神社で一拝、酒場で一杯。各地の神社仏閣やパワースポットにお詣りをし、その街で出会った酒場でふらりと飲む。それが「ごりやく酒」。
自転車のパンクがきっかけで
前回は東京を代表する大変にぎやかな神社、「神田明神」を訪れました。今回はそれとは対照的に、だいぶローカルな話。
先日、子乗せ電動アシスト自転車がパンクしてしまいました。2年ぶり2回目。
子乗せ電動アシスト自転車って、安定感があって乗り心地抜群。我が家には、娘を乗せて出かけることを目的として導入されたのですが、数年前に初めて乗って以来、僕、あれこそがこの世でいちばん完璧な乗りものなんじゃないかと思っているくらいなんです。
ところがこいつ、ひとたびパンクすると、とたんにものすご〜く扱いの大変な物体となってしまうんですよね。なんたって、車体が重い。しかもパンクしているとタイヤの回転も不規則になり、引っぱりながら一歩一歩進むだけでも重労働。
それをですね、せっかくならば大手の店が良かろうと、家から少し距離のある専門店で買ったからさぁ大変。手ぶらでスタスタ歩いても20分以上はかかるであろう距離を、4、50分くらいかけてひぃひぃ言いながら行くことになるんです。まぁ、ふだんからもっとまめにメンテナンスをしておけばこんなことにはならないので、完全に自業自得なんですが。
といっても、前回はそれが雨の降る夜だった。今回は、秋晴れの午後。2回目という慣れもあるし、気持ちはだいぶ違います。さらに、修理をお願いすると、明日にはもう受け取れるそうだし、その他ガタがきて気になっていた箇所のあれこれも、合わせて直してもらえることに。というわけで、結果的には晴れ晴れした気分で自転車屋さんをあとにしたのでした。
時間は午後2時前。そういえばこのあたりって、「富士の湯」の近くだったよな。ふとそんなことを思い出し、何気なく歩きだします。
「三原台 富士の湯」
富士の湯は、家からわざわざちょっと足をのばして入りにくることも少なくない、地元地域で大好きな銭湯のひとつ。立派な宮造りの建物が美しく、男湯の一部の洗い場の目の前が、なんと鏡ではなくて外の池から続く水槽になっていて、そこを悠然と鯉が泳いでいるのも珍しい、とっても優雅な銭湯なんですよね。時間的にはまだ早いだろうけど、開店が何時からだったかを確認しにいってみようかな、くらいの気持ちで。
結果、午後3時からで、まだ1時間ちょっとあるよう。さてどうしよう。そんなタイミングで、銭湯の入り口横にある看板のことを思い出したんですよね。
「三原台鎮守 三原台稲荷神社」
富士の湯に来るたびこの看板を目にするので、近くに神社があるらしいことはなんとなく知っていました。それに三原台は、僕が子供のころから縁のある、大泉学園や石神井公園エリアとも隣接する町名。けれどもそういえば、この神社には一度も行ったことがないぞ。
こういう流れにはのっておくのが吉。ちょっとお詣りしていってみようかな。
銭湯わきの路地を覗くと、およそ100mほど先でしょうか。突き当たりにちょっと変わった紅白の鳥居が見えます。あそこだな。それにしてもあの鳥居、どういうデザインになってるんだろう?
路地の突き当たりに鳥居
そんな鳥居の謎は、近づくとすぐに解けました。なるほど、ごく近い距離に白い石造りの鳥居と赤い鳥居のふたつが、縦に並んで建っていたんですね。なんだかちょっと珍しい?
こうなってたのか
合体ロボのようなかっこよさもある
到着
初めてやってきた地元の神社。敷地は大きくないですが、きれいに手入れがされ、地域の人たちに大切にされていることが伝わってきます。
入り口横には稲荷神社らしく、一対の狐像。どことなく初期のCGっぽいような、カクカクっとした顔のフォルムに愛嬌がありますね。
おじゃまします
また、その先の灯籠の上にも狐(?)のモチーフがあったり、本殿の横の灯籠に鹿があしらわれていたりと、萌え要素多し。
イタチのようにも見えるけど
こちらには鹿が
「三原台稲荷神社」
三原台稲荷神社は、享保・元文年間(1716〜1741年)のころ、当時の地名である田中村の人々がこの地を開拓し、田中村北原新田の鎮守として創祀したと言われているそうです。
ご祭神は、『古事記』にも登場する五穀豊穣や商売繁盛の神様で、稲荷神としても広く信仰されている「宇迦魂之命(うかのたまのみこと)」。ごりやくは、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、恋愛成就など。
また、境内にはもうひとつ、印象的な狐像が。
本殿の右側で
抜群の存在感を発揮
さらにその両脇や、境内の別の場所にも鳥居があって、多くの石碑が祀られています。文字がうまく判読できない箇所などもありますが、それぞれが末社にあたるものだと思われ。
境内末社
「三笠山大神」「御嶽大神」「八海山大神」と読める
こちらの石碑上部には、写真ではわかりづらいかもしれませんが、御嶽大神の三神である「国常立尊(くにとこたちのみこと)」「少彦名命(すくなひこなのみこと)」「大己貴命(おおなむちのみこと)」らしき絵が彫られています。
大黒様こと大己貴命と、恵比寿様こと少彦名命は、前回訪れた神田明神のご祭神でもありましたね。って、その情報はもちろん、帰宅してからいろいろと調べつつ原稿を書いていくなかで気づいたものですが、なんだかストーリーを感じるようでもあり。
「官幣大社 氷川神社」
「光明霊神」
その石碑土台の彫刻
「一山元講」という文字が読み取れます。
「一山講」とは「木曾御嶽御嶽神社」を信仰する御嶽講(御嶽神社を信仰する、各地の村や一族などの集団のこと)のひとつらしく、“一山元講” という言葉を調べると、板橋区の赤塚との関わりがあったという情報が見つかります。
確かに練馬区は、昭和22(1947)年に板橋区から独立した、東京23区最後の区。赤塚からも遠くないのでなんらかの関係があると想像できますが、詳細までは不明。
また別の場所にある鳥居の奥には
「富士山浅間神社」
こちらは、富士山を神として祀った神社の名前。どうやらこの三原台稲荷神社は、山岳信仰とも深い関係がある場所のようですね。
地元の歴史に関することですし、今後も興味を持って調べてみたいものです。なによりもこれからは、銭湯に行く際には合わせてお詣りさせてもらおうと思いました。
地元町そばの名店と出会う
さてさて、本日のごりやく酒タイム。お昼を食べ逃しているのでお腹も空いているし、ちょうどいいタイミングだ。
この場所からだと、富士の湯のある「大泉街道」を、西武池袋線の大泉学園駅方面へと向かって歩いていくと、いろいろと飲食店が見つかりだすはず。とりあえず、歩いてみますかね。
「大泉街道」
すると5分ほど歩いたところにさっそく、雰囲気のいいおそば屋さんがありました。
「松月庵」
自家製麺の文字が魅力的
そういえば、あったな。前からなんとなく気になってた。じゃあなんで入ったことがなかったかといえば、表のメニューにアルコール類の表記がないから。外から店内の様子も見えないので、そばをつまみに一杯やりたい僕のような人間にしてみたら、完全なる “賭け” になってしまうわけですよ。なかの様子が見えない怪しげな外観でも、酒があることは間違いない居酒屋に入っていくのとはわけが違います。
シンプルなメニュー
が、こういう流れに導かれるように行き着いた店で、何度も良い出会いをしてきたこの、ごりやく酒。今日は迷いません。入ってみよう。
あ、でも、まず最初に聞いてみて、もしお酒類がないと言われてしまったら、面目ないけれども、もりかかけをさらっと食べて失礼することにしよう。酒があれば、天ざるだ!
からりと扉を開けると、おっと予想外。この外観で、テーブル席はなくL字カウンターのみ。しかもそのカウンターが石目調で、壁の一部がログハウスを思わせる木造りだったりと、ちょっと不思議な雰囲気です。ただ清潔な店内は居心地抜群。また、いかにもな白髪の老人店主のような方がやっているイメージだったのですが、ご主人はその想像よりもずいぶん若く見えますね。
シンプルなメニュー、表
裏
卓上メニューはシンプルな構成で、かなりリーズナブル。「もり」と「かけ」が600円(税込)で、「天ざる」は1,200円。最高級品の「天丼 上」でも1,500円。
肝心のお酒メニューは……やっぱり見当たらないな。運命の瞬間。
「すみません、こちらって、お酒類は置いてないですかね……?」
「あ、うちは瓶ビールだけなんですけど」
やった! その瞬間にメニューが確定。天ざると瓶ビール、お願いします。
「瓶ビール」(600円)
カウンター上にことりと置かれた瓶ビールはシズル感たっぷり。さらに細長いグラスは見るからに冷たそうで、どうやって冷やしてあったのか、フチにはまだ氷がついています。
温度が上がらないうちに慎重に注ぎ、ごくり……。
待望の時間
すると、え? う、うめーっ!? なんだこのビール。具体的に言うと、すごく甘い。鼻に抜ける麦の香りが心地よい。スーパードライってもっとシャープな印象がありましたが、それを覆される味わいです。し、沁みる。
ここで数年前、銀座の「ピルゼン アレイ」というバーで衝撃的なスーパードライを飲んだことを思い出しました。
店主の佐藤さんはビール注ぎの名人で、さまざまな条件やタイミングを使い分け、同じスーパードライを、シャープだったり、まろやかだったりと、まったく違う味わいに注ぎ分けることができるんです。あれもすごい体験だったけど、大げさではなく、スーパードライに関して言えば、その時以来の衝撃かもしれない……。そういえばグラスの形もそっくりな気がするぞ。ご主人、もしかしてただものじゃないビアマスター?
ただこのビール、僕がふつうに注いだだけでもあるんだよなぁ。偶然にいろいろな条件が合致しただけなのかもしれないし……うん、今日のところは “三原台稲荷神社のごりやく” ということにしておきましょう。
「天ざる」
そしてやってきた天ざるに、またびっくり。謎のかっこいい形の器の両側に、天ぷらとそば。まず、そこからはみ出す天ぷらの迫力がすごい。内容は、なすが2本に、ピーマンに、海老。特になすの巨大さは、ちょっと笑ってしまうほどです。
ダイナミック
目の前の大釜でゆでられていた、太めで色白なそばもこれまたしっかりボリュームで、見るからにつやつやと美味しそう。たまらずいただきます。
気取っていないそばの良さ
なすの大きさ、笑う
まずは蕎麦猪口との対比がおかしいなすをつゆにつけ、ごま油香る衣をさくりとかじると、とろりと甘いなすが口いっぱいに。こ、これは、そばとビールどっちだ? え〜と……いったんビール! ごくり……うめぇ。
自家製そば
そばはつるりとのどごしが良く、それでいて太めなので食べごたえもあり。そばの良い香りと強めの甘みも印象的。これが、だし香るきりっと系のつゆと合わさると、ものすごくいい!
海老もでかい
肉厚のピーマンや、頼もしい大きさが嬉しすぎる海老天、そば、ビールを交互に夢中で食べつくし、そば湯までしっかりといただいてごちそうさまです。
いやぁ、地元のこんないいお店に今まで入らないでいたなんてうかつだったし、きっかけをくれた三原台稲荷神社にあらためて感謝。
帰りぎわ、ちょうど他のお客さんがみんな帰ってしまったこともあり、少しご主人と世間話をさせてもらうことができました。
お店は現在3代目。かつてお店は今の倍くらいの広さがあり、テーブル席もあって、近くの東映撮影所に出前もしたりと、ずいぶん活気があったそう。現在の規模になったのは道路拡張工事の影響だそうですが、それでも老舗の雰囲気と味をこうして守り続けてくれていることがありがたいですね。
最後に僕が何気なく聞いた質問に対し、人の良さそうな笑顔で返してくれた言葉も印象的でした。
「それにしても、全体的にずいぶんリーズナブルですよね」
「いや〜、もう少し上げたいとは思ってるんですけど、そうするとメニューを書き直さなくちゃいけないでしょ」
はい。また来ます。美味いビールの秘訣に関しては、そのときにでも……。
さて、あまりにも満腹になってしまったことだし、腹ごなし&ほろ酔い覚ましに、もう少し散歩でもするかな。で、そのあとはやっぱり銭湯か。
あれ? そういえば今まで考えたこともなかったけど、「富士の湯」の名前って、三原台稲荷神社にあった富士山浅間神社が由来だったりするのかな?
(第16回・了)
本連載は、基本的に隔週更新です。
次回:2024年11月15日(金)予定