神社で一拝、酒場で一杯。各地の神社仏閣やパワースポットにお詣りをし、その街で出会った酒場でふらりと飲む。それが「ごりやく酒」。
はたしてやっているのだろうか?
前回は、日本を代表するお酒の神様、松尾大社に初めてお詣りをし、境内にある食事処「団ぷ鈴」でお酒をいただいたところまでを書きました。
なので現在の僕は、まだまだ松尾大社のごりやくパワー満タン状態のはず! さらに京都の街で飲んでいきたいと思います。
実は京都には、数年前に存在を知って以来、ずっと行ってみたいとあこがれていたお店があります。それが「琴ヶ瀬(ことがせ)茶屋」。
嵐山を流れる桂川の川辺にある簡素な茶屋らしく、僕はそういうシチュエーションにある店を「天国酒場」と呼び、めぐることをライフワークのひとつとしています。存在を知ってから関西を訪れる機会は何度かあったのですが、どうしてもタイミングが合わなかったり、休業期だったりして念願叶わず。2020年にこれまでめぐったお店のことをまとめた『天国酒場』という本を出版させてもらう際は、ついに担当の編集さんと取材に行けることが決まっていたのですが、直前に日本でコロナが大流行してしまい、予定が中止になるという悲劇。あれは本当に悔しい出来事だったなぁ……。
そんな琴ヶ瀬茶屋の最寄りである嵐山は、阪急嵐山線の終点で、今僕のいる松尾大社駅からひと駅の場所。これはもう、トライしないわけにはいかないでしょう。
「阪急嵐山駅」
というわけで、元気に嵐山までやってきました。
ですが、不安要素もあります。まず、お店の特性上、営業が不定期なこと。また、事前に調べてみたところ、現在は土日祝日のみ営業という情報も見つけてしまい、今日は思いっきり平日なので、むしろやっていない可能性のほうが高い。希望は、お盆の時期であるということくらいなんですが……。
それでもこれだけ近くまで来たんだから、トライしてみないわけにはいかないじゃないですか。
「桂川」
生まれて初めて訪れた嵐山は、風光明媚で、ものすごくにぎやかな観光地でした。
雄大な桂川は、上流が「大堰川」、中流部が「保津川」とも呼ばれ、このエリアには「保津川下り」と呼ばれる観光船がいくつも行き来しています。他にも貸しボートを漕ぐ人たちや、夏の夜には鵜飼いの貸切屋形船も出るらしく、なんとも風流な雰囲気。天気も最高だし。もし琴ヶ瀬茶屋がやっていなかったとしても、この川辺で缶チューハイでも飲めれば御の字かな。
ところで今日のチャレンジには、応援ゲストがかけつけてくれることになっています。関西在住のフリーライターで、飲み友達でもある、スズキナオさん。琴ヶ瀬茶屋には何度も行ったことがあるほど大好きだそうで、僕の話を聞き、それならば同行しますよ! と、わざわざかけつけてくれたのでした。
待ち合わせ場所である、駅からすぐの場所にある「渡月橋」のたもとでナオさんと合流。
スズキナオさん
橋の中腹くらいまで歩くと、ナオさんが言います。
「ここから上流方面に、店が見えるはずなんですが」
え? もう見えちゃうの? 運命の結果がわかっちゃうの? ドキドキ……。
雄大な桂川
その上流方面に
琴ヶ瀬茶屋が……
はるかに小さくですが、確かに見えます。川辺の茶屋らしき店が。そして、たぶんだけど、お客さんがいる! つまり、やってる! 今日、生まれて初めて、ついに琴ヶ瀬茶屋に行けるんだ! その瞬間、IKKOさんばりに叫んじゃいましたよね。「ごりやく〜!」って。
さっそく渡月橋を渡り、上流方面に歩きだします。ところで琴ヶ瀬茶屋の最大の特徴のひとつに「自分でボートを漕いでたどり着く」というものがあるらしく。噂には聞いていたんですが、実際に目にしてみて笑ってしまいました。お店の対岸ほどに来ると、確かにあるんだもん。黄色いボートが2艘(そう)。
これで……行くの?
そうだった!
この広い川を、この手漕ぎボートで、この暑いなか? かなりきつそうなんですけど。ところがナオさん、「さぁパリッコさん、早く乗って舵(かじ)を取ってください。体験したいでしょう!」と、いつになくグイグイ。は、はい、わかりましたぁ……。
で、実際に体験してみたら、これが想像以上にハードで。なんといっても、真夏の猛暑日の京都ですからね。暑いなんてもんじゃない。しかもボートの操縦なんてほぼしたことないもんで、あっちへ流されこっちへ流され。やっと近づいて店員さんに引き寄せてもらい、お店に到着したころには、滝のような大汗。これのどこが優雅なんだっていう。涼しい顔して貸しボートを漕いでいる観光客のみなさん、みんなすごいな。
あ、ちなみに、渡月橋を渡らずに川沿いの道を歩いてたどり着くルートもありますので、船が苦手な方もご心配なく。
ついに到達
とにかく! ついにあこがれの地にやってきました。着いてしまえばこっちのもん。水辺で風通しも良く、屋根もあって、しばらく涼ませてもらっていたらものすごく快適になってきました。そしてあらためてすみずみまで眺めてみる、琴ヶ瀬茶屋の味わい深さ! もう、感無量です。しかもここで、お酒まで飲めてしまうっていうんだから……。
夢のなかのような光景
この水辺の近さよ
そしてついに「瓶ビール 中瓶」(700円)で
乾杯!
いや〜、天国。まごうことなき天国。
想像をはるかに超える天国
琴ヶ瀬茶屋の創業は、なんと大正8(1919)年。その歴史は100年以上。そもそもの本業は「売店船」で、保津川下りの観光船などに近づき、だんごや軽食や飲料やお酒を水上販売する、言ってみれば “水上コンビニ”。その常設店舗であり、母屋的な役割をしているのがこの茶屋というわけですね。
メニュー
なのでおもしろいのが、店舗には調理場がなく、その役割をしているのが、すぐそこに浮かぶ売店船であること。
実はこっちが本体
調理場完備
料理を注文すると船上で調理し、茶屋の店員さんがこちらに届けてくれるというシステムになっています。なんだかいろいろと浮世離れしたお店だな〜。
「イカ焼き」(700円)
「きゅうりの一本漬け」(350円)
「ところ天(お酢)」(400円)
本当に現実か?
正真正銘の焼きたて。ぷりっぷりで香ばしいイカ焼き。お店のお姉さんが「ふだんはめんどうでやらんけどな。ふたりで食べるなら、切ってやろうか?」とわざわざカットしてくれた、みずみずしいきゅうり。お酢がベースでありながら、不思議な甘みもあってクセになるところ天。どれもしみじみと美味しく、それをつまみにビールが飲めることが、ただただ幸せです。
全景
このメニューもいいなぁ
「よい酒 よい友 よい山」。座右の銘にします
湧水で冷やされたドリンクの涼やかさ
すぐ目の前までやってくる赤白模様の鯉に「姫」と名づけ、頻繁にエサ(自分用のおにぎり)をあげている店員のお姉さんと世間話などをしつつ、のんびりと1時間以上はいたでしょうか。
お客さんには外国人の観光客も多く、その方々がかなりの率で飲んでいるコーラが妙にうまそうで、いつもの我々としては珍しく頼んでみたりしたら、それがまたうまくてうまくて……。
コーラもおすすめ
と、松尾大社のごりやくのおかげで、ついに訪問することができたあこがれの店は、想像をはるかに超えた、正真正銘の天国でした。
ただ、琴ヶ瀬茶屋はその立地ゆえ、天候の影響などもあって、営業日がきっちりと決まっているわけではありません。また、台風などで川が増水すれば簡単に水のなかに沈んでしまうそう。そのたび、事前に可能な限りの設備や船を避難させるものの、肝心の本体は何度となく水に流されてしまっているのだとか。それでも100年以上の営業を続けてきた伝説の茶屋。いつまでもこの場所にあり続けてほしいと願うばかりです。
さて、このあともまだまだ、京都での飲み歩きは終わるはずがないわけですが、ごりやく酒の京都編はこのへんで完了。次回は大阪編の予定です〜。
(第13回・了)
本連載は、基本的に隔週更新です。
次回:2024年9月27日(金)掲載予定