犬(きみ)がいるから 村井理子

2017.11.30

13双子といっしょに

 

 最近、ハリーと息子たちの間で静かなバトルが繰り広げられている。ハリーがわが家にやってきた生後二ヶ月の頃、ハリーは、本当にかわいらしく、まるでぬいぐるみのようだった。そんなぬいぐるみのようなハリーに息子たちは夢中になった。朝、登校時間が迫っているというのに、すやすやと眠るハリーをいつまでもうっとりと眺め、名残惜しそうに家を出る。下校時間になると、どこからともなく、二人がバタバタと走って家まで戻る音が聞こえてくる。玄関よりずっと手前から、ハリー、ハリーと大声で叫びながら走って戻ってくるのだ。そんな息子たちに、ハリーも夢中になった。毎日、二人の帰りを玄関で待ちわびるようになった。ぬいぐるみのような子犬のハリーと十歳の双子。まるで三兄弟のように仲が良かった。
 しかし、ハリーの体がどんどん大きくなって、力ではハリーに勝てなくなった頃から、二人と一匹の関係が少しバランスを失うようになった。血気盛んな次男とハリーは、やんちゃな遊びをするようになり、やがて派手に喧嘩するようになった。見ているこちらはハラハラするばかりだった。ハリーはそれでも、ワイルドな刺激を与えてくれる次男が気に入り、同時に、大人しい長男に対してプレッシャーをかけるようになった。長男がハリーもお気に入りのソファに座ると、シャツの袖やジーンズの裾を噛んで、激しく引っ張る。つまり、「そこはボクの場所だ!」と主張しているのである。ハリーがわが家にやってくるずっと前からそこは長男の場所だった。だから、物静かな長男だって譲らない。ハリーは長男の服に穴をたくさん開けた。
 そんな二人と一匹の様子を見て、放置するわけにはいかないと思った私は、二人に言い聞かせた。ハリーが少しでも反抗して攻撃したり、興奮して態度をエスカレートさせるときは、一旦遊びを中断し、ハリーの注意をそらすこと。落ち着いた声でハリーに話しかけ、座らせ、座ることができたら褒め、おやつをあげることを徹底した。それから、帰宅時に大声でハリーを呼び、興奮させることも止めるように言った。そんなことを根気よく繰り返し、数週間で、息子たちに対するハリーの態度はずいぶんと改善された。私も注意してハリーを監視したし、息子たちも大型犬のしつけの重要さをしっかり理解した。
 さて、問題はここからだ。二人と一匹の関係がしっかりとしたバランスを保てたことはよかったが、今度はハリーの片思いがはじまった。子どもというのは本当に正直な生きもので、ぬいぐるみのような子犬のハリーは無条件に愛していたものの、筋肉モリモリの馬のようになり、強い力を持ったハリーのことが怖いと感じられる場面が増え、距離を置くようになったのだ。もちろん、今でもハリーのことは大好きだろう。ただ、ハリーが少しでもしつこく関わりを求めたりすると、ハリーを子ども部屋から閉め出すようになった。ふわふわの子犬の頃は散歩に連れだしてリードを握ることはできたが、今となってはそれは無理な話だ。そんなことも少し関係しているのかもしれない。
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 しかし、当のハリーはそんな子どもたちのわずかな心の変化なんて理解できない。今まで同じ兄弟のように仲良く暮らしてきたというのに、時々、部屋から閉め出される。それも、息子たちの友達が遊びに来た時なんて、ワイワイがやがやと楽しそうな声が漏れ聞こえてくる部屋に、一歩も入れてはもらえないのだ。ハリーは、息子たちの部屋のドアに、盛大に体当たりするようになった。前足で必死にガリガリとやって、なんとかドアを開けてくれとせがむ。子どもたちは、ハリーが必死になればなるほど、きゃあきゃあと興奮して叫ぶ。大声でハリーをはやし立てる。ハリーの眉毛はどんどん八の字になる。私は、どちらの気持ちもよくわかるだけに、ハリーにハーネスをつけ、外に連れ出し、ハリーの気を紛らわせてやるようになった。
 それにしたって、子どもも犬も、正直な生きものだと思う。お互い、気持ちを誤魔化すことができない。深くつながり合っているからこそ、互いに感情をぶつけ合って、否定したり、抱き合ったり、本当に忙しい。ハリーが少しでも具合が悪そうなそぶりをすれば、涙を浮かべて心配し、ハリーを抱きしめ、早く元気になってと言うくせに、お友達が来ればハリーなんてそっちのけだ。ハリーだって、大人がいれば大人にべったりくっつき、騒がしい子どもを煩わしいといった風情で無視することも多い。嘘がつけない。大人のように取り繕うことができない。それが子どもというものだし、それが犬というものだと私は思う。そんな正直な生き方を、少しうらやましくさえ思う時がある。
 ペットを飼うというのは、簡単なことではないと改めて思う。きれいごとばかりでは済まされない。子どものいる家庭では、その力関係がとても重要だ。ひとつ間違えば、大きな悩みのタネになってしまうことは確実だからだ。幸い、わが家の息子たちは根っからの動物好きだから、ハリーが逞しく成長した今も、微妙な関係を保ちつつ、喧嘩もしながら、楽しく暮らすことができている。「大嫌い!」と「大好き!」を繰り返しながら、どんどん、ハリーを愛する気持ちを増やすことができている。犬も子どもも、毎日、少しずつ成長しているのだ。その双方の姿を見るにつけ、なんとも言えない喜びを感じている。
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この連載は月2更新でお届けします。
次回2017年12月15日(金)掲載