ごりやく酒 パリッコ

2024.6.14

08南青山「船光稲荷神社」と「料理倶楽部」の倶楽部弁当

 

 

 神社で一拝、酒場で一杯。各地の神社仏閣やパワースポットにお詣りをし、その街で出会った酒場でふらりと飲む。それが「ごりやく酒」。

 

妙に惹かれて訪れたのは

 この連載を始めてからというもの、仕事などでなじみのない街に行く際には、そのエリアに古くからある神社仏閣を事前にリサーチしておくクセがついてしまいました。
 もちろん以前から、出かけた先で見かけたら、その街の神様に挨拶をしておくような気持ちでお詣りすることは自然にしていたのですが、すっかりそれが趣味のひとつになってしまったというか。
 そして今回ですね、結論から言ってしまうと、そんな「ごりやく酒」という行為に、あらためてごりやくがありすぎるなと。もうこれは、完全になんらかの力が働いているなと。毎度のことではありますが、自分でもこわくなってしまうほどの名店に出会えてしまったんですよねー。

 では、その日のことを順を追って記していきましょう。

 先日、個人的にほとんど縁のない「南青山」の街へ、仕事で行く機会がありました。当然、事前に訪れる場所の地図を調べつつ、周囲に神社仏閣がないかも合わせてチェックします。すると、このエリアには「明治神宮」や「東郷神社」など、有名なパワースポットとされる場所も多いのですが、個人的にひとつの神社が気になりました。
「船光稲荷神社(ふなみついなりじんじゃ)
 どうやら、街のなかにひっそりとある小さな神社のようなのですが、なんとなくその名前に惹かれるものがあります。
 由来を見てみると、伝説によれば、もともとこの付近は広大な入海であり、長者丸という千石船の船着き場があったのだそう。あるとき、その長者丸が暴風雨にあって沈没寸前になった際、社殿から五色の御光が射し、その御加護によって救われた。それ以来、船乗りや土地の人々から厚く信仰され、地名を「長者丸」と称すようになったのだとか。

 地図によると確かに、神社のある通りに「長者丸通り」という名がついています。南青山一帯がかつては海だった? とても実感が湧きませんが、想像してみるとなんだかわくわくする。よし、今日は船光稲荷神社へ行ってみよう!

 

青山通り

 

 表参道の駅を降り、青山通り沿いへ出ると、当然ながら街は近代的な雰囲気。そしてまた、どの横道に入っても、小粋なカフェとか、セレクトショップ(?)とか、いわゆる青山らしいおしゃれな店が点在しています。

 

長者丸通り

 

 そのなかの1本の横道が、長者丸通り。前方にはどーんと六本木ヒルズが見えますが、街並自体は静かでどこかのんびりとした空気感もありますね。
 少し歩くと、お、あったあった。

 

「船光稲荷神社」

 

 小さな神社という予備知識はありましたが、本当にコンパクトなサイズ感ですね。かわいい。

 

これが全容

 

 具体的な創建時期は不明ながら、第43代元明天皇が即位した707年〜715年と言われています。御祭神は「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」。ごりやくは、商売繁盛、五穀豊穣、家内安全、学業成就、良縁祈願、病気平癒、諸願成など。

 

神額

 

 

手水舎

 

狛狐

 

拝殿内にはお稲荷様が並ぶ

 

由来

 

 小さいながらも、とても気のいい場所だなと感じることができた、船光稲荷神社。
 神社仏閣をお参りした際、強い風が吹く、逆に風がやむ、動物と出会う、読経が始まる、その施設の関係者の方と話が弾むなど、いつもとは違う出来事が起きると、神様に歓迎されているという説があるそうです。そういう意味で今回は、帰り際、社務所らしき建物から、神主さんか管理人さんと思われる方が偶然出てきて、この神社の由来書のプリントをくださったり、しばし世間話をできたのもいい時間で、なんとなく、ここは自分に合う神社なのかな? なんて思ったのでした。

 

 

倶楽部弁当

 とはいえ、ここは平日日中の南青山の街。僕のような場末者が心地よく飲める店など、ありそうもありません。しかしとりあえず、歩きだしてみるしかないよなぁ。

 

歩いてみるか

 

 と、やみくもに街を徘徊していると、ひとつの看板に目が留まりました。そこには、達筆な文字で「料理倶楽部」と書いてある。

 

「料理倶楽部」

 

 螺旋階段のあるおしゃれな一軒家の1階部分で営業されている店らしく、いかにも青山っぽい格式の高さを感じます。重厚な一枚板の看板がまた、いっそうハードルを上げている。まるで、漫画『美味しんぼ』に出てくる「美食倶楽部」みたいじゃないですか。

 

いかにも青山らしい建物

 

重厚な看板

 

 なるほどなぁ。そりゃあ青山だもの、こういう店があるよなぁ。毎夜毎夜、グルメな文化人や業界人が集まり、高級な美酒と美食に舌鼓を打っているんだろうなぁ。と、思うじゃないですか?
 ところが入り口を見ると「営業中」の看板が。えっほんとに? と思い、近づいてみると、店頭にはメニュー表が掲示されており、そこには膨大な量の料理名が並んでいます。

 

やってる!?

 

とてもひと目では把握しきれないけれど

 

クローズアップしてみると

 

 それを眺めてみることに、意外や意外、どれも立地から考えると想像を超えてリーズナブルなうえ、酒飲み的に無性に心惹かれる品々!
 え? ほんとに? こんな店が存在しているの? 我が目の前に。幻でなくて?

 

幻じゃなかったんですよこれが

 

 こちら、夜はレストラン兼居酒屋、昼はランチを提供する「料理倶楽部」という飲食店。内装は居酒屋というよりは古い喫茶店のようで、4人がけのテーブルが4つあるだけの小さな店内。と思いきや、地下から食事を終えたお客さんが上がってきたりして、全容はまだわかりません。
 午後3時ほどの現在は、ランチ営業の終了間際。まるで導かれるようにたどり着いたこのお店で、とにかく無事、キンキンの生ビール(480円)にありつけてしまったのでした。まずはごりやくに感謝!

 そしてそして、現在はランチ営業中と言いましたが、そのメニューの充実っぷりがすごい。肉系、魚系、それぞれに種類豊富な定食類や、カレーに鍋、うどんにそば。さらに、なんと50円の「生卵」をはじめとした単品サイドメニューもいろいろ。あらあためて、本当に? ここ、僕の地元の練馬区じゃなくて南青山ですよね?

 

ランチメニュー表

 

 

 なかでもとりわけ興味を惹かれるのが、店名を冠した「倶楽部弁当」。いわゆる幕の内的なものでしょう。刺身(ミニハンバーグに変更可)、焼魚、揚げもの、サラダ、あえもの、ごはん、みそ汁という内容で、焼魚は鯖か鮭から、揚げものは、からあげ、カニクリームコロッケ、ハムカツ、魚フライ、春巻きのなかから選べるよう。うむ、これしかないな。焼魚は鮭、揚げものはカニクリで、お願いします!

 

「倶楽部弁当」(1000円)

 

 いやーこれは……最高という以外にないんじゃないでしょうか。こんなに大ボリュームのお弁当が、たったの1000円。しかも重ね重ね、ここは南青山。正直、目の前に料理がありながら、いまだに完全には信じられておりません。

 

お刺身

 

焼鮭

 

カニクリームコロッケ

 

 実際、まぐろとぶりの刺身はとろりと新鮮、焼鮭は肉厚で香ばしく、その他のちょっとしたおかずやみそ汁にいたるまで、ひとつひとつが絶品。特に巨大なカニクリームコロッケが、きちんと揚げたて熱々で、さらにですよ? 誰が言ったか「カニクリームコロッケにかにの要素を期待するべからず」という格言がありますが、なんとこのカニクリ、ちゃ〜んとしっかりかにの風味がする!

 

これは……カニクリームコロッケだ!

 

 それぞれのおかずとともに食べる白米がまた美味しくて、途中から夢中になりすぎ、思わずビールを飲むのを忘れてしまったほど。そしてまた、店員さんたちのアットホームな仲良しっぷりもすごく良くて、何度も言いますが、こんな店もあるもんなんですね、南青山に。

 というわけで、必ずや、夜の営業時間帯にも来てみたい大好きなお店との出会いとなりましたが……夜に南青山で飲む機会、そうそうないんだよな〜。これはもう、飲み友達と料理倶楽部 倶楽部を結成し、ここを目指してやってくるしかなさそうですね。

 

(第8回・了)

本連載は、基本的に隔週更新です。
次回:2024年6月28日(金)掲載予定