薄暮の光でセノーテを ― ユカタン半島上映記 小田香

2023.4.14

05サロン・ガヨスとバヤドリッドでの上映 4/12

ガヨスにて

 午前9時半に起床。朝食と仕事をしにみなで大きめのモールに。野菜のオムレツとオレンジジュース。メールの返信後、記録をつけようとするが、頭が全く働かない。昨日のことを記すだけなのに、思い出すということができない。マルタ、アウグスト、Yの顔にも疲れが見える。

 Yに助けてもらいながら、ひとつずつ出来事や思ったことを記していく。3時間かかってやっと1800字くらいになり(目標は毎日2000字)、時間を見たらすでに14:00。時間感覚がない。

 ぼーっとしているとサラエボの同窓生であるグスタボが到着した。グスタボはメキシコのベラクルス州に住んでいるフィルムメーカーで、今回の上映旅のことをマルタから聞き、飛行機にのってわざわざ会いに来てくれた。

 6年以上ぶりの再会。今は脚本を書きつつ、ベラクルスの文化施設で上映会を企画したり、映画館のプログラミングをしていた時期もあったという。サラエボの学校には同窓生のグループチャットがあり、みな頻繁にお互いの人生を共有しているが、会って話すのは良い。一気に距離が元に戻る。

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 本日はメリダにあるサロン・ガヨス、そしてメリダから通常車で2時間ほどのバヤドリッドという町で上映会の日。サロン・ガヨスは昨晩のシネマテークとは違い、オートミールの工場を改修して作られたオルタナティブスペースらしい。

 レストランやギャラリー、バーも敷地内にあり、シネマテークで映画を観る人と客層が違うとのこと。ガヨスでの上映の前に、チェマさんという人に会うことになっていた。チェマさんはメリダとメキシコ・シティが拠点のフィルムメーカーで、早春に東京で滞在制作をしていた。

 岡本太郎を中心に日本とメキシコの関係性を焦点にした映画を企画しているとのこと。じぶんがここ数年取り組んでいる『Underground』という映画のプロデューサーのひとりである筒井龍平さんがこの企画にも関わっており、紹介があった。チェマさんはサラエボの映画学校の同級生と一緒に仕事をしていたり、東京に共通の友人もいるようだった。日本とメキシコ。二つの国には通じるものがあると強く信じ、『セノーテ』はそれを表現していると伝えてくれた。

 2021年に市原湖畔美術館で開催された「メヒコの衝撃──メキシコ体験は日本の根底を揺さぶる」に参加した。北川民次さんや岡本太郎さん、水木しげるさん、深沢幸雄さんの作品らと一緒に展示に参加できたこと、じぶんにとっても嬉しい出来事だったのだが、チェマさんはその展示会のことを言及しながら、これまでもこれからも続くメキシコと日本の関係に可能性を見ていた。

 彼とはガヨスでの上映前に別れ、17:00からはじまる上映スペースに向かう。お客さんがひとりも見えないので、マルタと顔を見合わせ、あらどうしようと思っていると、チケットの表記では18:00からとなっているらしく、上映スペースの人たちに挨拶しつつ1時間待つことになった。

 マルタは電話をかけながらうろうろして焦っていた。ガヨスでの上映会では、上映前にトークをして、バヤドリッドに発つことになっていたから。スケジュールに余裕がなく、時間ぎりぎりで設定されていたので、1時間ずれると、バヤドリッドでの上映後トークとQ&Aに間に合わない。バヤドリッドにはすでに100人近くの人が集まっているという。

 ガヨスの上映会は、おそらく10人前後しかお客さんはいないが、制作陣が来ることはアナウンス済みであり、来る人がひとりでもいる限りは、「やっぱりトークやめます、ごめんなさい」とはいかない。18:00きっちりにトークをはじめた。

 上映前のため、映画の外枠、概要的なことをまずは話した。じぶんとマルタの関係。どうやってはじまったのか。マルタからの質問にも答えた。「じぶんが住んでいない場所に遠くからきて、映画をつくること、倫理的にどう思ってる?」

 我々はこの問いに、サラエボで映画をつくっていた3年間、その後のユカタンでも、ずっと向き合ってきた。
 先に経済的に発展した国から、現在変容の途中にある国に、フィルムメーカーが赴き、映画制作のために人々を消費したり、利用したり、土地を一方的な見解に犯したりすること。
 我々はそのようなフィルムメーカーの一員かどうか。土地の人たちの前で、じぶんの態度を表明することに、声が震えるかもなと一瞬思ったが、大丈夫、思っていることを正直に答えられた気がした。

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 18:30バヤドリッドに出発。渋滞につかまる。間に合わなかった時にどうするべきか、マルタは様々な考えを声に出して巡らせている。渋滞が続く。高速の横がずっと工事中で、なにごとか尋ねると、メキシコ政府(or 現在の大統領)はここ数年マヤ列車というものを開発しているらしい。

 労働者の移動、観光の足づくりのために、メキシコ南東部をつなぐ列車となる予定だが、線路工事で多くの木を切っていて、開発の影響はセノーテにも。セノーテはユカタン中に点在しているが、最深部では繫がっていると考えられており、ひとつのセノーテが汚染されたら、汚染は徐々にすべてに広がる。

 セノーテを生活用水として使用している地域を、家庭を、たくさん見た。

 彼らの水は、どうなるのだろう。

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 バヤドリッドには予定より2時間以上遅れて到着した。上映には間に合わなかった。挨拶ができなかったのは申し訳なかったが、どうしようもない。TOTOさんいわく、立ち見も含めて300人の人たちが鑑賞してくれたとのこと。

 移動中、ゆっくり車を進めながらながら、アウグストが言っていた。
「この数年でユカタンは変わると思う。香が次来るときには、撮影時にみた風景とは違っているよ」