犬(きみ)がいるから 村井理子

2020.9.15

63今夜はどこで?

 

 例年よりも長い梅雨がやっと終わったと思ったら、いきなりの猛暑だった。そのジリジリとした暑さになんとか耐えながら、コロナウイルス感染拡大を阻止すべく自粛生活を淡々と送り、子どもたちの生活を支えつつ、仕事を必死にこなしていたら、なんだか外が涼しくなっていた。
 庭木の葉が色づいて、はらはらと散っている。生姜をたっぷりすりおろした温かいうどんがすごく旨い。本当に信じられないことだが、山に近いわが家周辺では、朝晩、すでに気温がぐっと下がって肌寒い。草刈りばかりしていた夏の記憶がまだ新しいというのに、庭には黄色い枯れ葉が目立つようになっている。ベランダで居眠りするハリーのいびきがひときわ大きい。犬にとってはちょうどよい気温のようで、朝から晩までベランダで腹を出して寝ているという、うらやましい生活だ。そして魚雷ボディーは健在である。
 しかし本当に、こんなことがあっていいのだろうか。先日、ポストにおせち料理のパンフレットがねじ込んであって、あまりのことに軽く腹が立った。こんなにも早く一年が終わりかけてしまって、いいのだろうか。ふと気づけば9月であり、今年は残り3ヶ月である。書くだけで怖ろしい。残りの仕事はたった3ヶ月という短い期間ですべて片付くのか。あまりにも厳しい予測に震える思いだ……まあ、2020年はある意味呪われた年であるから、このままあっさり終わってしまっていいのかもしれない。

 気温が下がるとわが家で恒例となるのは、ハリーの家族に対するハラスメントである。どのようなハラスメントかというと、人間の使う布団やベッドを奪うというもので、その執拗さときたら、こちらが根負けするほどだ。最近、朝、息子たちを起こしに行くと、息子が床で丸くなり、ハリーが息子のベッドの真ん中でひっくり返って寝ていることが増えた。それもハリーの狙いはほとんどの場合、次男である。なぜかというと、長男は簡単にベッドをハリーに明け渡さないからだ。そして、細身の長男はハリーにベッドを半分奪われたとしても、平気で寝つづけることができる。ハリーとしては大好きなベッドを占領できない。しかし次男は違う。
 大柄な次男は、ハリーがベッドに寝てしまうと自分のスペースを確保できない。そして長男のように、ある意味率直に「ベッドから降りなさい」とハリーに言うことができない。次男はハリーのことを溺愛しすぎていて、すべてを譲ってしまうのだ。ハリーに何をやられても、いいよ、それでいいよと、されるがままになっている。だから、ハリーにベッドを取られると、喜んで自分は固い床で寝るというわけだ。ハリーは、次男が自分に弱いということを、本当によく理解している。
 そんなハリーだが、ここ数日は、ぐっと気温が下がることで、狙いを私に定めるようになった。なぜ私かというと、ハリーは私が最も良いコンディションのベッドに寝ていることまで、よく知っているのだ。なにせ私は、五十肩をいたわるべく、低反発まくらだの高反発マットレスだの、とても軽くて温かい羽毛布団だの、全てを揃えて万全の態勢なのである。快適に眠ることに人生をかけている私のベッドまわりは、当然、ハリーにとっても快適だ。しかし、私がそう簡単に自分の場所をハリーに譲るわけがないのだ。なにせ、寝ることに人生をかけているのだから。
 それでもハリーのアタックは続いている。昨日も、なんだか苦しくて目覚めたら、ハリーの大きな顔が私の低反発まくらの上にしっかりと埋まっていた。その大きさたるや、猫ぐらいある。私もハリーに対しては、あまり冷淡に対応することができないため、しつこく愛情を示すという方法でハリーを撃退している。枕を取られたら、ハリーの顔の上に自分の頭を乗せて「かわいいねえ~」などと何度も言うのだ。ずいぶん長い間がんばって耐えるハリーだが、そのうち根負けして、私のベッドを去ると、夫のベッドを奪いに行っている。夫はハリーがやってくると、まったく抵抗することなく、すぐに床に移動している。


 

 

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この連載は基本的に月2更新でお届けします。
次回は10月15日(木)掲載を予定しています。