犬(きみ)がいるから 村井理子

2021.7.8

72愛犬と愛車と

 

 

 琵琶湖畔は梅雨まっただ中。雨が多いため湖面の水位も高く、また、激しい雨の翌日は対岸から流れ着く木片やプラスチックごみが多い。なかには、釘が露出したような木片もある。尖ったものも多い。そういう日には、ハリーを泳がせたくないという気持ちなのだけれど、なにせハリーにとって泳ぐことはなによりの楽しみなので、私の気持ちなどお構いなしにハリーはざぶんざぶんと泳いでしまう。朝泳ぎ、夜泳ぎ、泳ぎまくって汚れまくって、辺り構わず水を飛ばして、ドタリと寝てしまう。うらやましい。しかし、清潔好き(それもかなり好き)な人に、こういう犬はちょっと大変だろうなと思う。いや、ラブラドールが大変というよりは、規格外に体が大きく、泳ぎまくるハリーみたいな犬、という意味だ。ちなみにシャワーが大嫌いな犬でもある。

 わが家はあくまでも緩い基準でものごとを考えるので、ハリーが湖の水で家のなかを汚したとしても、あまり気にしないし、見ないふりでそのままにしている。乾けばOKというスタンスだ。翌日にささっと砂を集めたらそれで終了。そもそも、わが家は一階の床をコンクリートのままにしている。犬を飼うという前提で建てた家だからだ。それに、ハリーの行くところはすべて、厳重に対策を施してある。ベッドのマットレスには防水シーツを二重に(!)敷いている。ベッドカバーなどはさっと取り替えられるように、山ほど買ってある。ハンディー掃除機を何台か置いて、ハリーが運んでくる砂を常に片付けられるようにもなっている。万全なのだ。とにかく、ハリーは王子さまのように扱われているのだ。

 でも、一つだけ対策を取れないものがあった。車だ。わが家のおんぼろ車は25年モノ。歴代三匹の犬を乗せて移動してきた。中型犬だった歴代犬たちは、必ず後部のラゲッジに大人しく乗ってくれていた。四匹目のハリーはなぜか助手席に固執する犬で、頑としてその席を譲らない。譲らないし、琵琶湖の水に濡れたまま、遠慮なしに飛び乗ってくる。ハリーがわが家に来て四年、めちゃくちゃに乱暴な乗り方をするハリーのおかげで、助手席の周辺が見るも無惨に、ボロボロになってしまった。シートはハリーの両脚の重さで穴が開き、窓ガラスはハリーの鼻水で常に曇っている。シートにはハリーの剛毛がびっしりへばりついている。なにより酷いのはにおいだ。

 もう、家族以外、誰も乗せられない。ときどき、息子たちの友達を乗せるが、彼らは慣れっこなので平気だ。「だいじょうぶっす、慣れてるっす」と言いつつ、静かにパワーウィンドウを下げる彼らには感謝しかないが、しかし、このままこのハリーによってベトベト、ボロボロにされた車で、いつまで移動できるのか。友人だって遊びに来るし、時には仕事仲間だって遊びに来るし、その時こんなにくさい車に乗せることなんてできない……最近、ちょっと悩んでいる。

 ラゲッジ部に無理に乗せると、車がスタートした瞬間に、ロケットのように飛び出してくるハリーだが、なんとかこの癖を止めさせて、車の後部に落ちついて座ることができるようにしなければならない。でも、息子たちで後部座席はすでに一杯だ。そこにハリーが入る? 無理、無理! どうしたらいいだろう。後部にもっとスペースがあれば、ハリーはきっとそこで寝ると思うのだけれど。

 車、そろそろ乗り換えたほうがいいのかなと連日考えている。25年も乗って、今の車には愛着もあるし、どこも壊れていない。今まで一緒に暮らした犬たちの思い出が詰まっている。ハリーだってお気に入りの車だ。ただ、犬くさいだけ。だから、この一台は何かのときのためにキープしておいて、少し大きめの車を中古で買おうかなと考え始めた。ハリーの乱暴な乗り降りを見れば見るほど、新車で買う勇気はない。

 最近は夫の両親を乗せることも増えたが、塗装は全体的にはげているし、座席は破れてるし、臭いはしている車に乗せるたびに、心が削られるから、やっぱり、家族全員+一匹が乗ることができる少し大きめの車だな! と夢見ている。それに、塗装がはげている車に乗っている人って、ほとんど見かけない。珍しいと思う。軽トラのおじいちゃんは別ですけれど。

 今さら、大きめの車を運転できるだろうかと自信はないが、これまでも、必要に迫られては、小さな挑戦を繰り返し、結局ほとんどのことを乗り越えて生きてきたんだから、まあ、あまり心配することもないだろう。それよりも、大きな車を運転して移動しまくる自分を想像すると、ちょっとわくわくしてきているぞ!

 大きくて快適な車を買ったら、ハリーを連れて遠くへ行くことができるようになるのではないか。憧れの北海道とか!? 私とハリー、一匹と一人で、延々と走り、辿りついた場所で一緒にお弁当を食べて、少し歩いて、ゆっくり家に戻ってくるだけでもいい。人生の楽しみってそういうことじゃないのかな。

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うっかり食べ過ぎて近江牛みたいに太った「イケワン」ハリー。
丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
愛されバディを取り戻すその日まで、理子さんは今日も奮闘!

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本連載は、毎月第3週木曜日に更新します。
次回は8月19日(木)掲載を予定しています。