犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.6.30

23そろそろお年頃



 小学六年生ともなると、ずいぶん成長してくるもので、いままでポテチだクワガタだと騒いでいた息子たちが、最近になって突然、恋愛や結婚について語るようになった。戦隊ヒーローに抱いていた憧れは、いつの間にやらハンサムな俳優やスポーツ選手に対する憧れへと変わり、髪型に気を配り、Tシャツやジーンズの好みにうるさくなり、筋トレ、ランニングにせっせと汗を流すようになった。

 鏡の前で難しい顔をして髪を梳かしながら、「オレが大人になる頃にはハゲの薬ってできてると思う?」と真剣な顔で聞いてくる。「できてると思う。毛髪再生医療ってかなり進んできてるらしいし」と、胸にチクリと痛みを感じつつ、私なりに精一杯の愛情をもって答えると、「そう」と深く頷き、うれしそうな顔をしたりする。つい数年前までお揃いのおかっぱ頭だった双子は、今となってはツーブロックとロングヘアーの少年へと成長した。来年は中学生だ。母は戸惑うことが増えた。
 「ちょっと聞いて欲しいんだけど」と言われ、仕事を中断して話を聞くと、高確率でA君がCさんに告った、BさんがD君に告られた、二人は付き合う、いや付き合わないという、小学生らしからぬ、いや、小学生だからこその、幼く、淡い恋愛話を延々と聞かされることになる。ふーん……と、なんともないような顔をして聞いてはいるが、大人の私からすると、愉快で、微笑ましい話ばかりだ。頬を赤らめ、ウキウキしながらそんな話をしている息子たちを見ると、私にもあんな時期があったのかなと遠い目になる。

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 最近では、海外の学園ドラマもよく見ているようだ。二人でこそこそとiPadで視聴しては、ふむふむと研究している。時にはハリーを従えて、二人と一匹で顔を突き合わせるようにして、何やら見ている。ハリーの目当ては息子たちの手に握られているアイスキャンディだが、賢いハリーは、アイスには一切視線を合わさず、じっと画面を見ている。ここで我慢しておけば、きっと最後にはあのアイスがもらえるに違いないと考えているはずだ(大量のよだれがそれを示している)。しかし、大人しく待っていたハリーに与えられるのは、アイスキャンティではなく、二人からの熱烈なキスである。
 大人しいハリーは、双子が何をしてもまったく怒らない。だから、二人に顔を押さえつけられ、真正面からチュー!っとやられても、微動だにせず耐えている。学園ドラマでキスシーンを見て大喜びの双子は、その練習相手にハリーを選び、連日連夜、ブッチュー!と繰り返している。ハリーが大人しいのをいいことに、大きな鼻が押し上げられ、ずらっと並んだ前歯が見えてしまうほどの強さで、ブッチュー!!とキスしては、「愛してるよ、ハリー!」と、まるでドラマの出演者のように大げさに言ってゲタゲタ笑っている。ブッチュー!と繰り返されるハリーは、完全に表情を失っている。
 ハリーが寝ていてもお構いなしだ。ぐいっと顔を持ち上げ、大きな口に自分の顔全体を無理矢理に押しつけるようにして、ムッチュー!とやる。ハリーの鼻の位置が移動し、立派な口のタプタプ部分がめくれあがっても、息子たちは気にしない。「ああ、好きだよハリー! お前のことが大好きだよ、結婚して!」と叫び、再びムチュー! ブッチュー!
……ハリーが不憫でならない。

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 最近では、成長し、大人しくなったハリーに会いに、同じクラスの犬好きのお友達がわが家に集まって来るようになった。当然、その中には女子も何人かいる。男子だけで遊んでいる時の「ギャー!」や「ウェー!」といった奇声やとんでもなく大きな騒音は一切聞こえてこない。ハリーは六年生たちの楽しそうな会話の中心にいるようだ。女の子たちに、「ハリー、かわいいね」と言われると、息子は自慢げである。「かわいいだけじゃなくて、こいつは賢いんや!」という声が、私の耳にも聞こえてくる。
 ハリーとしばらく遊ぶと、小学生たちは川へ、湖へ、広場へと移動してしまう。置いていかれるハリーはいつも少し寂しげだ。玄関で小学生たちが戻るのをずっと待っているが、とうとう諦めて私のデスクの下に戻ってくる。「遊んでもらってよかったね」と私は声をかけ、小さいおやつを与える。ハリーは私の足に背をつけて、いびきをかいて寝てしまう。
 遊び疲れた息子たちが満足げな表情で戻ってくるのは、それから一時間ぐらい後のことだ。玄関を開けるやいなや、「僕の愛するハリー!!」と叫ぶと、走ってハリーのところまでやってきては、何度もブッチュー!!とやっている。「ハリー、会いたかった~」と言いつつ、無理矢理に抱きついてくる息子たちに対して、ハリーは相も変わらず無表情で付き合っている。



この連載は月2更新でお届けします。

次回2018年7月15日(日)掲載