ひび割れた日常 奥野克巳・吉村萬壱・伊藤亜紗

2020.7.29

15垂直の家族、水平の家族

 

コロナによって世界は一変した。これから、「復興」「回復」が急ピッチで進むだろう。
だが、我々は元に戻れるのか。また可能だとして、かつての日常を取り戻すことが、本当に正しいことなのか。コロナ後の生き方、社会のあり方を問う、3人によるリレーエッセイ。(第14回:伊藤亜紗 / 7月12日執筆



 

 STAY HOME. 多くの人にとって、コロナの時間は家族の時間でもあった。それまで互いの顔もほとんど見ることなく過ごしていた家族が、突然三度の食事を共にするようになった。仕事も教育も自宅からリモートで参加するようになり、オンラインの会議に甘えん坊の子供が飛び入り参加するハプニングもめずらしくなくなった。
 きわめて保守的に定義するならば、家族とは、婚姻によって結びついた夫婦と、その子や孫を中心とする人間の集団である。つまり、そこでは主に垂直的な関係が前提とされている。
 ところが、エルクを誘惑するユカギールのハンターや、動物たちを性的パートナーとするズーたちが示すのは、異なる種と水平的な家族を形成する可能性である。彼らと、私たちはどのように関係をとりむすぶことができるのか。
 Make kin not babies(子どもではなく類縁関係をつくろう). 「伴侶種companion species」をキーワードに犬との親密な関係を描き出してきたダナ・ハラウェイは、そう呼びかける[1]。確かに、私たちは今、血縁という垂直的な他者に対して感じるのと同じ親しみを、水平的な他者についても感じるように求められているのかもしれない。
 もちろん、現代の家族はすでに前出の定義には収まりきらない多様性を持っている。血縁によるつながりを前提にしない人間関係から成る家族もあるし、ペットや補助犬のようにさまざまな異種との水平的な関係も内包している。ある全盲の知人は、つねに盲導犬の目で世界を見ているので、犬がいないと体の一部が欠けたように感じると語っていた。問題は、こうした関係を、少なくとも可能性のレベルで、どこまで拡張できるかだろう。
 言うまでもなく、私たちにとって喫緊の問題は、コロナウイルスという水平的な他者の存在だ。最初のエッセイでの吉村さんによる言及の繰り返しになるが、生物学者の福岡伸一氏は、ウイルスが人間にもたらす「水平性」に言及していた。「長い進化の過程で、遺伝する情報は親から子へ垂直方向にしか伝わらないが、ウイルスは遺伝子を水平に運ぶという有用性があるからこそ、今も存在している。その中のごく一部が病気をもたらすわけで、長い目で見ると、人間に免疫を与えてきました。ウイルスとは共に進化し合う関係にあるのです」(毎日新聞2020/6/5東京夕刊)。
 アーティストの長谷川愛は、この問題についてさまざまな作品を通して問いかけている。三人以上の親から遺伝的につながった子供をつくる可能性を問う《Shared Baby》(2011)、絶滅危惧種であるイルカ(またはサメ)の代理母になって出産する方法をさぐる《I WANNA DELIVER A DORPHIN…(わたしはイルカを産みたい)》(2011-13)、同性カップルの遺伝情報から二人の子供の顔をシミュレーションして合成家族写真をつくる《(Im)possible Baby》(2015)、サメを性的に惹きつける香りを開発する《Human×Shark》(2017)…。
 何が、私たちの関係を水平方向に広げるのだろう。長谷川の作品の場合、それは境界を超える想像力と、遺伝子工学などの先端テクノロジーだ。もちろん、これらの作品はあくまでフィクションである。そこで描かれていることを実際に実行するとなれば、倫理的な側面や生態系の破壊などさまざまな問題が持ち上がることは間違いない。むろん、そういった問題について鑑賞者に考えさせることも、彼女の作品の一部だろう。
 奥野さんが語るユカギールのハンターのふるまいは、実は長谷川のそれとそれほど遠くないようにも思える。狩猟に出るために彼らが行う儀礼や細々としたルール、あるいは手の込んだ身支度。それらは、彼らが長い時間をかけて洗練させてきた一種のテクノロジーだろう。それは自然と対立するテクノロジーではなく、人間が自ら有限性を超え、より大きな自然と出会うためのテクノロジーだ。吉村さんの言う「聖なるもの」に接近するための、畏れとともにあるテクノロジーだ。
 他者を支配しないテクノロジーとは何か。コロナウイルスが戦うべき敵ではなく、私たちの水平的な家族の一員であると言えるためには、この問いについて考える必要がある。答えはそう簡単に出ないとは思うけれど。

[1] https://hagamag.com/uncategory/4293

 

この連載は5日に一度の更新でお届けする予定です。
次回は8月3日(月)掲載を予定しています。