犬(きみ)がいるから 村井理子

2020.2.15

54愛の挨拶

 

 ハリーには、人間にプレゼントを渡すというクセがある。こんなことをする犬がいるとは私も知らなかったのだが、ハリーは誰かと遊びたいとき、誰かにかまって欲しいとき、必ず、(彼の考える素敵な)プレゼントを持参し、それを渡して、「さあ一緒に遊びましょう」と誘ってくる。
 私に対しても、ほぼ毎日、何かを運んでくる。ハリーは私と目が合うと、まずは尻尾を忙しく振り、耳をピピッと動かし、ニコッと笑う(ように見える)。そして、とても楽しそうにくるりと体の向きを変え、私に広い背中を見せながらダッシュでどこかへ走っていく。そんなときはほぼ100%、ハリーは自分のお気に入りの何かをひとつくわえて、大慌てで戻ってくる。


 私の枕とか私の服とか私の毛布のことが多い。プレゼントというよりは、私のものではないかという気もするし、ブツがいちいち大きいのだが、そこはかわいいので許そうと思う。そしてハリーはそのプレゼントを、ぐいぐいと私に押しつけてくる。さあ、引っぱれ、力いっぱい引っぱってくれ、そうしたら俺も引っ張り返すから! と、誘っているのだ。その大きくて黒い瞳が、頼むから一緒に遊んでくれよと言っているように輝いている。仕方ないので少しだけ引っぱってやる。するとハリーは目を見開いて、よいしょ! よいしょ! と、楽しそうに引っぱり返し、ブンブン首を振って、どうだ、俺の力を見てみろ、こんなものは、こうしてやるぞ! やい! どうだ! それ、それ! と、自分の力を誇示したりする。
 正直、何が楽しいのかはわからない。しかし、ハリーにとって、それは重要なコミュニケーション手法らしい。というのも、うれしいときや、初対面の人に会うときも、必ず彼はこのプレゼント作戦を展開するようになったからだ。ただの愛情表現ではなく、彼にとってその行為は、相手に気持ちを伝える手段なのだ。そのうえ彼は、双方向のコミュニケーションを求めている。引っぱり合うことで、彼は楽しみを共有しようとしている。そのプレゼントには、彼の「好き」の気持ちが込められている。それを発見したときは、かなり感動した。ハリーってデカいだけじゃないんだな、愛の伝道師なんだなと、目がウルウルした。
 ハリーはとにかく人間が大好きな犬なのだが、その大きさと顔の怖さゆえ、初対面の人には避けられることが多い。いくら尻尾を振って可愛らしく振る舞っても、いくらお腹を見せながら転がり、服従の姿勢を示しても、ハリーが望むような遊びに付き合ってくれる人は、そう多くない。ほぼ、皆無と言っていい。
 しかし稀に、そんな彼を全身で受け止めてくれる犬好きの人間がわが家に現れることがある。先日も、ちょっとした打ち合わせのために、わが家に一人の男性がやってきた。誰かがわが家にやってくるときは、ハリーは必ず車の中に待機させるか、別の部屋に閉じ込めておくのだが、この日は少し長めに話をしなければならなかったため、時間通り玄関に現れたその人に、「大きい犬がいるんですけど、大丈夫ですか?」と聞いてみた。するとその人は、ぱっと表情を明るくして、「僕は、小さい犬から大きい犬まで、すべて大丈夫です!」と言ってくれた。ヨシ、こいつはいけると思った私は、「それじゃあご紹介させて頂きますね。繰り返しになりますが、デカいです」と言い、ハリーを閉じ込めていた部屋のドアを開けた。
 案の定、ハリーは弾丸のように男性に向かって走っていき、いきなりドタッという音を出しつつ床に寝転がり、お腹を見せた。尻尾は激しく振られていて、床のほこりを巻き上げていた。男性は一切怯むことなく、「よーし、よーーし!」と大きな声で言いつつ、ハリーの腹をわしゃわしゃと撫でた。ハリーはたぶん、「こいつはデキる」と思ったのだろう、急いで立ち上がると、今度は男性に体当たりし、一人と一匹は、しばらくもつれ合うようにして出会えた奇跡を祝福していた(ように見えた)。
 ハリーが面白いのは、ここから先である。全身を使ったコミュニケーションが終われば、彼はあっさりと去って行く。ここから先は人間同士でよろしくお願いしますみたいな雰囲気を醸し出しながら、スタスタと行ってしまう。自分の寝床に戻って、グーグー寝るためである。私がいつも、ハリーが大変なのは最初の三分ですと言うのはこれが理由だ。激しいわりには、すぐに飽きる。これがハリーの特徴である。悪い男だな。
 しかしこの日わが家を訪れていた人は、私の予想を超えた犬好きだった。ミーティングが終わると、彼は再び明るい声で「ハリー!」と呼んで、別れを告げようとしたのである。ハリーは、ドガッ! という音とともに立ち上がると、魚雷のようにすっ飛んで来た。が、途中でピタリと止まると、くるりと向きを変えて、再び寝床に全速力で戻っていった。ああ、プレゼントを取りに行ったのだなと思った。いや待てよ、何を持ってくるつもりだ? ま、まさか持ってきてはいけないものを持ってくるわけではあるまいな……?
 意気揚々と戻って来たハリーがくわえていたのは、やっぱりというかなんというか、私のババシャツだった。私が止める間もなくハリーはババシャツを男性に渡すと、尻尾を勢いよく振りながら飛びついた。しかしここで奇跡が起きた。男性はハリーが持ってきたババシャツなどどうでもよかったようで、さっと受け取り床に投げ捨てると、「さあ来い! よーし! よーし!」と再びハリーと激しく遊びはじめたのである。
 人が好きすぎる犬と、犬が好きすぎる人。一体なにが繰り広げられているのだろうと唖然としつつも、なんて幸せな世界なのだろうと考えていた。

 

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うっかり食べ過ぎて近江牛みたいに太った「イケワン」ハリー。
丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
愛されバディを取り戻すその日まで、理子さんは今日も奮闘!

 

この連載は月2更新でお届けします。
次回は3月2日(月)掲載です。