ごりやく酒 パリッコ

2024.2.23

01「東伏見稲荷神社」と屋台のレモンサワー

 

 

酒にまつわる奇跡

 酒のことを好きになってから、早いもので20数年。いつでもずっと好きなままだし、その愛は深まってゆくばかりです。「趣味は酒」と言うとダメ人間感はなはだしいですが、それ以上に好きなものがないのだからしかたがない。不遜なことですが僕、我ながら、酒への執着という一点においては、人類のなかでもけっこう上位にいるのでは? とすら自負してしまっている節があります。もちろん、上には上がいくらでもいることは承知してますけど。

 そんなふうにひたすら酒を愛し、酒場を愛し、日々飲み続けていたら、いつのころからか、「これ、偶然という言葉では片付けられないよな……」という出来事に遭遇する率が、年々上がってきているように思えるのです。わかりやすく言えば「酒にまつわる奇跡」とでも呼びたくなる出来事。

 絶対に会うはずもない地方の酒場で、人生のなかで別々に知り合った複数の知り合いと鉢合わせたとか。ほったて小屋のような外観がどうしても気になって扉を開けた店で、ご主人になぜか「ふだん一見さんはお断りしてるんだけど、特別だよ」と言ってもらえ、出てきた絶品料理の数々がすべて無料だったとか。若いころからずっとあこがれていた雲の上のような存在の人に、信じられないタイミングでぽろりと会えてしまい、その日のうちに楽しく酒を酌み交わしていたとか。

 そもそも、ただ流されるままに生きていたら、一度も「なりたい」と目指したこともない「酒場ライター」という世にも珍しい職業が生業になっていること自体、奇跡っぽいよなと思います。

 また、わかりやすい例で言うと、もう20年来の飲み友達である、漫画家の清野とおるさん。清野さんの漫画を読んだことのある方ならばごぞんじだと思いますが、彼ほど街から 愛され体質の人は本当に希少で、一緒に飲みに行くと必ずと言っていいほど、想像を絶するおかしなことが起きるんですよね。あまりにもあまりなので、以前、手ぶらであちこちの街に一緒に飲みに行ってみて、ただその様子をレポートするだけの連載企画を始めてみたら、11回の取材のうち、空振りは一度だけ。あとの10回では見事に衝撃の出会いがあり、そのすべては、『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』という単行本に克明に記録されていますので、ご興味があればぜひ(宣伝)。

 ちなみにそうそう、ちょうど今夜。その企画で数年前に訪れたお花茶屋という街の飲み屋で知り合って意気投合し、それ以来ご縁が続いている超ファンキーな家族「小林家」のご夫婦や娘さん、そしてもちろん清野さんと、一緒に飲みに行く予定なんですよ。なかなかなくないですか? そんなこと。

 さて、僕はそういった奇跡の数々についてこれまで、もしかしたら「お酒の神様」とでもいうような存在がいて、あまりにも酒好きな僕に、たまにごほうびをくれているんじゃないか? というイメージを持っていました。が、近年、いや、世界って、宇宙って、もっとシンプルにできているのかも、と思うようになりました。つまり、「好き」という純粋な心に従って生きていると、奇跡の確率は自動的に上がる。それはもはや、偶然ではなくて「必然」である、と。

 ただ、その必然を増幅させるきっかけのようなものが、実はいろいろとあるというふうにも思うようになってきました。そのひとつが、僕も清野さんも、街に古くからいる神様、神社仏閣があれば、敬い、必ず挨拶をするタイプ。霊感があるわけでもないし、極度にスピリチュアルに傾いているわけではないんですが、飲み歩く際には、見かけたその街の神様に「今日は1日、おじゃまします」と、お詣りをするようにしています。それが目当てというわけではないけれど、その瞬間からカチッとスイッチが入ったように、おかしな出来事が連鎖しだすなんて体験を何度もしてきているので。

 前置きが長くなりました。この「ごりやく酒」は、「街で飲み歩く前に、まず神様に挨拶する」という行程を必ず行って、あとはただ気ままに飲み歩き、その様子を記録しようという連載です。ただしあくまでも、「奇跡よ起これ!」と願いつつではなくて、そうしたほうが気分がいいし、自分が楽しいから。今、そういう飲み歩きがしたいから。これまでの僕が、見知らぬ街に出かける理由って、「飲み歩くのが楽しそうだから」が多かったのですが、「こういう縁起のいい神社があるらしいから」がきっかけで訪れた街で、一体どんな酒場に出会えるのか、わくわくするじゃないですか。

 

マイホーム神社

 ところで、僕が初詣や厄払い、その他、なにかあると必ず訪れている、いわば ホーム神社があります。それは、東京都西東京市にある「東伏見稲荷神社」。なんだかごりやくが薄れてしまわないか心配で、今まで一度も口外したことがなかったんですが、よく考えたら神様の心がそんなに狭いわけないですもんね。

 東伏見稲荷神社は、1929年、かの京都「伏見稲荷大社」の分霊を勧請して創建された神社。通いだしたきっかけはものすごくささいなことで、数年前、我が家から遠くない場所にそういう立派な神社があると知り、近くを通った際に、何気なく寄ってみたというだけ。本殿の裏手には、赤い鳥居がずらりと並ぶ18カ所の末社があり、せっかくなのでそちらひとつひとつにもお詣りをして帰りました。

 なんだか気分すっきりの帰り道、最寄りの西武新宿線、東伏見駅から電車に乗ってスマホを開くと、偶然なのかもしれませんが、その数分前に、初めてご連絡をいただく方からの、ちょっと驚くような大きめのお仕事の依頼メールが来ていて、「東伏見稲荷神社さま、一生ついていきます……」と思ってしまったというわけ。まぁ、こういうのは自分の気持ちが大事ですからね。

 ちなみにこの連載を始めるにあたり、実はすごく心配だったのが、「そもそもこの企画自体、罰当たりじゃないだろうか?」というもの。ただですね、今年も年始早々、東伏見稲荷神社へ初詣に行ってきたんですが、敷地じゅうに、それはもう大量の屋台が出ていまして。かつ、境内の真ん中には、お酒が飲めるテーブル席が広々と設営されており。

 

元日の「東伏見稲荷神社」

 

参拝客で大にぎわい

 

数え切れないほどの屋台が立ち並び

 

こちらもまた大にぎわい

 

当然酒だってある

 

大量のお燗酒

 

仮設の飲食スペース

 

 数え切れないほど多くの人が、参拝に来たついでに幸せそうに飲んでいる。神社仏閣のイベントごとと酒、そもそもが切っても切れない関係なんだろうなと。こういう光景は、はるか昔からあったんだろうなと。であれば、別に悪いことをしているわけじゃないし、あくまで節度を忘れず、やってみましょうよと。いうわけで、今、この原稿を書いている次第でございます。

 

当然僕も、焼鳥をつまみに

 

レモンサワー飲みましたし

 

 初回ということでまえがき的になりましたが、いよいよ次回から、あちこちの街を舞台に「ごりやく酒」を楽しんでいきたいと思っています。よろしければしばらくの間、お付き合いのほど、何卒よろしくお願いします。

 

(第1回・了)

 

本連載は、隔週更新です。
次回:2024年3月8日(金)掲載予定