製本の布表紙を齧られた一事件で、金箔の背文字の一部もともに失われてしまったのには、怒り心頭に達したものでした。これほどに何でも齧る虫ですから、当然、その大あごの形には興味が惹かれます。ゴキブリとごく類縁の近いカマキリの大あごは、思いのほか先端の切歯部が鋭利ではない反面、Z字状に隆起した臼歯部が印象的だったのを思い出しました。果たしてゴキブリではどうでしょうか。

 全体的には、やや細みのあるカマキリとは違って、標準的な長さや厚みがあり、いかにも頑丈そうです。先端には、四、五個の切歯が並んでいますが、それらはむしろカマキリよりも尖っていました。これなら、どんなものでも齧りやすいことでしょう。ただ、雑食的とも言える幅広い食性を持ちながら、臼歯部が発達してはいなかったことが意外でした。それが著しく発達するバッタのようには、咀嚼することがないものでしょうか。縦棒の長さは1ミリ。

 

2023年制作。 ©川島逸郎

 

小あご(左側/ 腹面)

 小あごは、中央にある下唇を挟む形で、大きく左右一対に分かれている部分です。ここでは左側のものを腹(下)面から描きました。主体となる部分の先端は、「内葉」「外葉」の二つに別れています。この部分は変化が起きやすいようで、虫の分類群によっては双方が融合したり、どちらかが退化して消失したりするのですが、ゴキブリではいずれもきちんと備わっていました。側方から生える小あごひげの先端の節は細長い三角状に広がっていて、手前の節よりも感覚毛の密度が特に高いのが見て取れます。小あごは、大あごほど咀嚼に適してはいませんが、味覚の感受により特化しているせいか、内葉や外葉、小あごひげ先端のそれぞれに特有の感覚毛がそなわるのが見どころです。縦棒の長さは1ミリ。

2023年制作。©川島逸郎

 

下唇(腹面)

 下唇もまた、小あごと同じように基本的なパーツが揃っていました。本体の両側に生える下唇ひげは、小あごひげよりも格段に細く小さく、先端の節もさして広がることはないので、それらの対比が目立ちます。ただ、先端の節に感覚毛が多く生えることは共通していました。小あごひげと併用しながら、味覚を感受しているのでしょう。こうした細かな毛の密度や長さも、正確に写し取るように心がけました。基部から「亜基節」「基節」「前基節」の三つから成る本体は、それぞれの板(節片)が明瞭でしたが、先端に内葉と外葉とが並んでいた小あごと同じように、下唇においても「中舌」と「側舌」とが前基節の先端に揃って並んでいました。例えば、トンボの幼虫(ヤゴ)ではこれらの部分が大きく改変してしまっていて、ゴキブリのような基本的な構造からどのように変化したのかを読み取ることは困難です。テントウムシの口器でも細かな各部分の融合が進み、それらの境界線を読み取るのに難儀したものでした。こうした点では、ゴキブリではそれらの線も明瞭で観察は楽で、スケッチも取り易かったです。縦棒の長さは1ミリ。

2023年制作。 ©川島逸郎

 

前・後翅(右側/ 背面)

 ゴキブリを描くに当たって、真っ先に浮かんだ特徴は翅の「翅脈」でした。時に彼らは網翅目とも表記されることからしても、その細かさや密度、枝分かれの仕方について、正確なスケッチを取る困難さが容易に想像できたからです。

 いざ作業を始めてみると、その難しさは予想に違わぬものであることを痛感しました。いかなる対象でも同じことですが、まったくの予備知識もなくしては写生すら覚束ないものです。そこで、1955年に出版公表された模式図と現物とを見比べ、確認しながら目の前にある情報を読み取ることから始めましたが、どうして、この作業自体が難しいのです。

 模式図では明瞭な線として描かれた翅脈の各々に名称が付されているのですが、顕微鏡の下で覗く現物では、どうにもその図のようには見えません。参照した総説によれば、一個体ごとの変異も多いそうです。先へゆくほどに枝分かれ具合の規則性は乱れているようにも見え、この点では確かに変異は多そうだなと感じさせました。一方で、基部から伸びる太い脈ではそうそう変異があるとは思えませんが、意外に不明瞭に見える部位もあり、模式図をもとに脈を追跡することの難しさを覚えました。今回の翅のスケッチは、より多くの個体をもとに観察経験を積まない限り、簡易な予備知識だけではどうにも太刀打ちできないことも時にはある、との勉強になったことです。縦棒の長さは5ミリ。

 

2023年制作。 ©川島逸郎

 

脚(左上:前脚、右上:中脚、下:後脚/いずれも腹面)

 その雑食性とともに、ゴキブリの敏捷さは広く知られていることでしょうが、それに相応しく、脚はとてもしっかりした造りをしています。前、中、後と三対ある脚の形状は、多少の大小こそあれ基本的には同じで、カマキリのように前脚だけが特化して捕獲肢となることはありません。基節に始まり、五節からなる附節や爪で終わる先端まで、昆虫の中でももっとも標準的な構造をしています。上に挙げた小あごや下唇といった口器での例のように、どこかが退化したり融合したりすることなくきちんと分節しており、二本の爪の間には小さいですが褥板(じょくばん)も見えます。褥板とは、その位置関係から「爪間板(そうかんばん)」とも言うクッション状の柔軟な部分で、粘着性を伴うこともあります。脛節に生えた棘の本数や位置さえ間違わなければ、構造を把握するにも、理解して描くにも簡単です。これら棘の基部は可動するので折り畳むこともでき、地表面に合わせて素早く動くのに適した造りになっていることに改めて感心させられますし、粘着性をもつ褥板があればこそ、滑らかな表面の上でも滑ることなく動けるのだと納得もします。縦棒の長さは5ミリ。

 

2023年制作。 ©川島逸郎

2023年制作。 ©川島逸郎

 

 虫のありのままを正確に描くことを目的にするなら、その形や状態が特殊であろうが変哲もなかろうが、絵の出来を左右するものではありません。ですが、変わったものや特異なものを目の当たりにすれば、やはりその分だけの目を惹かれますし、興奮もし、これこそ描いてみたいと思うものです。その意味では、改めてゴキブリの形態に向き合ってみたとき、そこまでの衝動は沸き起こらなかったというのが正直な胸の内です。虫の形態の多様さに惹かれ、観察を続けてきた私にとってのゴキブリとは、いたって基本的な形態をもったごくごく平均的な虫だったのでした。もし、初学者が昆虫の形態や構造を学ぼうとするなら、まずゴキブリを観察すべしとお奨めしたくなるほどです。その一方で、世間一般の強烈なイメージとは別に、ゴキブリが持つ昆虫としての基本的な有り様をここで再確認できた経験は、多種多様な形に向き合い続ける私にとって、予期せぬことであったとは言え初心に立ち戻れたとの意味で、とても有意義な機会となりました。

 そして、描き手の判断で画面に残す情報を選り分けることができ、さらには人の手を経るだけで現実の虫が背負っている負のイメージを払拭し、凌駕し得るのが絵という表現手法なのです。皆さんにも、ゴキブリの体の美しさを感じ取っていただけたら良いのですが。

 

(第25回・了)

 

 

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本連載は今後しばらくの間、不定期更新でお届けします。
次回の更新をお待ちいただけましたら幸いです。