文字にお熱 鈴木悠生

2026.2.20

09ひらがな雑貨に囲まれたい

 

 

ゴミ箱に、読めない日本語をあしらって

 

 百円均一ショップの商品に施された、支離滅裂な英語の羅列っていいですよね。なぜだかおしゃれに感じます。
 たとえばゴミ箱。「幸せ」と書いてあったらギョッとしますが、「HAPPY」だとすんなり受け入れられる。同じように、「人生楽しんで!」とあったら違和感があるけれど、「Enjoy your life!」なら全然気にならない。
 アルファベットだといい意味で目に留まらない、というのがミソですね。書きはじめと書きおわりがくるんと巻いた筆記体や飾り文字などは、より一層デザインの一部として馴染んで見えます(単にわたしが英語に慣れ親しんでいないせいかもしれませんが)

 最初に触れたように、「幸せ」の2文字がデザインされたゴミ箱が最寄りの百均に並んでいたとします。白くてシンプルなゴミ箱あるかな~、なんて考えながら売り場へ向かうと、「幸せ」と書かれたゴミ箱がずらり。ぜったい二度見しちゃいますよね。
「幸」の字のかちっとした感じが、どことなく気軽に部屋に置いておけない不穏な雰囲気をたたえています。文字がほとんど直線だけで構成されているため、数ある漢字のなかでもひときわかたい印象。
 では曲線の多いひらがなやカタカナならどうでしょう。しあわせ、シアワセ。お、これならいける……? とはいえ、はっきりその字だと読めてしまうと、どうしても文字の存在が気になってくる。

 ちなみに、いまわたしが頭に浮かべていたフォントは、ヒラギノの明朝体や角ゴシック、丸ゴシックのナールなどでした。みなさんはゴミ箱にあしらわれた日本語の文字をどんな書体でイメージされましたか? スマホの文字や街の標識、本や食品ラベルなど、生活のなかで目にすることの多いデジタルフォントを思い浮かべる方が多いのでは。
 こういったフォントは、文字を組んだときの読みやすさを重視してつくられたものが多いため、“はっきりその字だと読める” のです。その上、ひとつひとつの文字のかたちも美しい。それなのにゴミ箱に使われていたら違和感があるという不思議。

 この壁をどうにか打ち破れないものか。
 じつはわたし、日本語の文字特有のやわらかな曲線美に囲まれて生活できないものか、と常々考えているのです。ゴミ箱やコップ、小物入れといった日用雑貨は、どれも英語じゃなく日本語で飾られていてほしい。単純に、その姿かたちがたまらなく好きなので。
 視界に入っても文字の意味に囚われず、よく見れば文字だけど一見文字ではない。そんな装飾が施された商品が街じゅうにあふれてくれたら……。
 そのための大前提は、思い切って文字の可読性を二の次とすることです。正しい文字のかたちから意図的に離れ、崩したり変形させたり。模様のように見えてもおもしろいし、古今和歌集にしたためられた歌みたいにゆるやかな線が連綿と続くスタイルもいい。
 たとえばこんなふうに。

 

ひらがなで「しあわせ」と書いてあります

 

 文字は “いかなる場合においても必ず読める” 必要はありません。読めないけれど、なんかいい。そんな感覚もまた、間口が広く寛容な日本語には許されるように思います。

 

(第9回・了)

本連載は、基本的に隔週更新です。
次回:2026年3月6日(金)掲載予定