コオロギやバッタやカエルの鳴き声が、より近くに、より鋭敏に、忍び寄ってきた。「そろそろ効果が出始めたようだな。これからアマゾンの夜の音がますます耳元に近づいてくるはずだ」セバスティアンが言う。車で酔ったときのような、揺れる車体に対して身体がどうしても後手を踏んでしまう感覚が起こり始めている。虫の声は、波の運動のように引いては戻り、引いては戻るようなリズムを刻みながら、耳に少しずつ、しかし確実に益々接近している。酔いが一段と激しくなってきた。だが、急にやってくるのではなく、ヒタヒタと、遠くから、染み入るようにやってくる。「上の階に移動して横になろうか」俺の様子を見てセバスティアンが提案した。椅子から身体を起こし、手を引かれながら階段の前まで歩いた。一歩ずつ確かめながら上がるが、身体がふらつき、足取りは重い。2階にたどり着くと、竹のベッドで横になった。
寝所は事前に全て用意し、履いているジーンズのポケットにはトイレットペーパーも忍ばせてある。アヤワスカの強力な力を迎えるためには、抜かりのない準備と、最適な場所と時間帯の選択が重要である。今日のために、俺は丸1日の断食を行い、昼にはセバスティアンと原生林を歩き、滝水を浴びて心身を清め、穏やかな気持ちでその日を丁寧に過ごしながら夜を迎えた。環境面での準備は、万端だった。
ベッドで横になると、しばらく吹き抜けの屋根を見ていた。僅かに外から漏れる月の光が、プンプナとチャピで葺かれた屋根を貫通し、薄っすらと白く細い線のように差し込んでいた。多少は楽になった姿勢のままぼんやりとそれを眺めていると、徐々に線の形が歪みを帯びてくる。グニャリと形が変わる線とともに、視界にはまるで森山大道のモノクロ写真のようなザラザラとした粒子が立ち現れ、やがて全体を包みこんだ。すると、「ウィーウィーウィーウィー」という、虫の鳴き声とは違う、はっきりと何者かが口ずさんでいるような、それでいて決して人間の声ではない音が、鮮明に耳元で聞こえだした。同時に、ハエが耳の近くで飛んでいるような虫の羽音がそれに加わることで、片方の音が明らかに虫由来ではないことが、さらに強調された。
「いよいよ来たな、アヤワスカが」と、心の中で呟いた。この瞬間、もうすでに俺は完全なる別次元にいた。視界を包む荒い粒子が、徐々に俺を支配していく。俺を飲み込んでいく。このまま吸い込まれそうだ。だが吸い込まれてはいけない。アヤワスカとは、アルータム、つまりアマゾンの森を司る生命力との一対一の戦いだ。俺はそうセバスティアンに教えられた。決して安易に身を委ねてはいけない。自らがアルータムを強く求め、受け取る固い意志を持ち、勝負に出なければならないのだ。グッと目に力を入れると、粒子は瞬時に消え去り、視界がパッと開けていつも通りの屋根裏が見えた。「負けるものか。俺がアヤワスカを支配するんだ。アヤワスカに支配されるものか!」意識に力を込めた。だが、その瞬間、アヤワスカは反撃に出てきた。「ウィーウィーウィー」という太い音はさらに苛烈さを増し、ハエのような羽音はさらに近くに迫ってくる。まずい、全てを持っていかれそうだ。
すると、突然オレンジ色の光を発する穴が目の前に現れた。そして、その周りを無数の虹色の小さな四角形が互いに連結しながら囲み、フラクタルを形成した。まるでブラックホールのような、異次元への扉を形作るかのようだ。ダメだ、意識がどんどん遠のいていく……。このままではこのオレンジ色のブラックホールに吸い込まれてしまう。諦めかけ、異次元に吸い込まれることを覚悟しようとしたところで、もう一度気力を振り絞り、全身に力を込めて目を凝らした。すると、一瞬また屋根裏が元通りに見えた!しかし、アヤワスカの強大な力は、容赦することを知らず、非情なまでにエネルギーを増幅させ、俺の意識を完全に俺自身から根こそぎ引き剝がそうとする。まるで、今まではただの準備運動であったかのように、伸びやかに、残酷に、己の力を振りかざしてくる。
「ああ、なぜアヤワスカを飲んだのだろう。決して興味本位で手を出したわけではない。俺は、心の底からアヤワスカと出会いたかった。ここに生きる人々と、極限まで一体化し、アマゾンの力を、森の知恵を、この身に宿したかったんだ。それなのに、なぜ俺は今、アヤワスカを飲んだことを後悔しはじめているのだろう。俺は、アヤワスカに出会うべきじゃなかったのか。俺はこのまま、死ぬのか?」。朦朧とする意識の中で、ほとばしる力を無慈悲に振りかざすアヤワスカに対して俺は恐怖の念を抱き始めた。そして、口の中に残るアヤワスカの液体の味を、もう一度感じた。苦く、不味かった。それは本当に、とてつもなく不味かった。今すぐ吐き出したい。二度とこんなもの、飲むものか! 心から強く思った。
その瞬間、セバスティアンの忠告が急に呼び覚まされた。「アヤワスカに対して恐れを抱いてはいけない。ねじ伏せられてはいけない。僕たち自身の力を信じ、出し切り、持ちこたえ、最後は打ち勝たなければならない」。俺は、最後に残った一滴の力を自分の中に感じ、それを奮い起こして意識の全てを集中させた。「アヤワスカよ。来るなら来い。俺は必要な準備を全てした。力を貸してくれ。ヴィジョンを見せてくれ。俺は決して、途中で投げ出したりしない。絶対に」。
すると、突然景色は一変し、水色の大空が現れた。視界の中で、イルカとも竜ともつかぬような生物が、途轍もない猛スピードで真上に向かって飛翔している。空気の抵抗をものともせず、まるで鋭利な刃物で風を切り裂くかのようだ。ヒュー……ヒュー……という音がほんのりと聞こえる。しかし、それはいわば水面近くから外界の音を聞くかのように、薄い膜を挟んだ聞こえ方である。そして不思議なことに、視界は、そのキメラ的生物に並行について行っている。俺はどこにいるのか。何に乗っているのか。皆目わからない。だが、とにかくその生物の動きについて行きながら一緒に空の天辺を目指していた。主体がわからないその「視界」に必死さは一切なく、空気の抵抗も受けていない。ただただ、鋭すぎる切れ味によってフレームが抜け落ちた映像のようにカクカクした動きにすら見えるキメラとともに、並行に移動し、余裕を持ちながら真上に空を突き抜けている。この圧倒的な苛烈さと浮遊感の同居は、今まで体験したことも、存在しうると妄想したこともない感覚だった。「これが、ヴィジョンか」心の中で呟いた。ヴィジョンだ。紛れもなく。
俺はそのとき、安心してフッと気を抜いてしまった。すると大空は一瞬にして消え、また真っ暗闇に戻ってしまっていた。間髪入れず、幽霊のようなものが視界に現れた。よく見ると、柄の長い鎌のような鋭い刃物を持っていて、顔色は真っ白に近いが少し灰色がかっていて、黒いマントを頭から全身に被り、ニタニタと気味悪く笑いながらこっちを見ている。その邪悪なエネルギーは、俺の身体を低温で焦がすように、気力を奪い、恐怖心を植え付け、絶望の淵に今にも送り込もうとしつつ、その最適な機会を窺っているようだった。悪魔だ。俺はこれほど純粋な姿の悪魔を、過去に脳内で描けたことはなかった。悪魔が今、俺の目の前にいる。俺のことを、永遠に這い上がることができない死の世界に連れて行こうとしている。
完膚なきまでの絶望が、意識を覆った。俺は恐怖心に打ち負かされ、ここから逆転することは絶対に不可能だった。それは、物心が付く頃に東京という大都会の海で迷子になり、ただただ夕暮れの空を見て泣きじゃくるしかなかったときのような、終末の感覚だった。あのときは、道で誰かが俺を保護し、交番に届けてくれた。だが今はどうだ。助けてくれるものは何もない。俺はたった1人で、この悪魔に立ち向かわなければならない。それは、もはや不可能だ。俺のアヤワスカ体験は、このまま終わる。このまま最悪の結末を迎え、俺の最初のヴィジョンは、いや最初で最後のヴィジョンは、俺に永遠の死の刻印だけを残すのだ。
悪魔がいつ俺を連れ去るのか、ただそれを慄きながら見据えていた。俺にできることは、死に絶えつつある意識の中で、悪魔が魂を奪うのに最適であると判断する瞬間をなんとか遅らせることだけだった。それがどのような瞬間なのか、もちろん俺はわからない。だが、一つ言えるのは今この瞬間、悪魔はまだ何かを待っているようだということだ。つまり、俺が今の状態の意識をのらりくらり維持し続ける限り、その瞬間が来るのを遅らせることができるかもしれない。すると、ほんの僅かな、針の穴のような極小空間が、俺を支配する漆黒のエネルギーの中に、ニュートラルスペースとして存在するのを感じた。克服不可能に思える恐怖心はまだあったが、それ以外の感情を感知できるハエの卵ほどの余白が、意識の中に芽生えた。「ここだ」と思った。俺の持てる全ての生命力を、瞬間的に爆発させ、その余白の中にぶち込んだ。「これでダメなら、死んでやる。これで悪魔に勝てないなら、俺はそれまでの人間だ。でも絶対に勝ってやる。絶対にあいつの向こう側に行ってやる。行ってやる。行ってやる。行ってやる!」時空が歪んだ。
巨大なオレンジ色に光り輝く太陽が、これまで見たことがない近さで現れた。まるで地球以外の惑星から太陽を見ているようだが、雲や空の様子などから、俺はまだ地球にいるとも感じられた。これは夕暮れ時の色だろうか。とにかく、太陽はとんでもなく大きく、そのディテールがありありと見えた。燃え盛る太陽の周縁がユラユラと揺れ、強烈な熱を発し、空に浮かんでいる。しかし、俺もまた、空にいる。下から見上げるのではなく、太陽と並行の位置にいる。蜃気楼のように視界が歪み、揺れる。その奥に、巨大な太陽が堂々と構えている。俺はただ、惑星が発する激烈な、それでいて優しく包み込むような熱に身を任せている。ふとした瞬間、再び景色が変わり、今度は地球のものとは思えないほどの巨大な木の先端で、無数の鳥が鳴いている。俺はその鳥たちを、巨木よりも高い位置から見ている。低い声でギャアギャアと、猛禽類のような力強い鳴き声を発している。どことなく、不吉な雰囲気だ。
一瞬、その光景を見てビクついた。するとまた一瞬にして暗闇に引き戻された。家だ。家に戻ってきた。屋根裏を見ている。しかし、そこで俺を急激な吐き気が襲った。たまらずセバスティアンを呼び、起き上がって窓のところまで連れて行ってもらうと、少しだけ嘔吐した。その後、今度は強烈な便意を感じた。セバスティアンにそれを伝えると、ほとんど全身を支えられるようにして下の階に降りた。真っ暗闇の中、数メートル歩いて枯れ葉が折り重なっている地点まで行くと、素早くジーンズと下着を下ろした。強烈な下痢が、ほとんど俺の意思と関係なく漏れ出す。アヤワスカの儀式で、多くの場合起こることである。方向感覚はほとんど完全に崩壊し、今にも下痢の飛び散った地面に倒れ込みそうな衝動をなんとか抑えながら、ポケットに忍ばせておいたトイレットペーパーで肛門を拭いた。ジーンズを上げ、待ってくれていたセバスティアンの元に戻ると、なんとかまた階段を上がり横になった。
村の人々は、アヤワスカのヴィジョンでいずれ人生を伴にすることになる人物が誰かわかると言っていた。一体、それは本当なのだろうか。だとすれば、エミリーが現れるに違いない。こんなに愛しているのだから。そんなことを考えながら屋根裏を眺めていると、またヴィジョンが始まった。俺は大空にいた。コンドルのような大型で逞しい脚の鳥が、優雅に飛んでいた。視界全体が、キラキラと光り輝き、何か荘厳な存在に照らされていた。光の粒の一つ一つの明滅が、極度のスローモーションで見える。その一粒一粒に、俺は目を凝らした。なんと、美しいのだろう。天国がもし存在するとしたら、あるいはこんな光景なのだろうか。天国を想像したことはあまりなかったが、初めて具体的なイメージを摑めたのかもしれないとすら思った。自分の意識の中に、こんな神秘的感情が眠っていたことなど、これまで知らなかった。こんなふうに、天国の光景に対して確信を持てることなど、俺に有り得たのか。
すると、誰かが俺の耳元で囁く。「キリスト教徒にならない?」日本語だった。「釈迦だって、キリスト教徒だったんだ。君もなろうよ」「あ、うん。なるよ」。なぜか軽い返事で、ゴータマ・シッダールタがキリスト教徒だったというデタラメに反論することもなく、俺はキリスト教徒になると即断してしまった。一体どういうことだ。俺はキリスト教に改宗することなど一度も考えたことはない。しかし、俺の意識は突然聞こえた声に対して勝手に返事をしてしまった。しかし、キリスト教に俺を誘い込むその声は次々と言葉を繰り出す。俺の意識も、俺の意識とは関係なく、その声に応えていく。ピー……ピピピ……うう……お……な……で……ピー……ソ……ウィ…………ポル……け…………俺が感知できるペースを遥かに越えたスピードで、その声と俺から離れた俺の意識は、言葉のやり取りを重ねている。主には日本語だったが、そこにはフランス語やスペイン語、シュアール語、英語も混じり、ラテン語らしき言語もときには混入していた。やり取りのスピードは、聞いているうちに加速度的に増していく。単語単位では全く聞き取れない。にもかかわらず、俺はその対話の意味を全て把握していた。「そんなのおかしい。俺は改宗しないぞ。キリスト教徒になるものか! 俺はならない!」心の中で叫び続けた。
そのときだった。シーンが突然変わり、暗くなった。だが、俺はまだ別世界にいる。暗闇の中に、ゆっくりと像が浮かび上がった。人の顔だ。緩やかに俺から見た左側を向いているため、鼻筋や唇の形が立体的に見える。プックリとした張りのある唇に、ボリュームのあるカール掛かった黒髪。鋭い目つきというわけではないが、キリッとした視線でどこか遠くを見ているようだ。顔はまるで画像のようで、三次元的ではなく、動かない。パッと見た印象では、カリブ海周辺にいそうな目鼻立ち、髪質、そして褐色の肌をした女性だった。一体、この女性は誰だ? なぜ、エミリーは現れないんだ? 俺は、こんな人は知らない。来てくれ、エミリー、頼む! 頑張って、俺のところまで来てくれ! 心の中で必死に願った。そして再び、力を振り絞って集中力を高め、強く念じた。
すると、シーンはガラリと変わり、ほのかなピンク色と白に包まれた空間に俺はいる。身体の芯から幸せな感情が溢れ出すように広がっていく。愛する人とのセックスでオーガズムに達する寸前の、あの多幸感に近い。両手をいっぱいに広げた、満面の笑顔のエミリーが無数に現れ、一斉に俺を祝福し始めた。これだ。これこそが、俺が待っていたヴィジョンだ。全身で、溶けそうなほどに熱い幸せを感じる。無数の顔が次々に融合していき、一つの巨大なエミリーの笑顔を形作り始めた。その過程を見ながら、「ああ、エミリー、本当に愛してる。ここまで来てくれて、ありがとう。ずっと一緒にいよう」。そう呟くと、俺は彼女の唇にそっとキスをした。エミリーは目を閉じた。お互いの口を動かさず、ピッタリと唇を合わせたままだった。今、俺はエミリーの顔を、唇で触れながら近くに感じている。アヤワスカは、ただ自分の未来を教えてくれるだけではなく、未来に対する意志を試してくる。自分が真の意味で欲しているものは何なのか、自分自身で答えを見つけ出すためのきっかけと、そのための力を与えてくれるに過ぎない。俺は自分自身の力で、エミリーをヴィジョンに呼び出した。エミリーはそれに応えてくれた。自分たちの意志で、俺たち2人の力で、これからも一緒に生きていこう。そう思った。この多幸感を、いつまでも感じていたい。ありがとう、アヤワスカ。ありがとう。
ふと意識が辺りに気付く。俺はまた別の時空にいるようだ。辺りが鬱蒼とした植物で埋め尽くされているが、俺自身はその中で小さく開けた草地にいる。ここは、どうやらアマゾンの深い森である。太陽が強烈に照りつけている。しかし、今度は空中ではなく、地面にいるのを感じる。カン……カンカン……カン……カン……コツコツ……トントン……トン……遠くから、かすかに音が聞こえる。何かで木を様々な方向から叩くことで、切り崩そうとしているような音だ。耳をよく澄ませてみる。この鈍い音は、石で木を切る音に違いない。俺はおそらく、まだマチェーテがない時代、鉄がこの大陸にもたらされていない時代にいる。千年単位のレベルで、前時代の光景を今俺は見ている。男が蹲踞の姿勢で地面に足を付けているのが見える。その男の周りに視線を移動すると、他にも何人も男がいる。皆、植物性の小さな覆いを腰に身に着けているだけで、裸に近い格好をしている。何かを話し合っているが、シュアール語ではない別種の先住民言語だ。シュアール語ではないのに、俺にはなぜか彼らが言っていることが手に取るように理解できる。何かの味について、互いに描写し合っている。少しだけ尖ったような口元に、黒黒とした分厚い髪。カンカン……カン……カンカンカン……木を叩く鈍く軽い音がずっと鳴り響いている。その中で、何人かが何らかの液体を飲んでいる。どうやら、木を切って叩き、樹液を取り出して試し飲みしているようだ。
アマゾンの我々の先祖たちが、アヤワスカを発見したときの光景に間違いない。俺は、瞬間的にそう直観した。カンカンカン……トントントン……石で木を叩く音と、得体の知れない言語での会話は続く。光景は少しだけ霞がかったように見えるが、俺は蹲踞で座る男たちの木を叩く動きを、シルエットではっきりと認識しながら、長い間眺めている。ああ、アヤワスカが、俺に教えてくれている。人類が、この偉大なエネルギーを持つ植物に、出会ったその日のことを。その日にアヤワスカが、そして俺の目の前でそれを飲んでいる人たちが、感じていたなんとも言えぬ高揚感を。アヤワスカが、俺に語りかけている。君も、ようやくここに来たね、と。
突如として、尋常ではない激しい吐き気が俺を襲った。体内のアヤワスカが、最後の力で俺の中の悪い物質やエネルギーを全て排出させようとしている。喉の奥深くから、洪水のような嘔吐が溢れ出してくる。全く制御が効かないその勢いに吞まれるまま、俺は抉り出すようにあらゆるものの混淆物を吐き出した。何度も、何度も、アヤワスカは俺の体内を奥底から、隅々まで搔き出すように這い回った。吐くたびに、薬草の苦い味が舌を伝った。
ようやく吐き気が収まると、俺はもう一度ベッドに横たわった。まだヴィジョンが見たい。その続きがあるのなら。そう期待したが、俺の視界は、異次元に飛ぶのではなく、徐々に開けていく。屋根裏の葉っぱや梁が、以前よりも明瞭に見えるようになっていく。身体の感覚が、自らをコントロールできない危機感から遠ざかっていく。アヤワスカが、俺にさようならを告げているのだ。潮が引くように、じんわりと植物と俺の距離感が変わっていくのを感じる。アヤワスカ、またいつか、ヴィジョンで再会しよう。「ナンキ、大丈夫か?」一晩中見守ってくれていたセバスティアンが、とても落ち着いたトーンの声で、俺が眠りにつく前に最後の確認をしに来た。「大丈夫。今はもう普通の状態に戻ったよ」俺は一言、小声で答えた。「そうか、じゃあまた明日。カナルタ」。俺はそのまま、深い眠りについた。頭が僅かに揺れるような、そこはかとない酔いはまだ感じていた。アヤワスカ。人類と君の出会いを語ってくれて、ありがとう。幾千年の時を越えて、君は俺にこうして植物としての君に宿る記憶を伝えてくれた。俺は、俺の命をまっとうする。そして、君と人類の幸福な関係が、いつまでも続くことを願うよ。深い深い眠りに誘われながら、俺はこんな言葉を呟いていた。それは、どんな言説や思索をも超え、種の境界をも超えた、何物にも遮ることができない、生命集合体としての俺の剝き出しの本心だった。