神社で一拝、酒場で一杯。各地の神社仏閣やパワースポットにお詣りをし、その街で出会った酒場でふらりと飲む。それが「ごりやく酒」。
文化の街、新宿らしい神社
新宿の花園神社といえば、個人的には毎年年末に行われる「酉(とり)の市」が印象深いです。広い境内に所狭しと縁起ものの熊手を売る店や飲食屋台が立ち並び、神社全体がどこか幻っぽい飲み屋状態。昔ながらの「見世物小屋」も一度体験したことがありますが、かなり衝撃的な内容で、本当に今は、自分が生きている現代なんだろうか? と、頭がクラクラする体験でした。
また、先日惜しくも亡くなられてしまった劇作家の唐十郎さんが、定期的に境内に「紅テント」を設置して芝居公演をしていたことでも有名ですよね。
入り口の鳥居
花園神社は、徳川家康による1603年の江戸開府以前から、新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。創建年代は不詳ながら、徳川家康の江戸入府時である1590年よりも前には、大和吉野山より勧請されていたそうです。
それから江戸時代初期までは、現在「伊勢丹本店」がある付近にあり、なんだかんだあって幕府から現在の社地を拝領。そこが徳川御三家筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れていたために「花園稲荷神社」と呼ばれたことが社名の由来だとか。
靖国通り側の入り口には銅の唐獅子が
「花園神社」
その後、昭和3年に「雷電神社」、昭和40年に「大鳥神社」を合祀し、「花園神社」が正式名称になったとのこと。
拝殿の頭上には3つの名前が
ご祭神は、農業の神様、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、勝負運や出世開運の神様、日本武尊(やまとたけるのみこと)、食べ物の神様、受持神(うけもちのかみ)の三柱。
また、境内には縁結びや商売繁盛にごりやくのある「威徳(いとく)稲荷神社」、芸術や芸能の神を祀る「芸能浅間(げいのうせんげん)神社」もあり、こちらにもしっかりとお詣り。
ずらりと並ぶ鳥居が雰囲気抜群
「威徳稲荷神社」
「芸能浅間神社」
芸能浅間神社には、神社に寄進をされたたくさんの芸能関係者の名前があり、なかにはあのビートたけしさんの名前も! ……と思いきや、ものまね芸人のビトたけしさんでした。
いつかここに名前を並べたい
と、大都会のどまんなかにあるとは思えない開放的な空気感を堪能しつつ、境内の各社にしっかりとお参りをすませたら、さぁ、今日も飲みに行きますか!
麻婆豆腐とビーフシチュー
花園神社を起点とするならば、繁華街である歌舞伎町〜新宿駅方面、もしくは、東新宿〜大久保方面など、飲み屋のありそうな選択肢はたくさんあります。が、僕が気になったのは、神社の正面から明治通りを挟んで対岸にある、ちょっと静かな一帯。奥には「東京医科大学」があり、その名も「東京医大通り」を中心としたエリア。
この先
あまりじっくりと訪れたことはないんですが、以前からな〜んか気になっていたんですよね。いい機会だし、今日はこのあたりを探索してみよう! ということで、今回も同行してくださった編集T氏とともに歩きはじめます。
20分くらいかけて、おおよそ近辺を歩きつくしたころでしょうか。絶対数は少ないものの、昼間でも営業中の飲食店がちらほらと見つかり、なかでも気になったのが「味彩 吉野」というお店。
「味彩 吉野」
小粋な居酒屋兼小料理屋といった雰囲気のお店で、現在はランチ営業中のよう。
ここで前回に続き、ひとつ懺悔をさせてください。僕はこの連載を始めるにあたり、酒場選びに関して、なんとなく自分のなかにふたつのルールを設けていました。それは「以前入ったことのある店は選ばないこと」と「ランチ営業中の酒場は選ばないこと」。ひとつめは、それじゃあ参拝のごりやくによって出会えたことにならないような気がするから。そしてふたつめは、あくまで昼食ではなくてお酒を飲みに行っているのに、ランチ営業の酒場はずるいような気がするから。
が、なるべく早い時間が望ましいとされている神社への参拝のあとに飲める店を探すにあたり、そのルール、かなり厳しい! というわけで、今回からはどちらのルールも完全撤廃させてください。って、自分で設けて自分で辛くなっただけなんですが……。でもよく考えたら、ごりやく酒にそんなこざかしいルールを設けているほうが不自然な気がする。もっと自然に楽しんだほうがいい気がする。だから、いいですよね?
なによりも、吉野のランチメニューと、ビルの奥にある入り口の、なんだか不思議に神々しい佇まいが、気になりすぎてしまったんです。ならもう、行くしかないでしょう。
ランチメニュー
呼ばれている?
厨房に面したカウンター数席と小上がりの座敷が2席の小さな店内。カウンターでは、ひとりの男性が静かにランチを堪能しています。その奥に、ピシッと白い割烹着を着た、短髪で寡黙なマスター。ふと横を見ると、数々の空手の賞をとられている方のようで、我々のなかにちょっとした緊張感が走ります。
超強い人には違いない……
テーブル上には夜営業のメニューがないので、若干おそるおそる、「ご主人、ビ、ビールって頼めますか?」と聞いてみると、ご主人はにっこり笑って、「はい、今お持ちします!」。良かった、こわい人じゃなかった。
「生ビール」(600円)
静かな店内
開け放たれた入り口から、僕のうしろの窓へと風が抜け、ものすごく気持ちのいい店内。そこに参拝後のビール。毎度毎度、こたえられない瞬間ですな。
夜の部も絶対に来てみたいぞ
ご主人に伺ったところ、今の時間に提供しているのは「ビーフシチュー」と「四川麻婆豆腐」のランチのみとのことで、ふたりで1品ずつをオーダー。すると、まずはていねいなサラダとスープがやってきて、続いてメイン料理が続々と。これがもう、見た目からして絶対に美味しいに決まってるやつなんです!
セットのサラダとスープ
「四川麻婆豆腐(ランチ)」(900円)
「ビーフシチュー(ランチ)」(1000円)
看板に「陳建一直伝」とあった麻婆豆腐を味見させてもらうと、濃厚なコクと爽やかなしびれが同居する超本格派。
そして、僕が頼んだビーフシチューがこれまたすごかった……。なにをどう煮込んだらこんなに濃厚でコク深い味わいになるの? っていうソースに、色鮮やかながらも柔らかい野菜や、ポテトサラダ。カレースタイルの盛り付けになっているのがまたよくて、シチューを絡めたごはんがもう、美味を超えて “快感” の領域です。
そして巨大な肉
で、その下にごろごろと隠れているのは、巨大な塊の牛肉たち。これを口に入れた瞬間に……言葉を失いましたよね。だって、こんなに手強そうな見た目の肉なのに、強い旨味だけを残して、ふわ〜っと溶けていっちゃうんだもん。待って待って、そんなに早くいかないで〜! ってくらいに、ふわ〜っっっと。ご主人、一体何者なんだ……。
食後、ちょうど他のお客さんがいないタイミングで、ありがたいことに、少しお話を聞くことができました。実はものすごく低姿勢でお話し好きだったご主人。なんと料理はすべて独学で、この道に入ったのも40歳を超えてからなんだとか。ど、独学であのビーフシチュー……? もはやこわい!
ちなみに空手を始めたのもそれ以降らしく、それであんなに賞ってとれるもん? とこれまたびっくり。ご主人が口癖のようにたびたび言う「私は本当に人に恵まれているんです」という言葉を聞くたび、お店とご主人のことが好きになっていっちゃって困ります。
あ、これまた気になる「陳建一直伝」の件ですが、以前に陳さんの麻婆豆腐を食べて感動したご主人、その味を参考に、自分なりの麻婆豆腐を作ってお店で出しはじめました。するとそれが美味しいと評判になり、なんと、とあるTV番組の企画で、陳さんの前で実際に麻婆豆腐を作ることになったのだそう。
「直伝」と言っても、そこでアドバイスをもらっただけ? と思いきや、そこからがすごかった。ご主人の麻婆豆腐を気に入った陳さん、収録後に「こんどコツを教えに行きますよ」とわざわざ楽屋に挨拶に来てくれたのだそう。そしてその数日後、なんとなんと、自前の調味料一式を持って、本当に吉野にやって来て、そのレシピを包み隠さずご主人に教えてくれたのだとか。陳さんがものすごくいい人なのはもちろん、ご主人の料理の才能がただごとじゃないこともよく伝わるエピソードですよね。
今回も、この企画でなければ知ることはなかったであろう素晴らしい名店との出会いに恵まれた、良きごりやく酒でした。今度は絶対に夜も行ってみよ〜。
(第6回・了)
本連載は、隔週更新です。
次回:2024年5月31日(金)掲載予定