犬(きみ)がいるから 村井理子

2019.10.17

48留守のあいだに


 本連載Season 2をまとめた『犬ニモマケズ』が出版となり、トークショー開催のために東京にしばらく出張していた。Season 1 を書籍化した『犬(きみ)がいるから』の出版の際に開催されたトークショー『犬まみれ猫まみれ』に引き続き、今回もお相手をつとめて下さったのは、校正者の牟田都子さんだ。今回の『犬まみれ猫まみれリターンズ』でも、流れるような司会で私をリードしてくれた。彼女がいてくれなかったら、私のタモリのようなボソボソとしたトークが、会場を悲しく包み込むという悲劇が起きていたかもしれない。まったく、すばらしい方に助けていただいたものだ。私は幸せな人間だ。
 今回も、SNS上でしかやりとりのなかったみなさんとようやく会うことができ、そしてこれまで何度もトークショーにお越し下さっている方々と、笑顔で再会することができた。これ以上ありがたいことがあるだろうか。そして、みなさんがおみやげとして持ってきて下さる勝負菓子の数々は、私の想像を超えていた。トークショーが終了した後の会食時、「みなさんがこんなに幸せそうで、楽しそうで、おまけにプレゼントまで持ってきてくれるトークショーなんて本当に珍しいですよ」と、出版社の営業担当者さんがレモンハイを飲みつつ、しきりに言ってくれた。私もそう思う。こんなに温かい雰囲気が溢れるトークショーはあまり経験がない。きっとあの場に、みなさんのハリーへの愛が溢れるからだろう。牟田さんの愛猫、しらたま&ユキチの愛らしい姿が、会場全体を包み込むからだろう。感謝してもしきれないほど、素晴らしい時間を過ごすことができた。ありがとうございました。



 さて、二日の日程を終えた私は、一旦、自宅に戻ることにした。東京出張は前半の「犬イベント2 DAYS」と、後半の「殺人鬼イベント2 DAYS」(九月に出版された訳書『黄金州の殺人鬼――凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』のプロモーション)に分かれており、真ん中の一日が休息日であった。東京でブラブラしていればいいものを、やはりハリーと息子たちが心配で、たった一日でもいいからと滋賀県に戻ったというわけだ。予想していた通り、自宅に到着すると、そこは荒れ地と化していた。
 しかし母業も十年を超えると、荒れ地であろうが整地であろうが、大差はないのである。ハリーは狂喜乱舞して私を出迎えた。なぜなら、玄関先でずっと私が戻るのを待っていたからだ……二日間も。ストレスで全身フケだらけだった。なんという忠犬、なんというやさしさ、なんという愛だろう。私は感動した。お前は犬なのに、どうしてそこまで人間を慕うのだ? そしてなんだか悲しくなってきた。犬の健気さに泣けてきたのだ。ひとしきり感動していると、そんな母の心などこれっぽっちも知らずに、息子たちが「ウェーッス」と帰宅してきた。私に対して「東京どうだった?」のひと言もなく、「ウス」と片手を上げると、ベッドにドスンと寝てポテチの袋を開け、スマホ片手に(私からすれば)下らない動画を見はじめたのである。
 それはそれで泣けてくるものだ。照れくさいのはわかっている。それでも、そんなつれない態度に、べつに急いで戻ってこなくてもよかったのでは? と、傷つくのである。親の役割、そして存在感とは……? と傷ついた心で考えつつ、次男の横顔をふと見ると、眼鏡をかけていない。嫌な予感がした。「眼鏡どうしたの?」と聞くと、「……武道場に置いてきた」と言う(次男は剣道部に所属している)。置いてきた?なぜ、置く? 高価なものをカジュアルに置いてくるのはなぜ? という疑問は当然浮かぶのだが、男子母を十年以上やっていると、聞いても答えが出ないことは、最初から聞かないでおくのが正しいという知見を得るもので、そのときも「ああ、そう。忘れずに探しに行きなさいよ」と答えてそのままにしておいた。次男は、小さい声で「はい」と答えた。なくしてしまったのだろうなと薄々気づきはしたが、疲れ切っていた。せっかく戻ったのに、喧嘩はしたくなかった。
 そして翌日の昼過ぎ、私は東京に戻った。次男にはLINEで、「母が戻るまでに、眼鏡を探しておいてね」と送っておいた。
 東京出張後半を無事終え、ふたたび急いで自宅に戻ると、そこは予想通りの乱れぶりであった。そして次男の眼鏡は行方不明のままである。もう何度もなくしているじゃないかとか、なぜケースに入れて保管しないのだとか、そんなむなしい疑問は、すべてふわふわと空中に浮かんで、パチンとはじけて、どこかに消えた。答えが出ないことを考えてどうするのだ。行き場のないやるせなさはすべて、丁寧にまとめて心の片隅にしまい込んだ。
 気を取り直して、「もう一度探して見つからなかったら、買うしかないね。とても大事なものだから」と次男に話した。次男は申し訳なさそうな、悲しそうな顔をして、自室に入っていった。ハリーが急ぎ足で次男を追いかけ、そして一人と一匹はしばらく部屋から出てこなかった。リビングを大急ぎで片付けながら、テレビを見ていた長男に、「こっちはどうだった?」と聞くと、彼は笑顔で「すごく楽しかったよ! みんなで映画を見たし、ゲームもやったしね」と答えたのだった。


 

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うっかり食べ過ぎて近江牛みたいに太った「イケワン」ハリー。
丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
愛されバディを取り戻すその日まで、理子さんは今日も奮闘!

 

この連載は月2更新でお届けします。
次回は10月30日(水)掲載です。