ソウル㊙️博物館&美術館探訪 大瀬留美子

2024.3.7

03朴正煕大統領記念館 ①

 

大統領の記念館?

 2024年新年を迎え、韓国では大統領に関するドキュメンタリー映画が話題になっている。ひとつはミン・ファンギ監督の『道の上の金大中(길위의 김대중)』で、今年生誕100周年を迎える第8代大統領金大中(キム・デジュン)が主人公。1月10日の公開以来観客12万人を突破し、クラウドファンディングで製作費用を募った映画としては異例のヒットとなった。もうひとつの作品は、初代大統領李承晩(イ・スンマン)を再評価する形で作られたキム・ドギョン監督の『建国戦争』で、2月末時点で観客100万人をすでに超えた。

 多くの政治家や各界の有力者が映画を観てコメントしているが、中でも呉世勲(オ・セフン)ソウル市長が自身のSNSで『建国戦争』の感想を述べつつ、光化門(クァンファムン)近くにある松峴(ソンヒョン)緑地広場を、李承晩大統領記念館建設の敷地の候補として挙げたことは様々な議論を呼んでいる。

 韓国のほとんどの大統領は退任後汚職で捕まったり、自ら命を断ったり、暗殺されたりと悲惨な末路をたどっている。記念館建設や銅像制作は、功績に対する評価をめぐって意見が大きく対立するため常に問題になってきた。

 なお、韓国には前職大統領優遇などに関する法律があって、記念館を建設する時に国費を投入できるようになっている。その法律に基づいて朴正煕(パク・チョンヒ)大統領記念館(2012年)、金泳三(キム・ヨンサム)図書館(2020年)、金大中図書館(2003年)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)市民センター」(2021年)などが建てられた。

 ソウルを訪れて、わざわざこういった施設に足を運ぶ機会は少ないかもしれない。けれども、エコバッグやマグカップ、ポストカードなどの大統領グッズが欲しい、もしくは大統領推し活(政治的支持でもよい)に興味ある日本の300人くらいに向けて(勝手に設定)、ぜひおすすめしたいのが朴正煕大統領記念館である。

 

朴正煕大統領とは?

 1917年慶尚北道(キョンサンプット)善山(ソンサン)郡亀尾面(クミミョン、現在の亀尾市)生まれ。政治家、軍人。1963年から79年まで第3代大統領として在職し、軍事政権を築いた。1960年代から70年代にかけてめざましい経済発展を成し遂げた一方、金大中拉致事件や徹底的な言論弾圧を行ったことでも知られ、その独裁政治は今日でも厳しい批判の対象になっている。1979年に部下だった金載圭(キム・ジェギュ)によって暗殺された。

時代別の肖像画の変化。個人的には1973年がお気に入り

 

上岩洞のDMCってどんなところ?

 朴正煕大統領記念館は、ソウル北西部に位置する上岩洞(サンアムドン)にある。メディアとIT関係企業が多く集まるDMC(デジタルメディアシティ)の開発で発展した町だ。MBC、SBS、JTBC、CJ E&Mなど韓国の代表的なメディア企業の社屋があり、K-POPファンならスタジオ収録のために訪れたことがあるかもしれない。逆に言うと、それ以外の用事で外国人(観光客)が訪れる機会はほぼないところである。ただ、ソウル日本人学校や、イギリス系のインターナショナルスクールがあるため外国人が多く住んでおり、特に日本人居住者の割合は近年だいぶ増えている。

DMCのメインストリート。イメージとしての近未来都市も誕生から20年近く経った

 

 まずDMCがどんなところかを知っておくと、記念館の場所のイメージ(ある意味どれだけ辺鄙な場所にあるか)がつかみやすいので、少し長くなるが説明しよう。

 ソウル近郊地域の開発が2000年代に入って本格化したのがDMC、江南(カンナム)に近い盆唐(ブンダン)と板橋(パンギョ)新都市、そして金浦空港に近い麻谷(マゴク)だ。人気Web小説が原作で、日本でも話題になったソン・ジュンギ主演のJTBCドラマ『財閥家の末息子』の中盤にDMC開発が出てくる。開発に対するギラギラした期待感を、懐かしく思いながら観た韓国の視聴者も多かったらしい。

 ソウル市も野心を燃やしていたようで、2009年に着工予定していたソウルDMCランドマーク・ビルディング(別名ソウル・ライト、ライト・タワー)はなんと690メートルの高さのツインビル。最上階の133階は展望台になる予定だった。蚕室(チャムシル)にあるロッテタワー(123階に展望台)もびっくりである。

 DMCのすぐ近く、ソウル市民の憩いの場になっているワールドカップ公園は、2002年のワールドカップ開催をきっかけに、ごみの埋め立て地だった場所を整えて造られたところだ。周辺にはたくさんのマンション団地も造成された。

 しかし、DMCの開発は中途半端に終わってしまい現在に至る。不動産トラブル、近隣住民の反対などで計画が進まなくなってしまったのだ。今も仮囲いに囲まれた開発予定地があちこちにあり、立派なジャングルになっているところも多い。ただし、東京都がお台場開発をがんばっているように、ソウル市もまだあきらめてはいないようだ。

 ともあれ、金大中が1997年の大統領選挙を前に、朴正煕大統領記念館の建設を公約に掲げた時はたいへん話題になった。そして、記念館の建設場所としてソウル市が上岩洞の敷地を用意したのは、ギラギラした開発のシナリオの中に記念館建設と輝かしいDMCの未来の姿を入れたからだと想像するのも悪くない。朴正煕独裁政権下でひどい目に遭った金大中が、DMC開発の末(DMC周辺のエリアの再開発や、インフラの整備が現在少しずつ進んでいるとは言え)をすでに予測していたからという想像とともに。

 

雄大なのに存在感の薄い建物

 朴正熙大統領記念館の最寄り駅は、地下鉄6号線・空港鉄道・京義中央線デジタルメディアシティ(Digital Media City )駅か同じく6号線のワールドカップ競技場駅。どちらの駅からも歩くと20分以上かかるので、タクシーで行くのがベターだ。

 地下鉄の案内板は、オトナの事情で意図的に記念館の表示をしていない。上岩洞を管轄する麻浦区長がマウルバス(緑色の小型バス)のバス停名に初めて記念館名を入れ、ソウル市管轄のバス停名も変えようとしたものの、ソウル市が拒否した。あまり目立ってほしくないというのが本音のようだ。

 公園として整備された小さな山を背に、建物の正面には古代の神殿のように石柱が7本並び、幅の広い階段が空に向かって伸びている。たいへん堂々として立派だ。2002年の着工から約10年、予算の問題と国費関連の裁判で長引き、2012年にようやく完工した。

 柱と柱の間にエレベーターが設置され、階段の真ん中にテーマパークのウォーターアトラクションのような人工滝があることに気がついた。2023年11月に訪れた時はあまり気にしていなかったのだが、実は記念館は2017年からリニューアルを行い、大きくイメージチェンジして2019年3月に再オープンしている。オッケトンムストーリウムという子ども向けの遊びながら学べる施設とオッケトンム図書館、カフェが新たにできて、空間の緊張感がだいぶ和らいだ。

人工滝には水は流れていない。階段を上ったところの広場には大きな太極のマークがある

 

「オッケトンム」は肩を並べて遊ぶ仲間、幼なじみとも訳される韓国語だが、これは朴正煕大統領の妻、陸英修(ユク・ヨンス)が発行していた幼児向け雑誌名。記念館と同じく社団法人・朴正煕大統領記念事業会が管理しているとのこと。

 マシュマロマンのようなキャラクターのイラストや人形があちこちにあり、子ども連れのファミリーがちらほら。利用者は少ない印象を受けたが、それでもリニューアル以前に比べて人の出入りは多くなったようだ。

オッケトンム図書館の入口

 

ひいいっと思わず声が出るオブジェ

 以前は階段を上がって2階から1階への展示室へと移動する動線だったが、現在は1階のロビーから入るようになっている。2階に行ったついでに、まず朴正煕図書館から見ることに。

「ひいいっ」

 昭和の少女ホラー漫画の主人公のように思わず、声を出してのけぞってしまった。正面入口にいきなり圧のある朴正煕大統領。“民族中興の先駆者朴正煕大統領”と刻まれている。戦争記念館で嫌というほど見た胸像だが、たったひとつでもかなりのインパクトだ。落ち着いたウッディな棚と色がほぼ同じで区別がつかず、心の準備ができなかった。この後もひいっと声が出てしまったオブジェに出会うことになるので、オブジェ①としておこう。

 高級感あふれる図書館を演出していると謳っているだけあって、たいへん落ち着いた雰囲気だ。窓越しにワールドカップ公園の自然も楽しめる。演説文書、決裁文書をまとめたものがずらりと並んでいるのが圧巻で、大統領の著書のほか研究書などもたくさんある。近隣住民のための図書館も兼ねているため一般図書も多く、貸し出しも行っている。カフェのオープンにともなって図書館内にドリンクの持ち込みもOK、ブックカフェのスタイルを取っている。開かれた図書館をめざしている努力のようなものを感じる。

 1950、60年代に発行された古い報道写真集もあり、手に取って眺めることができる。韓国の近現代の重みのようなものに直接触れられる喜びに、しばしうっとりした。

朴正煕図書館の入口。胸像の位置があまりよろしくない

 

(次回に続く)

 

【インフォメーション】

朴正煕大統領記念館

 2012年、朴正煕元大統領の軌跡と功績を称える記念館として建てられた。ソウル西部のデジタルメディアシティ(DMC)エリアに位置し、周辺にはSBS、MBC、YTNなどの放送局や、ITを中心とした企業や関連施設が集まる。

 3つの展示室から構成されており、第1展示室は生い立ちから第3代大統領時代の軌跡を、第2展示室では経済開発とセマウル運動および海外派兵についての展示、第3展示室は在任中の出来事を当時の新聞記事で振り返るスペース、大統領夫妻の遺品などの展示がある。

開館:10:00~18:00(最終受付17:00)
料金:無料
住所:ソウル特別市 麻浦区 ワールドカップ路 386(서울특별시 마포구 월드컵로 386)
交通:地下鉄6号線・空港鉄道・京義中央線デジタルメディアシティ(Digital Media City )駅2番出口から徒歩約20分またはタクシーで約4分