ソウル㊙️博物館&美術館探訪 大瀬留美子

2024.6.14

07国立中央博物館 ②

質の高いデジタルコンテンツを無料で楽しむ

 博物館ってどんなところ、という問いにみなさんはどう答えるだろうか。文部科学省のホームページの説明によれば、「博物館は芸術、科学技術、自然などに関する資料を収集・保管・研究、展示する場所」とある。そして展示は研究の成果をみなさんにわかりやすく伝えるため、さまざまな工夫を凝らしたものと説明している。

 最近では、デジタル技術を駆使した「イマーシブミュージアム」という言葉を、日本でも耳にするようになった。イマーシブ(Immersive)とは没入感という意味。リアリティあふれる映像や音響を通して、まるで実際に体験しているような気分になることを指す。

 国立中央博物館には、バラエティ豊かなイマーシブデジタルコンテンツがある。中でもイマーシブデジタルギャラリー1館と2館が大変凝っている。常設展と同じように、なんと無料なのだ。

 イマーシブデジタルギャラリー1館は、常設展示館1階の中近世館内にある。通路から少し奥に入ったところにあるので、少し見つけにくい。ギャラリー入口に昭和なアイテムを発見した。観光地のおみやげ屋さんに必ずあるメダル打刻機、まだまだあるのだあと嬉しくなった。とはいっても、だいぶ洗練されていて、弥勒菩薩像のモチーフはなかなか素敵だ。メダルだといつの間にかなくなってしまうので、キーホルダーかキーリングにできたら嬉しいのにな、と思いながら中へ。

メダリオンの機械に出会えた
 

 大きなスクリーンに映し出されているのは、冊架図(チェッカド)。朝鮮時代後期に流行した民画の一つで、文房図とも呼ばれ本や文房具、宝物などが描かれている。スクリーン前の休憩スペースにはタブレットが数台置いてあり、気に入ったアイテムを選んで本棚に並べることができる。やってみようと思ったが指紋がたくさんついていて、タブレットはどうも触る気になれなかった。

 ギャラリー館がオープンしたのは2020年5月。コロナ禍の真っ只中だ。博物館は、空港の入国審査のように、手荷物検査と身体検査(もしかするとセキュリティチェックのゲートは前からあったかも)が行われていたが、あれからもう4年。やや雑に管理され、くたびれたタブレットを見ながら、月日が経つのは早いものだと感慨深い気持ちになった。

イマーシブルデジタルギャラリー1館の入口

 

 メインの空間は中央にリラックスシートが並べられ、幅60メートル、高さ5メートルのスクリーンが広がっている。毎日上映されているのは、朝鮮時代後期に活躍した宮廷画家の李寅文(イ・インムン)の8.5メートルという大作の「江山無尽図」と、山水画の名手とも言われる鄭敾(チョン・ソン)の「辛卯年楓嶽図帖」をモチーフにした映像だ。それと曜日で変わる映像1本を加えて、全部で3本の鑑賞が可能だ。1本あたり約12分と短めで、目への負担が少ないのもよい。

 訪れたこの日は、「王の御幸、民と共に」という11分の映像だった。朝鮮第22代国王正祖(チョンジョ)の華城(ファソン)への御幸に出てくる人物が生き生きと表現され、とてもキュート。宮廷舞踊のシーンは、モーションキャプチャー技術で無形文化財伝授者たちの踊りを被せたもので、なめらかな動きにうっとりする。公共の博物館だし、とりあえずデジタルコーナーを作ったのだろうな、大したことないんだろうなと謎の上目線でいたことを猛反省した。ごめんなさい。

 本格的な音響設備を通して、ドラマチックで壮大な音楽から、韓国の伝統音楽をモチーフにした癒しのメロディが次々と流れる。魅力的な音楽は梁邦彦氏が担当。2018年に開催された平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックの開・閉会式で、音楽監督を務めたことでも知られる人物である。

宮廷の華やかさと、山水画の渋さのコントラストがたまらない


他にもまだあるイマーシブデジタルコンテンツ

 敬天寺十層石塔:吹き抜けにそびえる敬天寺十層石塔は、水曜日と土曜日の夜にメディアファサードのショーが行われる。夜に博物館を訪れるのも旅のいい思い出になるはず。

 常設展示館1階 高句麗室:高句麗壁画古墳が映像でよみがえる。イマーシブデジタルギャラリー3館としてコンテンツを提供する。RPGのダンジョンのようでわくわくする。

 2階仏教絵画室:高さ12メートル、幅6メートルの巨大なスクリーンに、韓国各地の有名なお寺の掛仏をモチーフにしたメディアアートが映し出される。掛仏は、野外で行われる仏教儀式に使用される巨大な仏画。17世紀からあちこちの寺で制作が始まったと言われている。

 2006年から特別展示として、実際に掛仏が展示される場所でもあり、掛仏を見るためだけに博物館を訪れる人も多い。大きい仏画と長い間向かい合っている鑑賞者もちらほら。訪れた時は、忠清北道鎮川(チュンチョンプットジンチョン)霊水寺(ヨンスサ)の掛仏が展示中で、メディアアートは休止中だった。

 また、スクリーンの後方に奥行きがあり、小さなスクリーンが二つ。昔の有名なお坊さんのありがたいお話が聞けるコーナーになっている。スター僧の前にある小さな円の上に立ってみよう(韓国語のみ)。

激渋デジタルコンテンツ、お坊さんとの対話

三半規管と小脳が混乱する

 続いて向かったのは、VR体験ができるイマーシブデジタルギャラリー2館。常設展示館2階寄贈館東側のこれまた奥の方にあってちょっとわかりにくいので、案内図で確認してから行こう。コンテンツの利用は、ホームページから予約が必要だが、外国人の場合は、空きがあればその場で受付OKとカウンターで確認した(担当者によっては異なる対応をするかもしれないので要注意)。土日は予約で埋まることが多いのでできれば平日をねらおう。

 2館は休憩所スペースが広く取ってあり、個性的なデザインの調度品がセンスよく並ぶ。大きなガラス窓から見える景色もよく、他の展示室での鑑賞に疲れたらここで休憩するのもおすすめ。

落ち着いた雰囲気のインテリア

 VR体験の詳細については、博物館ホームページ(日本語あり)を参考に。2024年5月に訪れた時点で、教育的なものからアクション性の高いものまでプログラムは5つあった。高麗青磁好きとして「青磁に込められた世界」をチョイス。

「いろいろミッションが多いプログラムです。乗り物酔いしやすい方だと、大変かもしれません。大丈夫ですか?」と職員。

 青磁の壺に関するミッションってなんだろう、きっと子ども騙しのものに違いない(とここでもまた謎の上目線)。

「大丈夫です。簡単ですよね?」

「プログラムの中では、まあ酔いにくいほうですけど、途中で気持ち悪くなったらすぐに呼んでくださいね」

英語の説明もあるメニュー表

 しょぼいに違いない、楽勝楽勝なんて思っていたことを、またもや猛反省。

 壺や水差しなどが現れて、説明が浮かび上がる。文様の世界に飛び込む流れなのだが、ぶどう畑や竹林を歩くだけでクラクラ。目の前に広がる世界と自分の感覚のずれがどんどん大きくなっていく中、ミッションは続いた。ぶどうを収穫して坊主頭の男の子に渡す、濁った池の水をきれいにして魚たちを助ける、つかまっている鶴を空に放つなど……。

私も体験してみた!

 青磁の文様の意味を楽しく学べるが、頭のクラクラがだんだん激しくなっていく。

「す、すいません!ちょっともう無理です〜」

 とギブアップ。始まってから10分しか経っていなかった。あと15分続けるのは厳しいと判断して装置を外した。外したら外したで、インテリアは木目調のなんだか和室みたいな雰囲気。自分の周辺の環境と、さっきまで見ていたバーチャル竹林、ぶどう畑、頭上をさっきまで飛んでいた鶴のいる世界とのギャップに混乱するばかりだった。

「写真撮っておきましたよ! プログラムの中では簡単なほうですけど、大変でしたねえ、お疲れ様でした」

 という言葉でやっと現実に戻ったのであった。

 大袈裟かもしれないが、博多―対馬間の恐怖の玄界灘船酔いも思い出され、しばらく休憩所でグッタリ。米軍基地が近いので、近距離でヘリコプターが横切っていった。なんとも不思議な博物館だ。ああ、緑が目に沁みる。

 

韓国の伝統茶と弥勒菩薩の微笑みスイーツ

 グッタリした自分に必要なのは癒し。常設展示館3階、東側に位置するカフェ「ティールーム思惟の空間」に足を運んだ。国立博物館には全部で5つのカフェがあるが、韓国の伝統茶や、伝統菓子をアレンジしたスイーツが楽しめるのはここだけだ。十全大補湯(10種類の生薬を入れた漢方茶)、ナツメ茶やナツメラテ、柚子茶に五味子ソーダ、シッケ(発酵飲料)に水正果(スジョングァ。生姜や桂皮などを煮出したものに干し柿を入れた飲み物)とバラエティ豊かだ。スイーツも餅、マカロン、モナカがある。広々とした店内は、全部で64席ある。

 体力と気力を補ってくれるという十全大補湯と、弥勒菩薩の微笑みがプリントされたモナカをオーダー。モナカの中に入っているあんこは、柚子とアキグミの二種類。鮮やかなピンクが印象的なアキグミはこれといった味はしないものの、あんこのさっぱりとした甘味がうれしい。皮はパリパリ。また十全大補湯にはナッツ類がたくさん入っており、こちらも香ばしかった。トッピングは、店員さんの気分によって量が変わるかもしれない。

伝統茶で鑑賞の疲れを癒す

青磁の展示室でおさらい

 カフェを出て、同じく3階にある陶磁工芸室へ。青磁、粉青沙器、白磁と分かれており、大変見やすい。VR体験で酔いながら、文様を学習した成果がどれくらいあるのかを確認するべく青磁の展示室へ。

 初期の青磁から高麗末期の青磁まで、時期ごとにすっきりとしたディスプレイ。穏やかな翡翠色がとてもきれいだ。おお、ぶどうやマルコメ君ならぬ童子がいる。豊穣、多産を祈るのだったね。苦労してかごから出すのを手伝った鶴は飛雲舞鶴、青磁の代表的な文様だ。魚もそうだったと体験とつながっていくのが楽しい。あのポットの中に入ってきたんだよ、でもドラゴンまでは行けなかったな、と心の中でつぶやいた。

 イマーシブルデジタルコンテンツと青磁室、そしてカフェ。トータルで3時間半があっという間に過ぎたのであった。

文様の意味を知ると鑑賞にも深みが出てくる

 

【インフォメーション】

国立中央博物館
ソウルの中心部龍山にある国立博物館。およそ41万点の所蔵品のうち、1万点近くが展示されている。東館にある常設展示は3つの階に分かれ、1階は歴史館と考古館、2階に第1美術館と寄贈館、そして3階には第2美術館とアジア館がある。西館では有料の企画展示が行われている。

開館:月・火・木・金・日 10:00~18:00(最終受付は17:30)、水・土 10:00~21:00(最終受付は20:30)
料金:無料(有料の企画展は除く)
住所:ソウル特別市 龍山区 西氷庫路 137(서울특별시 용산구 서빙고로 137)
交通:地下鉄4号線・京義中央線二村Ichon駅 2番出口 徒歩10分