神社で一拝、酒場で一杯。各地の神社仏閣やパワースポットにお詣りをし、その街で出会った酒場でふらりと飲む。それが「ごりやく酒」。
お酒の神様のもとへ
先日、数年ぶりに関西方面へ遠征に行く機会がありました。
大阪でのイベント出演や雑誌取材などの予定にからめて、3泊4日。僕の仕事は酒場ライターなので、その間は当然、朝から晩まであちこちの酒場で飲みまくり食べまくりの予定。となればやっぱり、土地の神様にもご挨拶したい。
特に前から一度行ってみたいとあこがれていたのが、京都にある「松尾大社」です。こちらはなんといっても、お酒の神様として信仰されていることで有名。酒飲みとしては、お詣りをしておかないわけにいかないじゃないですか。そこで、宿は大阪だったのですが、初日の最初の目的地を松尾大社とし、新幹線で京都までやってきました。
京都から市営烏丸線で四条駅。徒歩で烏丸駅へ移動し、阪急京都線で桂駅、さらに阪急嵐山線で松尾大社駅と乗り継ぐ。スムーズに行けば30分ほどの行程のところ、慣れない土地なものであわあわしつつ、小一時間をかけてついに、あこがれの地に到着。
ここが……
改札を出るといきなり目の前にどーん! と大きな鳥居が見えます。
身が引き締まる
松尾大社の歴史はなんと飛鳥時代にまでさかのぼります。この地にか古くより住んでいた住民たちが、松尾山の山霊を、その頂上付近にあって神様が宿るとされる石「磐座(いわくら)」に祀って、生活の守護神として崇拝したのが始まりなのだそう。
鳥居の奥には今もそびえる松尾山
ちなみに、鳥居の横にあるオブジェは、お酒を入れる容器「甁子(へいし)」をモチーフとしたもの。
酒の聖地
そして参道を進んでいくと現れるのが、二の鳥居。
二の鳥居
こちらにも特徴があり、鳥居に「脇勧請(わきかんじょう)」と呼ばれる、榊(さかき)の束が吊るされています。榊とは、神様と人間の領域の境目に存在する木のことで、大木に榊を吊り下げたものが鳥居の原型とも言われているんだとか。そんな場所をくぐらせてもらえるなんて、ありがたい。
榊
榊の数は12個(うるう年は13個)で、毎年年始に替えられ、その枯れかたによって作物の実り具合を占う意味もあり、榊が完全に枯れると豊作とのこと。今年はどうやら豊作そうですね。
さらに進むと、立派な楼門(ろうもん)。
楼門
楼門の左右には、平安時代、貴族の外出時に護衛のために随従した官人で、神社においては神を守る者として安置される「随神」の像が。
凛々しい顔立ち
境内は、空が広くてものすごく気持ちのいい場所です。流れる小川や、夏に行われる「風鈴祈願」の、たくさんの風鈴の音色にも心癒されます。
流れる水の音がいい
願いがこめられた風鈴たち
手水舎
そしていよいよ見えてきたのが、本殿。
ついにやってこられたぞ
松尾大社の歴史を簡単に説明すると、5世紀の頃、秦の始皇帝の子孫と称する、秦(はた)氏の大集団が、朝廷の招きによってこの地に来住。その首長は、現地でもともと信仰のあった松尾山の神を一族の総氏神として仰ぎ、そこに新しい文化も加えながらこの地を開拓していったのだそう。
こちらの本殿は、大宝元(701)年に、秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じて創建。それ以来、皇室や幕府の手で改築され、現在のものは天文11(1542)年に修理されたもの。「松尾造り」と呼ばれる珍しい建築で、国の重要文化財にも指定されています。
「松尾大社」
御祭神は、それぞれ古事記に登場する、「大山咋神(おおやまぐいのかみ)」と「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」。
御神徳はありすぎて、開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神として、また特に、醸造祖神として、全国の酒造家から格別な崇敬を受けているのだとか。
ちなみに、なぜお酒の神様と呼ばれるようになったかというと、秦一族の特技が酒造だったから。農業や諸産業の発展とともに酒造りも盛んになり、室町時代末期以降、松尾大社は「日本第一酒造神」と仰がれるようになりました。
と、語っても語りつくせない松尾大社に、自分も一応お酒を生業にさせてもらっている者として、じっくりとお詣り。
さて、今日も飲みにくりだしますか〜! と、いきたいところなんですが、松尾大社にはまだまだ見どころがありすぎるんです。それらを紹介しないわけにはいかない。といっても、とてもすべてを詳細には紹介しきれませんので、個人的に興奮気味に体験して回ったその一部を、ここからもう少しだけ。
「亀の井」と「霊亀の滝」
広い境内には、ずらりと並んだ酒樽や、その他ごりやくスポットがいくつもありました。特に亀と鯉は神のお使いとして崇められていて、「幸運の撫で亀」「幸運の双鯉」など、モチーフのものがあちこちに。
圧巻の酒樽
夫婦和合や恋愛成就の象徴とされる「相生の松」
亀や鯉のモチーフが
たくさん
樽うらない
さらに奥には、500円で見学できる貴重な庭園、ものすごく歴史的価値のある重要な御神像18体を間近で見られる「神像館」(撮影は禁止)などがあり、しばらく時間を忘れて見入ってしまいました。
ここから奥へ
3庭園のひとつ「曲水の庭」
そしてそして! こちらは無料で入れるエリアですが、絶対に見逃せないスポット。それが「亀の井」。
「亀の井」
古くから湧き出ているという良質な地下水で、室町期から酒造りに使われていたのだそう。この水を入れると酒が腐らないと言われていて、今でもわざわざくみにくる酒造家さんなども多いという、ありがた〜い水です。
亀の口から
近くにある窓口では持ち帰り専用の瓶も100円で売られています。買おうとしたら「空いたペットボトルなんかがあれば、それにくんでもらってかまいませんよ」と、おおらかな言葉をかけてもらいましたが、せっかくだから瓶で持ち帰りましょう。
ありがたみがすごい
ちなみにそのまま飲んでも大丈夫かを伺うと、あまり時間が経たなければ大丈夫とのことでした。飲んでみると、なんともまろやかで優しい味わいの水。きっとかなりのごりやくパワーもいただけたことでしょう。
さらに最深部には、境内随一のパワースポットとも言われている「霊亀(れいき)の滝」が。
鳥居の奥に
滝
1年じゅう枯れることのない高さ8mほどの滝だそうで、境内の最深部という場所のせいもあり、ものすごく神秘的です。しっかりとお詣りをして、マイナスイオンとごりやくをたっぷりとあびて帰りましょう。
あ、ちなみにこの滝の左上には、天狗の顔のように見える「天狗岩」もあります。
滝の写真を
拡大してみると
わかりづらいかもしれませんが、上の写真の中央あたりをぼーっと見ていると、天狗の顔が浮き上がってきませんか?
と、たっぷり境内を堪能したら、最後に社務所へ。推しに散財する感じで、いろいろと買ってしまいましたよ。
まずは、財布などに入れていつも身につけておけば、適度な飲酒を百薬の長にしてくれるという、僕のような人間にとってありがたすぎるお守り「服酒御守」(税込800円)。
よろしくお願いします
そして、これまたありがたみがすごい、松尾大社の「御神酒」(900円)。僕、市販されているとっくり型の日本酒瓶をコレクションしているんですが、こちらの御神酒、なんと瓶の形はそのままに、真っ白くコーティングされているという激レア仕様! いや〜興奮しましたね。おちょこつきというのも嬉しいです。
箱のなかに
御神酒&おちょこ
さらに個人的にもう1トピック。今までこれだけ神社仏閣へ参拝するのが好きだと言っておきながら、手を出していなかったものがあるんですよ。それが「御朱印」。神社などを参拝した証として「御朱印帳」にもらえる印で、近年は、御朱印集めが趣味という方も多いですよね。
これまでは、自分は一期一会でお詣りするだけでいいな〜、なんて思っていたんです。が、ここのオリジナル御朱印帳のうちのひとつのデザインがあまりにも魅力的。なんと、全面酒樽仕様! これはもう、買わざるを得ませんでしたよね。
1冊1500円
御朱印は500円でいただけました
というわけで、僕の御朱印人生が今、なんともめでたいことに、松尾大社からスタートしてしまいました。
それにしても松尾大社、訪れる前は、もっと厳格な、どこかぴりっとしたような雰囲気を想像していたんです。もちろんそういう部分もあったのですが、同時にすごく穏やかというか、のんびりとしたというか、心身がとてもリラックする場所だったなというのが、今回訪れた僕の感想。必ずまたお詣りにきたいと思います。
神聖な境内でそば屋酒
さて、かなりかいつまんで紹介したつもりなのですが、やっぱりどうしても長くなってしまいましたね。今回の記事、ごりやく酒というよりほぼ「松尾大社参拝記」になってしまったような気がします。が、このあときちんとお酒も飲んできましたのでご安心(?)ください。
実はですね、事前に松尾大社のことを予習していた際、境内に1軒の、「団ぷ鈴(だんぷりん)」という甘味処兼食事処があるという情報を見つけていたんです。しかもそこ、お酒のメニューまであるらしい。お酒の神様を祀る神社の境内でお酒が飲めるなんて、こんなにごりやくがありそうなことはないじゃないですか。
ところが当日は水曜日。なんと、運悪く定休日……。なので、また別のお店を探してみようと思っていたんです。ところが参拝を終えてお店の前を通ってみると、あれ? なんだか営業中っぽい雰囲気だぞ。
どう見ても
確認しに近づいていってみると、なんと今日に限ってピンポイントで「休まず営業いたします」って書いてあるー! ということは、ここで飲めるの!? やったー!
嬉しい
お店が開いてた理由として濃厚なのは、お盆の時期だったからなのですが、こういうのは無理やりにでも幸運と考えたほうが楽しい。それがごりやく酒の極意。
ちなみにお店の裏には3庭園のひとつ「蓬莱の庭」があり、こちらも見ごたえじゅうぶん。そして団ぷ鈴は、そんな庭を窓の外に眺めながら飲食ができるという、なんとも優雅なお店。
蓬莱の庭を
感じながら
さっそくメニューを検討。すると、いくつかあるそば類のなかで特に気になったのが「しば漬けとろろそば(冷)」(900円)。これ、松尾大社の境内に、ここともうひとつだけあるお店「京つけもの もり」との期間限定コラボメニューなんだそうです。お、これまたいいタイミング。決まりだ。
続いてもちろんお酒。かなりお手頃に4種類の京都の酒がそろう、たまらないラインナップですね。今日は、京都洛中に現存する唯一の蔵元だという「佐々木酒造」の「まるたけえびす」(400円)にしてみましょう。
どれも気になるけれど
すると、やってきましたよ、美しいガラスとっくりに入ったお酒セットが。ではでは、夢にまで見た松尾大社飲み、始めちゃいますね!
いただきます
お酒を静かにおちょこに注ぎ、うやうやしく口もとへ。くいっとひと口飲むと、おおお〜。すっきりとしてフルーティーな香りが鼻へ抜け、そのあとにきちんと旨味がやってくる。た、たまらねぇ……。確実に、自分の人生史上でも屈指の、ありがたい酒だ……。
しばしそんな至福の時間を味わっていると、いよいよそばも到着。これまた、なんとも気品を感じるそばですね。
「しば漬けとろろそば(冷)」
青い色が印象的な焼きものの器に、“挽きぐるみ” っぽい色合いのそば。その上にとろろと、刻んだしば漬け。そばちょこにつゆ、小皿にねぎとわさび。
なんて
うまそうなんだ
食べかたの説明によると、つゆにつけながらでも、そばにかけてしまっても、途中からでも、好きなように食べるのがおすすめとのこと。
そこでまずは、そばのみを2、3本そのまま食べてみます。あぁ、きっちりとそば粉の香りがして、コシはあるんだけど、それだけではない柔らかさのようなものがある。相当に美味しく、そして個性もあるそばですね。
続いてはそばだけをつゆにつけて。わさびやねぎを加えて。と、少しずつ味に変化を加えながら楽しんでいきます。だしがしっかりと香り、辛すぎないつゆがまたいいですね。当然、合間合間に酒を挟みつつ。
終盤はいよいよつゆをそばの上にぶっかけてしまいましょう。全体を豪快に混ぜてずずずっと。
最後は全体を混ぜて
は〜、これまたうまい! ただでさえ優しさに満ちたそばが、とろろと融合することで癒しの究極体へと進化した。そこに爽やかさと食感を加えるしば漬けもパーフェクトだ。京都に来て良かった〜!
と、到着第一歩目から大満足の昼飲みを満喫できてしまいまして、やっぱりお酒の神様、松尾大社のごりやくはすごかった。ただし、関西遠征はまだまだ始まったばかり。しばらくの間、関西編をお送りしようと思っておりますので、よろしければお付き合いください。
(第12回・了)
本連載は、基本的に隔週更新です。
次回:2024年9月13日(金)掲載予定