犬(きみ)がいるから 村井理子

2021.1.27

69介護のハリーさん

 

 夫の両親の家に行くには、わが家から車で30分ほどかかる。ここ一年ほど、私が夫の実家に顔を出す機会が増えたのは、気づけば二人が後期高齢者となり、さまざまな人の手を借りて暮らす必要が出てきたからだ。私以外にも、数名のヘルパーさんのお世話になっているし、週に数回、デイサービスにも通っている。
 平日は、私を含め誰かが必ず家を訪問し、二人の様子を確認するようにケアマネさんが上手にスケジュールを組んでくれた。とてもありがたいことだ。実に丁寧に、そして気さくに両親に接してくれるので助かっている。こんなにしてくれているのだから、私なんて行かなくていいんじゃない? と思いがちなのだが、実際はそうもいかないのがツライところ。掃除から調理、そして買い物まで請け負ってくれるとても優秀なヘルパーさんたちだけれど、二人にとっては頼みにくいこともあるらしい。だから時々わが家に電話がかかってきては、「悪いのだけれど……」と、用事を頼まれる。私はそのたびに、「うぃっす」と短く答えて、さっと車に乗り込み、夫の実家に向かうのだ……ハリーを道連れにして。
 私は、どうやって老人に接していいのかわからない。中学生のころ、老人ホームにボランティアに行くカリキュラムがあり、私も張り切って参加したのだが、老人ホームでの私の全力投球の姿勢を目撃したクラスメイトが、大声で笑い転げて、「いつもと全然違うじゃん!!」と言ったのだ。そしてそれから一週間ほどからかわれ続けた。めちゃくちゃに恥ずかしかった。もしや偽善者と呼ばれているのではと、妄想だけは得意だった私は考えに考えて、それ以降、老人ホームでのボランティア活動に参加することはきっぱり辞めた。
 そして立派な中年になった今も、どうやって年上の人に接していいのかわからない。義親の介護に参加しなければならないという現在に至っても、日々、どうしようと考えている。優しくしたらいいのか、それともビジネスライクに接したらいいのか、さっぱりわからない。二人に優しくする瞬間、心のなかで「これは偽善では?」と思う自分も相当嫌だし、病院などで「娘です」と口から出るたびに、「いや、厳密には娘っていうかなんというか……」と、いちいち否定したくなる自分も嫌だ。
 ということで、私よりもずっと老人フレンドリーなハリーを動員している。ハリーは犬だが、介護という仕事を任せたら、私よりもずいぶん役に立つ。今までは、家にやってくる人に隙あらば飛びかかろうとするハリーを見て、これは老人と会わせたら危険だと思っていたのだが、ハリーが加減を知っている犬だとわかったのが、ここ半年ほどのことだ。
 庭先で出会う(たまたま出会ってしまった)お年寄りに、ハリーは両耳を下げ、決して近づこうとはしない。尻尾をぶんぶん振るだけで、脚を大地に踏ん張るようにして立ち、おいでと声をかけられても、てこでも動かない。私に叱られると思っているようだ。視線も合わすことなく、下を向き耳まで下げているハリーを目撃して、私は確信したのだ。ハリーは、自分がお年寄りに近づいたら危険だということを、すべてわかっている。
 今となっては、車にハリーを乗せて実家に向かうと、ハリーは途中からヒンヒン鼻を鳴らして、なにやらわけのわからないモードに入る。私は必ず、「介護犬ハリーさん、よろしくね!」と声をかける。ハリーは私を見て、ヨシ! といった表情をする(ように見える)。駐車場に車を停め、ドアを開けてやると、一心不乱に玄関に突進し、鼻先で勢いよく引き戸を押し開け、家のなかに入って行く。そして老人二人を見ると、ハリーはおもむろに床に倒れ込み、ものすごく大きい体をねじり、お腹を出して、さあ触ってくれ、思う存分触ってもいいんだぞと甘えて見せるのだ。ときおりヘルパーさんと鉢合わせして、きゃああ! と叫ばれている時もあるが、ヘルパーさんもすっかり慣れたもので、ドタリと寝転がるハリーを適当にあしらいつつ、作業を続けてくれる。
 義母も義父も、明るいハリーが大好きだ。ハリーはわが家でするようないたずらは、実家では一切せず、ただただ、二人の足元に座り、尻尾を振っている。時折庭に出ては、野生動物の歩いた痕跡を追うなんて犬らしいこともしている。家の後ろにある小さな森のなかに入り込み、何やら掘り返していることもある。気づくと、家のなかを勝手に探索しているが、楽しそうにしているので、好きにさせている。
 両親は、こんなに大きい動物と暮らすなんて楽しいだろうねと言う。うーんそうですね、確かに楽しいですねえ~と私はあっさり答えているけれど、端的に言って、最高だ。ハリーは最高なのだ。

 

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うっかり食べ過ぎて近江牛みたいに太った「イケワン」ハリー。
丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
愛されバディを取り戻すその日まで、理子さんは今日も奮闘!

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本連載は、毎月第1、第3週木曜日に更新します。
次回は2月10日(水)掲載を予定しています。