犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.10.15

29来客のあとで


 最近、「普段のハリーってどんな感じですか?」と聞かれることが増えた。私といるときの普段のハリーは、ほぼずっと寝ている状態だ。寝ていないときは、食べている。あるいは走っている。もちろん私にじゃれついたり、私の後を追いかけ回したりしている時間もあるが、そんな時間の最後には、やっぱり必ず寝落ちする。激しく遊んだとしても、長くて5分、程なく寝落ちだ。なぁんだ、それじゃあ、大型犬って意外に飼いやすいですねぇ?……と言われてしまいがちなのだが、一日のうち、わずかに目を開いているタイミングに彼は精一杯の努力をしていたずらをする。
 とはいえ、そろそろ二歳を迎えようとしているわが愛すべきハリーは、さすがの名犬である。最近は青年らしき落ち着きが出てきた。そして震えるほどにイケワンだ。もうソファは囓らない(まさか!)。階段を食べない(あたりまえ!)。私の下着を脱衣所から盗まない(まだ時々やってるけど!)。あのいたずら坊主が立派な青年になりつつある。感無量とはこのことだ。先日、お気に入りのシューズに穴を開けられたが、あれは一時の気の迷いか何かだろう。なんでもかんでも口にくわえて、振り回していた時代は遠い過去のこと。最近では、きりっとした表情でイスに座り、穏やかにまどろむ姿が様になっている。いやはや、自慢ではないが(いや自慢だが)、本当に素晴らしい成犬になってくれた。風格が出てきたと言ってもいいのではないか。いや、「いいのではないか」じゃなくて、いい。堂々と言おう、彼にはすでに風格が備わっているのだと。そして飼い主である私は、自分の犬を褒めすぎて嫌われるのではという懸念を吹き飛ばす勢いで、犬バカが重症化している。誠に申し訳ない。

43828734_10155617925531594_1926961193591767040_n
 普段は本当に穏やかで、ぬいぐるみのようなハリーだけれど、お客様が来たときは大いに喜び、はしゃぎまくる。最近は様々な媒体から取材を頂くようになり、これはハリーじゃなくて、ひとえに私の努力によるものだが、なぜだかハリーが主役として取材が進行される機会が増えた。私は小さいことなど気にならない人間だが、最近は、私ではなくてハリーに会いに来る方々が増えたのはどういったことだろう。東京から雑誌社のみなさんが、新聞社のみなさんが、ペット雑誌編集部のみなさんが、各出版社の編集者のみなさんが、いそいそと滋賀の田舎までやってきて下さる(ハリーに会いに)。普段は無人駅に近い静かな駅に、都会からやってきた、期待に胸を膨らませたみなさんが降り立つと、田舎の風景が華やいで見える。これは、いわゆるひとつの町おこしなのではないか。ハリーが観光大使として任命される日も近いのではないだろうか?
 遠方からだというのに、みなさん、ジャージ(あるいはカジュアル&ウォッシャブルな服)を着用されて準備は完璧だ。取材の依頼を頂くと、私は決まって、「もちろん、精一杯制止はいたしますが、万が一、ハリーがジャンピングアタックをした場合でもOKな服装でお越し下さいませ。わが家で着替えて下さってもかまいません」とお伝えする。申し訳ないことであるけれど、例えばとてもきれいな服をお召しだというのに、ハリーのあの汚い前脚が、ドーン! ああ、考えただけでおもしろ……いや、恐ろしい。なので、念には念を入れて、みなさまにお伝えしているのだ。そして取材陣のみなさんは、私がお願いした通り、カジュアルな服装でハリーと対面して下さる。ハリーに会うのを心から楽しみにして下さっているのだ。心から、だ。それなのにハリーったら……。

うわーーーーーっ!!!!
きゃああああああああ!!!!

 悲鳴だ。「かわいい~、大きい~」なんて穏やかなものじゃない。うわああああ!というストレートな叫びである。犬好きですから大丈夫です!と言っていた方でも、ハリーのガチンコ型愛情表現には、かわいいけど無理ーーー!なのだ。わかる。わかりますよ……。当のハリーは、とにかく人間が大好きで、自分に会いに来てくれていることは理解できるものだから、激しくジャンプ&アタックを繰り返す。ひっくり返って腹を出す。さわってくれえええええおれの腹をおおおおお!!!という顔で、ぐるんぐるんと体をねじって、甘えまくる。ハリーの歓迎の儀は、10分程度は続く。それがようやく終わる頃、人間全員が肩でハァハァと息をすることになる。そしてだいたいの場合、「いやあ、すっごくかわいい……!かわいいですけど、大変ですね……」という言葉を誰ともなく口にするのだ(シンクで手を洗いながら)。アハハ……この時点になると、私の笑いも途切れがちだ。小さく「ごめんなさいね……」としか出てこない。
 取材陣が去った後のハリーは、いつもちょっぴり悲しそうだ。ソファに座って、両脚に大きな顔を乗せて、上目遣いに私をじっと見ている。きっと、寂しいのだろう。私がハリーの側まで行き、まるでパン生地のように、ふわふわでやわらかい顔を両手で挟むと、ハリーは抵抗もせず、瞬きもしないで私を見つめてくる。鼻の両側にぎゅぎゅっと口元の皮膚を寄せても、気にするでもなく、なすがままだ。その瞳があまりにも悲しげで美しくて、こちらも悲しくなってしまう。

44039093_10155617925691594_4502562070645964800_n

 「大丈夫だよ、また来てくれるよ」 私がそう言うとハリーは、少し安心したように私の膝に頭を乗せ、居眠りをし始めるのだ。


この連載は月2更新でお届けします。
次回は10月30日(火)掲載です。