鶏まみれ 繁延あづさ

2022.12.2

01肉と子どもと、紙芝居

 

 

 

『山と獣と肉と皮』という本を出した2020年の晩秋、福岡に行く予定ができた。せっかくなので知人の保育園をちょっとのぞこうと連絡したら、すぐに「子どもたちに肉の話をしてくれませんか?」と返ってきた。
 え?  頭の中が真っ白になった。
 どんな考えでそんな言葉が出てきたのだろう。しばし考え込んでしまった。いや、大人も子どもも基本は同じだと思う。ただ、小さい子はまだ言葉の初心者。文字なんてまったく意味がないし、言葉もあまり頼りにならない。そういう子たちに、どう話せばいいのか。そう考えはじめたとき、頭の中が急に動きだす感じがした。
 ふと、“語り” だと直感し、写真の紙芝居が頭に浮かんだ。園長の酒井さんは、「準備が大変でしょう」とスライドを勧めてくれたが、明るい部屋がいいだろうし、子どもたちとの距離も近いほうがいいと思い、手持ちでできる紙芝居に決めた。

 

 

 当日朝まで、写真選びや話す要素をあれこれ考えて悩んだけれど、保育園に入れば肝が据わって、ライブ感覚でいこうと吹っ切れた。ただの楽しい紙芝居じゃない。写真にはリアルな獣の死も含まれる。だから、聞いてもいいし、途中で抜け出してもいい。「子どもたちがおのずと選べる雰囲気づくりをしたい」と伝えたら、保育園の先生たちも一緒に空気をつくってくださった。
 お昼寝から起きだした子どもたちとおしゃべりしてたら、みんな人懐っこい。保育士さんや大人への信頼が感じられる。話せそうな気がしてきた。少しずつみんなが部屋の中心に集まってくる。よし!

「お肉は何でできているか知ってる?」

 年長(5歳児)の子たちから、次々と元気な返事が返ってきた。

「どうぶつのいのちなんだよ」
「だから “いただきます” いわんといけん」
「いのちをいただいてるんだよ」

 感心してしまった。保育園や家でそうした会話があるのだろう。すごいなあ。小さい子たちは様子を見守るように、年長の子と私の顔をかわるがわる見ている。

 

 

 私はちいさく深呼吸して、東京から長崎に引っ越してきたところから話しはじめた。近所の猟師さんに出会い、肉をもらうようになり、初めて狩猟についていったときのこと。なるべく子どもたちが知っていそうな言葉を選んで話すと、「ながさきしってる!」「ほそいみちってどのくらい?」という元気な反応が返ってくる。話を進めることよりも、子どもたちと会話をしながら。ときに役者のように細道を歩くマネをしたり、しょっちゅう脱線しつつも「ねえ聞いて、私このときこう思ったんだよ、それでさ……」と、続けた。
 みんなだんだん真剣な顔つきになって、写真を指さしたり、質問も増えくる。私の語りが、子どもたちに受け取られていく実感があった。
 獣から肉、肉から料理、食卓にのぼるまでの写真を使い、おいしく食べてきたことを繰り返し伝えた。本では言葉だった “おいしく食べてきた” を、なるべく目に見えるように。

 

 

 最後に「これで今日のお話は終わりです」と言って、私は子どもたちにお辞儀をした。が、すぐ何人かが集まってきて、次々と質問をしてくる。一斉には答えられない。ひとりひとり順番に聞いて、ひとつずつ答える。紙芝居は終わったけど、子どもたちとの会話はなかなか終わらなかった。
 私は体験を紙芝居で語っただけ。最後にまとめることもなければ、気の利いたオチもなかった。とはいえ、それでも「いまも長崎で、元気に家族で暮らしています」と言っているのだから、べつに悪い終わりではなかったはず。実際、半分ぐらいの子は「そうかよかったね」という感じで受け止めてくれたと思う。最後までワイワイ盛り上がってもいたし、笑顔で「おもしろかった」と言った子もいた。
 ただ、いまも山の獣たちの肉を食べて暮らしているということに、どこか消化不良のような引っ掛かりが残って、これで終われないと感じた子たちがとどまっていたのだろう。考えてみれば、このとき残った子たちは、最初に「どうぶつのいのちなんだよ」「だから “いただきます” をいってたべないといけんよ」などと元気に言っていた子たちだった。
 子どもたちの消化不良はなんとなくわかってはいたけれど、彼らの質問に対して、私は素直に答えることしかできなかった。それは、すわりのよい言葉にはならない。
 かなたくんが私の服をつかんで言う。

「ねえさ、もしもさ、あのイノシシがこの子(目の前の3歳くらいの子を指して)ぐらいだったとしてさ、あづささんがそのお母さんだったとしたらさ、どんなきもち? やっぱりかなしいでしょ? 殺さないでほしいでしょ?」

 私と同じことを思うかなたくん。その気持ちが痛いほどよくわかった。

「うん、そうそう! 私もそう思ったんだ。私の息子だったらって思ってしまって、殺されるとき、私まですごく苦しくなった」

 かなたくんは、少しホッとしたような顔をした。そこに、私は続けて言う。

「でもね、私が野菜をつくっている人で、それを猪に食べられたらと思ったこともあるんだ。野菜が食べられちゃったり荒らされちゃうと、売ることができなくて、お金がもらえない。暮らせなくなるな、って」

 かなたくんは、少し考えてから返してきた。

「りょうしのおじさんはちいさいシカはかわいそうでにがしたことあるでしょ。でも、お兄さんやお姉さんイノシシもかわいそうだよ。おとなのイノシシだけ殺せばいい」

「猪はすぐに大人になるみたいだよ。ちいさくても大きくても畑を荒らすんだって。私はちいさい猪が殺されるときも大きい猪が殺されるときも、やっぱり悲しかった」

 かなたくんは一貫して猪を擬人化していた。人が動物に心を寄せることの当然を、あらためて感じた。そのあとも会話は重なり、彼の思考は深まっていくようだった。

 

 

 彼は私から離れて、保育士と話したり他の子の様子を眺めたりしてから、またこちらに戻ってきた。そして私にこう言った。

「じゃあさ、あづささん山にいかなきゃよかったんだ。あんなの見なかったら、かなしい気持ちにならずにすんだでしょ」

 彼のまっすぐな言葉が胸に刺さった。この言葉は、かなたくんの優しさだった。悲しむ私に気持ちを寄せ、考えてくれた。でも同時に、スーパーの肉がピカピカのトレーに包まれて、動物の死なんて想像させない様相で陳列されている理由は、彼の言葉が示していた。私は最後まで素直な気持ちで話したいと思った。

「うん、悲しい気持ちになったよ。でも私はね、いつもおじさんからもらう肉の、その前を見たかったし、知りたかったんだ。それとね、絶対おいしくするぞって料理して、家族で食べたら、悲しいのが、ありがたくてうれしい気持ちになったよ。知らないままじゃなくてよかった」

 子どもに伝わりそうな言葉を探りながら、話してみた。かなたくんは納得できないような顔をしてたけど、「あづささんまた来てね」って言ってくれた。
 私が帰るころになると、かなたくんは「絵をかきたい」と言いだし、先生も「うん、描きな、描きな」と画材を出してあげていた。猪を描く彼の絵を、完成まで見届けることはできなかったけれど、彼との会話は私の中でいまも響いてる。

 

 

 こんなことができたのは、子どもたちの心を全力でフォローしてくれる保育士さんたちがいたからだった。
 いふくまち保育園の園長・酒井咲帆さんは、写真家でもある。しかも同世代。よくもこんな、ある意味、博打みたいな(?)依頼を私にしてくださったなと思う。でも、よかった。少なくとも私は、あのとき頭が真っ白になってよかった。
 最後帰り際、酒井さんに念押しするように「あの子たちを傷つけたかもしれないので、どうかフォローよろしくお願いします」と手を合わせながら言った。すると酒井さんは、「大丈夫です!」と明るく応えてくれた。ありがたかった。

 

 

 俵万智さんの歌集『未来のサイズ』にこんな歌がある。

  青ざめて胃の腑おさえる男の子 心豊かに今日は傷つけ

 保育士さんが後から教えてくれた。最後まで私にくっついて話していたかなたくんは、
「うれしい話はおなかがあったかくなるけど、かなしい話はおなかが冷たくなる。いまはそう」
と、言ったという。私は俵さんの歌が反射的に思い浮かんだ。

 

(第1回・了)

 

 

本連載は隔週更新でお届けいたします。
次回:2022年12月16日(金)掲載予定