薄暮の光でセノーテを ― ユカタン半島上映記 小田香

2023.4.19

09ピシャでの上映 4/17

ピシャにて

 早朝の便でメキシコ・シティに戻るクリスティアンとお別れのため午前6時起床。昨晩バヤドリッドからメリダに着いたのが24:00近くなので目が開かない。次の再会を願って、見送る。

 クリスティアンやグスタボの目に小さな町での『セノーテ』上映はどう映っただろう。

 一旦部屋に戻り、雑務をして9時頃、マルタとYと共に朝にしか食べれないタコスを食べに市場に向かう。屋台、食料品(果物、野菜、トルティーヤの種)、衣料品、宗教グッズ、携帯電話、香水、貴金属など、様々なお店がぎゅうぎゅうにひしめき合っていて独特の活気があった。

 手と口周りを油でテカらせながら食べたタコスの味は絶品で、お米でできたジュースと共にいただいた。ジュースは甘酒を薄めた感じ。屋台のおじさんがずっとマルタに話しかけていた。

 市場をぐるっと見て回り、クリスティアンとアウグストおすすめのカフェへ。本がたくさんおいてあるカフェで、気持ちよく過ごすことができた。壁には「ここにある本はすべて、昔だれかの親友だった本です」

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 カフェに併設してある小さなショップでマルタがフリーダ・カーロの本を買ってじぶんとYにプレゼントしてくれた。「メキシコに来てフリーダだとちょっとクリシェすぎるかもだけど、いい本だよ。書き込んだり、絵を描いたりもできるし」。嬉しい。じぶんたちもそのショップでトートバッグや帽子、ステッカーなどを購入した。

 昼食に海鮮系タコスを食した後、ピシャに移動。メリダから車で1時間ほど。ピシャには1回目のリサーチ時に、5日間くらい滞在した。
 アウグストが「泊まっても良い」といってくれるご家庭を探してくれた。ちびっ子フェルナンディートスのいるKuご一家。

 当時はマルタも自身の監督作での映画祭まわりが忙しかった時期で、韓国に行かねばならず、単身でお世話になることになった。

『セノーテ』制作前まではメキシコに来たこともなく、もちろんセノーテが存在するユカタン半島の小さな町に暮らす人々の生活がどのようなものなのか、見当もつかなかった。

 グラシアスくらいしかスペイン語を話せなかったので(いまもその程度)、なにをするにも身振り手振りで不自由なことは多々あったが、フェルナンディートスのお母さんをはじめ、何事にもこちらに気を遣ってくださる親切なご家庭だった。
 ハンモックでの昼寝、夜の公園での社交、手づくりのトルティーヤと大量のフレッシュジュース、セノーテ・ノモゾン、廃ハシエンダ探索……

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 ピシャに到着してまずはこのKuご一家に挨拶に行った。車を出ると、トルティーヤを庭でこねていたフェルナンドのお母さんが駆け寄ってきてくれた。強いハグ。覚えていてくれているだろうかとやや不安だったので、歓迎されているようで嬉しかった。
 ハンモックで昼寝しているらしいフェルナンドに「香が戻ってきたよ!」と大声で伝えてくれる。玄関先にKu一家の親戚でフェルナンドと一緒によく遊んだ男の子が来た。大きくなった。6年の月日を思う。

 上映会のことを説明すると、上映会自体は知っていたが、違う日だと思っていたらしい。今日は教会の集まりがある日だけど、ご家族の何名かは観に来てくれるという。

 上映時間まであと数時間あるので、Kuご一家と時間を過ごしたセノーテ・ノモゾンに向かう。

 セノーテ・ノモゾンはアプネア(素潜り)の練習とテストをしたセノーテでもある。ロープを伝いながら耳抜きをし、10メートルしたまで降りて、安全に浮上したら合格。素潜りなので、タンクはない。「呼吸がすべて。落ち着いてゆっくり」インストラクターであるフリーダの言葉を思い出す。

 セノティーリョのセノーテXoochまでの悪路を超える悪路を30分ほど走り、16:00過ぎにセノーテ・ノモゾンに着いた。誰もいない。セノーテの中を覗くと小さな鳥たちが鳴きながら旋廻してる。

 泳ぎたかったがライフジャケットがない。ボロボロに朽ち果てて捨てられたものは地面にある。ジャケットの中身(浮く素材)だけ抜いて使うことにした。なにもないよりは心強い。

 セノーテ近くにノモゾンの情報がかいてある幕が掛かっていた。2022年制作。探索者や研究者であるダイバーたちによって計測されたダンジョンのようなセノーテの地図。骨のある場所も描いてある。

 鳥の旋廻の下で、しばらく浮いたり泳いだりして、悪路を引き返した。

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 上映会は未就学の年齢の子たちを含め、ほぼ100%子どもたちが観客だった。『セノーテ』に飽きて走り回っている子が大半で、数名のみが腰を落ち着けて観ている。映画でなくじぶんの方に来て、日本のことを尋ねる子らもいた。「日本の人は何食べるの?」「トルティーヤじゃなくてお米。ほとんどの人が魚も肉も野菜も食べるよ」

 フェルナンドとお母さんが映画を観に来てくれた。前半に一瞬だが、フェルナンドの後頭部がうつるショットがある。廃ハシエンダとセノーテ・ノモゾンも出てくる。

 お母さんはじぶんが帰ってきたことをとても喜んでいる様子で、お話されながら涙がでていた。滞在中フェルナンドは確かになついてくれていたが、お母さんにこんなにも喜んでいただけるとは正直思っていなかった。「メキシコでの家族だから、1日2日でなく、また長い期間こっちにおいで」。映画については、「こういう映画を観たのははじめて。セノーテの中をこんなに見たのもはじめて」

 フェルナンドはすくすく育っている様子。6年前とは違い少しシャイになっていた。

 映画の感想を聞くと、「良かったよ」と照れながら小さな声で一言伝えてくれる。

上映会はどちらかというとBGMのようだったが、ピシャのKuご一家との再会で心は満たされた。

 次の上映場所、ホムンへ移動21:30。道中、小さなピラミッドがあるらしく、マルタがYに見せたいという。

 ピラミッドをみるために小さな町に寄ると、不思議な明かりでライトアップされたピラミッドのすぐ横で、野球のナイターをしていた。実況中継のおじさんの熱がすごい。

 野球場のすみで犬が死んでいた。付かず離れずの距離で、死んだ犬の方を向いて一匹の犬が弔うように座っている。

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 ホムンに到着23:00。レストランは閉まっているので、食堂からパンとビールだけいただく。

 マルタとディエゴ(TOTOのひとり)が、メキシコのインデペンデント系映画の配給のあり方について議論。24:30。Yもアウグストも目が閉じそう。

 部屋に戻り雑務を終えて26:15就寝。