犬(きみ)がいるから 村井理子

2021.5.6

71毛がつらい

 

 

 すっかり春となり、ハリーの抜け毛がひどい。ラブラドール・レトリバーの被毛はそう長くはないが、一本一本がしっかりと固くて、存在感がある。特に、ハリーは黒ラブなので、抜けた毛が床に落ちると、とても目立つ。毎日、朝と晩、念入りに掃除機をかけてきれいにしないと、あれ? ここは床屋さんかな? ってぐらい、床に黒い毛が落ちていることになる。ラグに落ちたハリーの毛は、どれだけ掃除機で吸ってもびくともしない。だから、様々な道具を駆使して、ハリーの毛と格闘することになる。飼い主が戦わなければいけないのは、その旺盛な食欲だけではない。レトリバーの場合、被毛も手強い相手なのだ。

 自慢ではないが(いや自慢だが)、わが家のハリーの毛は艶があって美しい。よく、「シャンプーはどんなものを使っていますか?」と聞かれるのだが、シャンプーは薬用シャンプーであまり高くないものだし、ハリーは水が大嫌いなので、滅多にシャンプーさせてくれない。湖は好きだが水は嫌いという不思議な犬で、風呂場に連れて行くまでに家が壊れそうに暴れまくる。だから、毎日琵琶湖で泳ぐことで、一応ヨシとしているのだ。あの艶は、生まれもってのものだろう。

 毎日湖で泳いで、体をブルブル震わせて水を切るハリーは、普通のラブラドールよりも、室内に落とす毛は少ない方だと思う。湖からわが家に戻る道中で、風に吹かれて体は乾くから、抜け毛もその辺に落としているはずだ。それでもこの時期になると、もう大変である。床や階段に落ちるものは掃除機で片付ければいいのだが、大変なのは、布につく毛だ。どれだけ気をつけていても、洗濯ものにハリーの毛がくっついてしまう。洗う前の衣服をベランダでパタパタやって、ネットに入れて洗濯をしても、どうしたってくっつく。ただでさえ面倒な家事が、余計に面倒だ。息子たちはマスクにも毛がついている! と毎朝怒っている。

 しかし、ハリーの毛が最も多く落ちたりくっついたりしているのは、最悪なことに私のベッドだ。ハリーは常に私の後ろにひっつくようにして家のなかを移動している最高の愛犬だが、それはもちろん寝るときもそうで、どれだけやめてくれと頼んでも、毎晩私の横に寝ようとする。ハリー用にはちゃんとマットレスを用意しているのだが(それも人間用のマットレスだ!)、ハリーはそこに素直に寝ようとはしない。まずは必ず私のベッドに寝る。なにがなんでも寝る。その理由は、私のことが好きだというのも正解だけど、私の羽毛布団が大好きだから。3年前まで使っていた羽毛布団は、羽毛のにおいに大興奮したハリーに食い破られてしまった。だから、買い直した。ちょっといいやつにした。だって、人生の半分は寝ているのだから。そのふわっふわの、ちょっといい感じの羽毛布団を、ハリーは大いに気に入っている。


 太い前脚でガリガリやって、ドスッ、ドカッ、バタン! と大きな音を出しながら、念入りに寝床作りをする。ふわふわして、楽しいのだと思う。ちょっと生きもののにおいがする(羽毛だし)。さあ寝てやろうと念入りに整えるから、ちょっと疲れてくる。鋭い爪で羽毛布団を捉え、えいや! えいや! とコテンパンにやっつける。目まで大きく見開いている。柔道かな? プロレスかな? 毎晩呆れてしまうけれど、本犬は楽しいのだろう。そうやって私の羽毛布団相手にひと暴れしたあとは、安心したようにぐっすり寝るのだ。かわいいね。でも、毛だらけだね。

 毎晩、抜け毛にまみれた布団からなんとかして48キロのハリーを引きずり下ろし、パンパンと布団を叩いて、毛を落とす。くしゃみが止まらない。顔にふわふわと着地するハリーの黒い毛。そのうち、口に入ってくる。目にも入る。鼻の穴にも当然入る。よくよく見ると、そこらじゅうにハリーの毛が舞っている。ああもう! と怒りながら布団を振り回すと、遊んでもらえると勘違いしたハリーが飛びかかってくる。大きい体で突進してくる。もう何もかも滅茶苦茶なのだ。それでも、一刻も早く寝たい私は、ハリーの毛にまみれたベッドに仕方なく横になるのだが、うとうとした瞬間、ハリーの毛がおでこに一本ついているような気がして、モゾモゾして、いらっときて、「あああああ!」となる。いーっとなる。その時ハリーは、いびきをかいて、すでに自分のベッドで夢の中である。

 ハリーは愛情深く、かわいい犬だ。それは本当のことで、こんなに愛らしい存在はいないと思う。それは確かにそうなのだが、こんなにも毛が多い動物と一緒に暮らすのは、やっぱり大変だなあと思う。ハリーがわが家にやってきてから掃除機が壊れたのは、この毛が原因に違いない。洗濯機が壊れたのもそうかもしれないな。

 

 

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丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
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本連載は、毎月第1、第3週木曜日に更新します。
次回は5月20日(木)掲載を予定しています。