犬(きみ)がいるから 村井理子

2019.5.30

42かわいいだけで、それでいい


 最近、ペット関連の取材を受けることが増えた。わがままボディーのハリーに翻弄されている私が、遠くから見ているぶんには面白いからなのではと想像している。それはありがたい話なのだが、答えに窮する質問がある。それは、「子どもの教育にペットの存在はどのような意味を持つか」というものだ。
 「子どもの情操教育のためにペットを飼う」とはよく聞く話だし、その目的でペットを飼いはじめる親も多いだろう。私はそれを否定しない。確かに、ペットの世話やペットと暮らすことを通じて、子どもも大人も学ぶことは多い。当然ながら相手は生きものなので、人間側が生活の一部を譲り、共存していかなければならない。ペットを飼うことの最大の困難もここにあり、きっとそこから何か学ぶことがあるのではと考え、ペットを飼うのだろう。それは間違いではないのかもしれない。
 しかし正直なところ、子どもが「動物と暮らすことに伴う困難」を、その「命の意味」を、生身の動物から学ぶ必要はどれぐらいあるだろうかと疑問に感じている。私には、その点がよく理解できないから、なんとも答えようがない。というより、動物の命がはじまり、そして終わる様を見て、子どもが受け止めることができる学びに限界はないのだろうか。現実を目の当たりにしたとき、小さな心でそれをすべて受け入れることができるのだろうか(そしてそれを受け入れさせる、必要性はそもそもあるのだろうか)。大人が考えるほど子どもの心は単純ではなく、もっともっと複雑で脆いものではと思わずにはいられない。
 子どもの頃に飼っていたペットのことを思い出すと、心がとんでもなく痛むのは私だけだろうか。あの時代(私の場合は昭和になるが)、ペットの寿命はいまよりもずっと短かった。庭に繋がれたままの犬は近所にたくさんいたし、予防できる病気で死ぬペットも多かった。わが家にいた犬も、猫も、鳥も、亀も、今よりはずっと過酷な環境で暮らし、静かに死んでいったのだ。そういう時代だからと片付けるのもいいだろう。しかし、私はどうしたって、あの頃の自分を責めてしまう。お友達が誘いに来たら、私の担当だった「犬の水を替える」という役割をサボって外に飛び出して行ったあの日の自分を恨めしく思う。楽しく遊んで家に戻ったら、犬の水入れは空っぽだった。犬は寂しそうだった。あの時の自分に、もう少し愛情と動物への理解があったらと、どうしたって考える。結局のところ、ペットと暮らした子ども時代の経験から私が得たものは、後悔が大半だ。決してそれだけとは言わないが、それが最も強烈に残っている。
 だから私は、子どもたちにハリーの生きる様を、あえて「教え」として見せようとは思わないし、世話を言いつけることもしない。心身共に成長過程にある子どもたちが、動物への理解を深めることには限界があるに違いないと思いはじめているからだ。いま子どもに必要なのは、「動物って素晴らしいな」と感じる、その心ぐらいで充分ではないか。健康的に生きる動物と一緒に暮らす、その楽しさだけ感じてくれればそれでいい……少なくとも、わが家では。
 動物の世話のなかで最も重要な部分(例えば定期的な検診であったり投薬であったり、新鮮な水と良質なフードを与えることであったり)は、大人が責任を持って行うべきことだと私は思う。
 つまり、「子どもの教育にペットの存在はどのような意味を持つか」ではなく、「子どもの教育を担う親に、ペットの存在はどのような意味を持つか」であるのだろうと考えている。親のペットに対する行いが、子どものペットに対する将来的な行いのスタンダードになることはたぶん間違いない。子どもの動物への愛情を育むのは、人間の、つまり親の仕事であって、動物が命をもって示すことではないように思える。
 なんだかんだとつらつら書いたが、ペットは一緒に暮らし、そして与えうる限りの愛情を、ドバドバと与える相手だ。ようこそわが家に来てくれました、これから全力であなたを甘やかしてあげますと、迎えるべき存在だ。だから今日も私はせっせとハリーをかわいがり、そのでっかい体にどんどん愛情を注ぎ込む。ハリーは私の愛情をあっけらかんと当然のようにすべて受け取って、そしてわがままボディーが完成したのである。






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次回は6月15日(土)掲載です。