犬(きみ)がいるから 村井理子

2022.2.2

743つの目標

 

 

 ハリーは5歳になった。あの小さなぬいぐるみのようだったハリーはいま、5年の時を経て、45キロの怪物くんとなっている。どこを触ってもずっしりとした質感(クマ)、そして重み(岩)。輝く被毛はそのままだが、顎に少しだけ白い毛が混じるようになった。性格は子犬の頃と変わらず、どこまでも穏やかで、あっけらかんとした優しい犬だ。こんなこと、何度も書いていいのかと迷うが、最高にかわいい。世界一の犬ではないだろうか。

 相変わらず、仕事をしている私の横から離れず、日がな一日いびきをかいては寝ている。私が昼寝をしようと寝室に行くと、必ずついてきて、自分もベッドで寝る。45キロを超える巨体と私が寝るスペースが足りなくなり、シングルベッドを二台並べてキングサイズにしたのだが、それでもハリーは必ず私の真横に寝る。キングサイズにした意味はあまりないが、最近は私がハリーに潰されながら寝るのになれてきた。結局、私とハリーは、ほぼ一日中、一緒に過ごしている。これ以上の幸せってあるのだろうか。たぶん、ないと思う。

 5歳になって随分落ちついてきたハリーと、15歳になって随分落ちついてきた双子は、とてもいい関係を保っている。二人と一匹で散歩に行くことも増えた。以前であれば考えられないことだが、今はもう、ハリーを二人に任せることができる。いや、二人をハリーに任せることができる。犬と少年たちは随分絆が強く、まるで三兄弟のようだ。息子たちが学校から帰宅すると、ハリーは私の側から離れて、どちらかの部屋に行き、遊び、そして寝るようになっている。それはそれでとても微笑ましい光景で、ハリーの優しさに感謝ばかりだ。

 犬は年齢を重ねれば重ねるほど賢くなるが、ハリーの賢さたるやかなりのものだ。散歩中は、リードに少しテンションをかけるだけで、右折、左折、停止が思いのままである。まるでそり犬だ。声をかければ必ず振り返り、次の行動を予測して、その通りに動くことができる。ハリーが賢い理由はまだある。ハリーは、私が誰かと携帯で会話しはじめると、「よし、チャンス」という顔をして、一気に吠えはじめるのだ。この時に吠えれば、自分を黙らせるために食べものを与えてもらえると理解しているのだ。これはWeb開催のイベントをしているときも同じことで、私がモニタに向かってしゃべっているとき、ハリーは必ず、吠えまくる。事前に食べものをたっぷりと与えておいても、それでも吠えまくる。わかっているのだ。吠えたら私が焦ってドッグフードをバラバラと器に入れることを。いつもだったら一回だけど、あいつが何かに向かってしゃべっているときは、何度でも言うことを聞くぞと、ハリーは完全に理解し、そして実践している。

 私を困らせたあとは、決まってハリーは反省するふりをする。瞬きせずに目を見開いて、アザラシのような顔でこちらを見る。私が見返すと、ふいと顔を横に向ける。わかっているのだ、私が怒っていることを。だから少し怖い。でもやっぱり、仲直りしたい。私がハリーの訴えを無視すると、近寄ってきて、大きな顔を私の膝に乗せてくる。それでも無視をすると、今度は靴下を引っ張ってくる。引っ張るだけで穴が開くほどの怪力だ。それでも反応しないと、今度は部屋中を猛スピードで走り周り、枕を振り回し、飛び跳ねて主張するのだ。「悪いのは、そっちだろ!」と。



 こっちが悪いわけないだろ。まったく意味がわからない。意味がわからないけれど、そんなハリーがかわいくて、すべて許してしまうのだ。ものすごくかわいくて、あり得ないほど尊い。ハリーは今年も絶好調である。

 新シーズン開始の目標として掲げるのは、まずはハリーのダイエットだ。これは5年間ずっと書いているような気がするが、ハリーはオーバーウェイト気味で、それは獣医さんからも指摘されているので、今年は少なくとも5キロは減らして40キロを目標としたい。

 それからもう一つの大きな目標として、ハリーと旅行に行きたいと思っている。コロナ禍であり、もうしばらく世の中が落ちつく気配はないが、希望の意味も込めて、ハリーを乗せて、大きな車で長距離の旅をしたい。

 そして最後の、一番大きな目標、それはハリーのYoutubeチャンネルの開設だ!! カメラは買った。編集するためのパソコンもある。ハリーは十分かわいい。渇水状態だったが見事に水位を復活させた琵琶湖だってある。あとは私の体力・気力だけである。

 この目標は、是非実現したいと思う。

 

 

 

 


【村井理子さん渾身の書き下ろし『家族』発売中!】


村井理子さんが、ご自身の父・母・兄とのさまざまな出来事を綴った新刊『家族』が発売中です!


舞台は昭和40年代、港町にある、小さな古いアパート。
幸せに暮らせるはずの四人家族だったが、父は長男を、そして母を遠ざけるようになる。
一体何が起きたのか。
家族は、どうして壊れてしまったのか。

ただ独り残された「私」による、秘められた過去への旅が始まる。謎を解き明かし、失われた家族をもう一度取り戻すために。
——『兄の終い』『全員悪人』の著者が綴る、胸を打つ実話。


* * *

《特設サイト オープン》

試し読みや、本書には書かれなかったサイドストーリー「補稿」など、
『家族』の最新情報を随時更新中! ぜひご覧ください!


村井理子『家族』特設サイト

 

 


【『ハリー、大きな幸せ』発売中!】


本連載「犬がいるから season3」が『ハリー、大きな幸せ』と題して単行本になりました!


あんなにやんちゃだったのに、最近はすっかり落ち着いて、成犬としての貫禄が出てきたハリー。一方、ハリーとも大の仲良しの双子たちは、中学生になって思春期真っ盛り。難しいお年頃の彼らに手を焼くことも多いが、わが家には黒くて大きなハリーがいるから大丈夫。だが、平穏に思えた村井家の暮らしも、コロナ禍で一変し……。

デカい! 食欲すごい! 怪力!

……だけど、きみがいるだけで最高だ!



《全国書店、各ネット書店にて好評発売中!》

Amazon
楽天ブックス
honto
亜紀書房のウェブショップ〈あき地の本屋さん



《村井理子さんは「考える人」(新潮社)でも好評連載中!》

考える人へのリンク画像