薄暮の光でセノーテを ― ユカタン半島上映記 小田香

2023.4.12

03テキットでの上映 4/10

テキットにて

 午前中に4/9分の原稿を書き、一度アウグストの家に戻った。パソコンを置き、水着とタオルの入ったバックを持って再出発。メリダから1時間ほど車で走って、撮影時に訪れたセノーテを目指す。だいたいの場所はグーグルマップに出てくるが、近くまで来ると足と勘で探さないといけない。

 高速道路から舗装されていない脇道に入っていく。いくつかの分岐があるが、とりあえず真っ直ぐを選択。周囲の眺めは、荒涼とした風景、高速の横に突如現れる感じなど、セノーテがある場所の情景を思い出させた。

 真っ直ぐ進む道にセノーテは無く、コンクリートの壁にマリア像が描いてある廃屋があっただけだった。分岐まで引き返してもう一つの方を進むと、どんつきには鉄のフェンスがあり鎖で鍵がしてあった。

 遠くに一匹の馬と馬小屋のようなものが見えるが、人の姿は無い。
 マルタとアウグストがフェンスの中に向かって呼びかけてみるが、返事はない。
 ここで見つけられないのは残念だが、おちおちしていると日も暮れるので、他のセノーテを探そうとなった。

***

 来た道を引き返していると、前からバイクに2人乗りをしている10代の若者たちが2組向かってきた。濡れて良いような格好をしている。

 窓を開けてこの辺のセノーテのことを聞いてみると、彼らもこれからそのセノーテに行くという。
 有り難い。バイクの後ろに付いて、誘導してもらった。

 フェンスへ続く道の脇には小道がはしっており、でこぼこの道をゆっくりと移動していく。セノーテXpakay(シパカイ)。看板が見えた。
 小道から繫がる広くなった空間に、何台かのバイクが停めてある。

 日本で映画『セノーテ』を公開した際にポスターやチラシで使ったセノーテがXpakayである。この上映記のバナーにもなっている、水中でマルタが両手を広げて浮いている写真はここで撮った。
 再訪するひとつめのセノーテとして申し分ない。

 若い人たちにお礼を伝え、セノーテの中を覗き込んだ。
 すでに夕暮れ時であるため、太陽の光は差し込んではいないが、大地に大きく口を開けているセノーテは美しく、水の色の深さに魅入られる。

 マルタとアウグストがこちらを見ながら若い人たちと何か話している。彼らはテキットでの『セノーテ』上映のことを知ってくれていた。SNSでシェアされていた情報を見たとのこと。

 嬉しかった。このアカウントをフォローしてほしい、名前を教えてほしいなど、マルタが映画のプロモーションに努めている傍らで、日本からの同行者Yとセノーテをずっと眺めていた。
 今回の上映旅の渡航はひとりでなく、Yと共に来ている。

 セノーテの中には地元の子たちとみえる数名が泳いだり、くつろいだり。

 マルタとアウグストは、セノーテに集う地元の若い人たちへの宣伝猛攻を終えて、日暮れのXkapayに飛び込んだ。以前撮った写真を真似るようなポーズ。

***

 Xkapayから20分程のところにテキットはある。『セノーテ』劇中の闘牛やダンスシーンはテキットで撮影させていただいた。インタビューした方も数名おり、アウグスト経由で連絡を試みてもらったが、残念ながら繫がらない。

 どんな人たちがこの野外上映を観に来てくれるのだろう。じぶんは不安でいっぱいだったが、マルタもアウグストもYも側にいてくれる。どんなかたちになっても、どんな反応がきても、誠実に受けて精一杯応えよう。

 テキットに到着すると、中央広場のひとつの角にスクリーンがすでに立っていた。夕刻の白いスクリーン。大きなスピーカーもセットしてある。たくさんのパイプ椅子。映写やアナウンスなどを担ってくれている移動型シネマ会社TOTOに所属するお二人に挨拶。ポムーチやマニでの上映はどんなものだったのか伺った。

 ポムーチでは主に地元の人が70人ほど観に来てくれたらしく、マニでは観光の人と地元の人が半々くらいだったという。出入りは常にありながら、80人ほど。いろんな町で移動式シネマをしているが、全ての町が各々の個性を持っているので、当日上映してみないとどんなものになるか予測がつかないとおっしゃっていた。

 テキットの上映まであと5分となり、まだ数名しかいなかったので、やや心が沈む。19:00が上映開始時間だったが、ぽつぽつと若い人が遅れて来はじめたので、19:30くらいに映画がはじまることになった。未就学児から20歳くらいの人たち40人ほどが、夕闇のなかで『セノーテ』をじっと観ている。町に『セノーテ』の音が、生活音と共に響いている。

 ほとんどの若い人たちが映画を最後まで観てくれた。上映後、挨拶とQ&A。「羽のある蛇はどこの人の話ですか?」「なんでセノーテを撮ったのですか?」「一番大変だったことはなんですか?」「水の中を撮っていたのは誰ですか?」5歳くらいの子が、10代の若い人が、次々に質問してくれる。
「セノーテが美しかった」「音がすごかった。セノーテを体験したみたい」

 上映会が終わっても、みんな帰らず映画の話をしていた。今日来てくれた子たちの数名は、テキットでシネクラブをつくって映画を上映したり、短編映画をつくったりしているという。

 テキットに映画館は無いが、若い人たちは映画に強い興味をもっている。フィルムメーカーやアーティストになりたいと彼らはいう。ユカタンでの上映参加初日、映画という文化の強さを思う。