カエル博士の退休日記 村松伸

2020.3.20

04木遣り歌を習う2

 

ボイストレーニング

 最終講義の後の懇親会で木遣り歌を歌うというプロジェクトは刻々と近づいてくる。にもかかわらず、木遣り講習会では古風な教授法をとって何も教えてくれない。そもそも、声が出ない。音程が取れない。そういった弱点は子供のころから重々自覚していたし、そのうえ年を取るとプライドという厄介なものが、まとわりついてしまう。木遣り歌を習う前に、声を万全にしておかなければならない。練習のための練習をする必要がある。総じて軽佻浮薄にもかかわらず、変なところでこだわってしまう。これも老化の一形態。
 で、どうしたらいいのだろう。しばし黙考した。以前より少しだけ関係があった音楽家に連絡し、会いにいってみた。事情を説明すると、じゃあしばらくボイストレーニングをしたらどうでしょう、と。まず、声を出してみてください。不意打ちでおっと水の中に突き落とされた。やや羞恥心はあるものの、しぶしぶとおどおどと声を出してみた。あ、浮かぶじゃないか、いや、声がでるじゃないか。
 ぜんぜん音痴なんかではないですよ。そういわれて、気をよくしたのは確かだ。プライドの何枚かがぽろっと音を立てて転げ落ちた。お試しのボイストレーニングが終わる頃には、少しだけ音域がひろがった。大声も出せるようになっていた。ホメられるとやる気になるものだ。ずいぶんひどく叱ってしまった私の過去の学生たちよ、ごめんなさい、これからはほめることも心がけます、と心の中で懺悔しつつ。
 発声は基本的に音の共鳴現象と筋肉の問題らしい。筋肉で言えば、声帯を動かすのどの筋肉を自由に自由に可動できるようにすること。共鳴現象は、吐く息を腹から出して口腔や鼻腔を使って響かせるらしい。らしいらしいとあやふやなのは、まず泳ぐのに厳密なスポーツ科学は重厚すぎるのと同様のことである。

 

唇と舌と喉の訓練

 具体的には、①声帯をぐっと閉じる。弛緩した筋肉をつけるために、あくびをした状態で、一気に力む。そう、トイレで力むあのやり方だ。だから気をつけるに越したことはない。②吐く息を長くするために、唇を震わせる。子供がよくやるぶるるるというアレだ。こつは少年の心と唇を取り戻すこと。でもこれがなかなかできない。心も唇もこわばってしまっているので、素直に軽やかに震えない。歩きながら、電車を待つホームでと、通勤途上に訓練を重ねてやっと達成。
 大変だったのは、③舌を震わせる訓練。唇も鍛えられていないが、舌の筋肉も普通のひと、とりわけ日本人は鈍っている。イタリア語のRの音を出す感覚といったらわかるかもしれない。むかし外国語はいくつか試みたもののイタリア語のRだけは難関不落だった。中国語の捲舌音(けんぜつおん)はわりあい簡単、でもこれは舌の筋肉は使わない。舌を上アゴの下に平らにくっつけ、その隙間から音をだすからだ。フランス語もR音も舌は喉の方に引っ込めてその隙間の摩擦音だから筋肉の問題ではない。
 だがイタリア語のRはきわめて難しい。舌の筋力だけでなく、力の入れ方も関わってくる。とぅるるるっ、とぅるるるっ、毎日千回、涙ぐましい努力で一週間、上あごが擦り切れたころやっと舌が少し振るえるようになった。もう音域も音量も音質もばっちり、のはずであった。

 

雅な朗読者

 やっと、即興楽団うじゃで、木遣り歌の練習ができる。そう勇んで府中の会場の音楽スタジオに向かった。主宰者のナカガワエリさんが体調悪く本来は中止だったけれど、長年の友の写真家の浅川さんがぼくのために少人数で、楽器と踊りのワークショップを開いてくれたのだった。総勢6人。まずは身体を自由に動かす。20畳ほどの広さのスタジオを音楽に合わせて動き回る。音の出る楽器、いや装置といった方がいいかもしれない、を思い思いに鳴らす。そんな自由なスタイルだった。
 この自由さはよかった。身体が温まり、音にすっと馴染むことができる。楽器で音を出し、それに合わせて声を出す。まさに即興楽団の名称そのものだった。こういうやり方で音楽に入っていけたら、音楽恐怖症にならなかったのに、と誰を責めるともなく人生に後悔した。でも、その後悔さえ振り落とせるほどの即興楽団の吸引力で、私の音楽人生はリボーンした。はずだった。
 そろそろ、懇親会での木遣り歌を練習しませんか。と浅川さん。そうだった。それが趣旨だった。むらまつさん、とりあえず歌ってみてよ。浅川さんの還暦の際の動画を何回も視聴したし、ボイストレーニングに通ったし、Rの音も、喉ぼとけの締まりもばっちり。なはずだった。
 歌は音量だけでない、ということが、一度声を出してすぐにわかった。リズム、というやつがあることを失念していた。このリズムは筋力ではない、と思う。いや筋力かもしれないが、それを緩急自在に動かすタイミングのようなもの。環境や文化、訓練によってそのタイミングが身体化されたものがリズム感なのだろう。音楽的環境がなかった私にあるのは、鼓動のリズム、盆踊りのリズム、演歌のリズムくらい。
 じゃあ歌ってみて、準備してきた歌詞をそう浅川さんに促されて、歌ってみた。が、出てくるリズムは、百人一首大会の札を詠むに酷似した平板で雅なもの。ちょっと赤面、ちょっとついた自信がすっと消え去り、落ちたはずのプライドがまたひっついた。浅川さんに模範を示してもらうと、駄作のような歌詞が生き生きと蘇る。強いところ速いところが即興で込められ、あの雅な朗詠が華やかで軽やかになった。道は長い。でも最終講義までまだ一か月ある。
 ふたたびボイストレーニングの講師に、この間の事情を話すと、では、リズムは後で、一定の音量と一定の音階で歌うところかは始めましょう。大丈夫ですよ、と慰められた。ほめることも大事だが、癒しも教育には大切、と心の中で再度懺悔。それは朗読に似ていた。そうだ、朗読とはそういう意味があったのだ、と合点がいった。声をだすことで得る心の健やかさ、音楽未満だが同様の効用がある。家で朗読してみてください。と言われて、kindleに入っている井伏鱒二の『厄除け詩集』や谷川俊太郎の『悼む詩』を毎朝の自己流ヨガの最後に、30分朗詠すると決めた。
 が、その矢先、新型コロナウィルスが蔓延し、最後の講義そのものが半年延期となった。私のここしばらくの奮闘の成果のお披露目はもう少し先になるだろう。そうそう毎朝の朗詠練習は、仕方ないので、ボッカチオ『デカメロン』となっている。14世紀の黒死病の厄災のさなか、トスカナの別荘に集まった10人の男女が毎日ひとり一話ずつ、計百話物語るもの。新型コロナは黒死病ほどではないものの、世の中が沈鬱になっていく。さらなる状況を700年前のひとびとはどうやって乗り切ったのか。即効薬ではないが、『デカメロン』の朗詠は心に安寧をもたらしてくれる。半年あれば、全巻朗読できることができ、私の木遣り歌にも、精神的な厚みが加わろうというもの。
 あ、そうそう。この河出書房版の『デカメロン』の翻訳者は何を隠そう、私が学生時代ちょっとだけイタリア語をかじった際の教師、平川祐弘先生でした。読んでいてその文章の流麗さは驚嘆もの、朗詠には最適ともいえる。でも、今思えば、平川先生、Rの音はそんなにうまくなかったような気がする。それでもイタリア文学研究の鬼才になれる。がんばろう。さまざまな縁が入り乱れて私の木遣り歌を前に押してくれているのかも。