ゆるやかな性 来生優

2020.7.16

11パートナーと、「結婚」のゆくえ(前編)

 

 医療機関での問診票や、届出書類、アンケート用紙欄のある箇所で、いつもふと手が止まる。「既婚/独身」。結婚はしていないので、いつも「独身」に丸をつけるけれど、「未婚」という表記こそ見かけても、個人の意志として結婚しないことを選択するニュアンスを含む「非婚」という表記はあまり見かけない。仮にパートナーがいても、結婚する意志がなく、法的に結婚していない状況なら、「独身」にカウントされてしまう。実際、同棲先の居住地区にパートナーシップ制度(同性カップルの関係性を公的に認め、証明する制度)もなく、事実婚という形をとっていたレズビアンカップルの友人たちは、「いっそ、中間のグレーゾーン的な意味合いで『/』を囲もうかと思ったけど、仕方なく『独身』欄に丸をつけたわ」と笑い合っていた。そのときの彼女たちは、いったいどのような気持ちでペンを握ったのだろう。

 お近くの台湾では、ちょうど1年ほど前の2019517日、同性婚が法制化された。一方の日本はというと、G7では唯一同性婚が法制化されていない国だそうだ。国内では各自治体が動き、2015年、全国に先駆けて渋谷区が「パートナーシップ制度」をはじめた。ただ、一般的な男女の夫婦と同様の法的保障がない状態には変わりなく、まだまだ課題の多さが指摘されている。全国的に見ると、北は北海道から南は沖縄まで、合計23の自治体が制度を導入。全国で、759組のカップルが制度を利用しているそうで(2020120日現在)、法的な拘束力はまだまだ強くはないものの、証明書の取得によって民間の生命保険会社の受取人をパートナーに指定できるなど(※1)、徐々に実用的に活用できる場面も増えているという。

 日本で生まれ育つと、周囲やメディアの影響も手伝ってか、どうしてもパートナーとの関係性の行き着く先は結婚(法律婚)、という社会通念的な発想が先行してしまいがちだけれど、それだけではないのではないかとも思う。世界に目を向けてみると、例えばポリネシア、クック諸島のラロトンガン・マオリ語には、「夫」や「妻」という存在を示す特別な語彙は用意されておらず、例えば単純に男を意味する「ターネ」は、「ボーイフレンド」「夫」をも意味するという。男女が社会的に特別なつながりを認められ、共に生活する状態は「アカポイポ」と呼ばれ、男女がお互いを吟味し、結婚するかしないかを決めるためのお試し期間としての役割を果たしているそうだ。法律婚の対極に位置づけられるような、ある種の積極的な非婚の選択とも言えると指摘されている。(※2)こうして異国の地の実例を見てみると、いかに自分の世界が限られた単位や記号、常識の範囲内で構成されていたのかをひしひしと感じる。 

 「マチスモ」(「マチョ・イズム」)で知られるメキシコのフチタンは、いわゆる父系制に強く支配されてきた地としても知られる。しかしながら、そこに暮らすサポテコ族の人たちは「女性中心の、サブシスステンス志向の社会」という類まれなる独自性を見せる存在だと指摘され、『女の町フチタン』という書籍まで出版された。フチタンでは、性は男女の二種類ではなく、西欧近代的には「同性愛」と定義され得る社会的な「役割」がそのほかにもあって、「ムシェ」「マリマチャ」などと呼ばれているそうだ。明確で統一された基準があるわけでもなく、例えばあるムシェの恋人が「男」であれば、結婚して子どもがいたとしても、なおムシェであり続けるのだという。ムシェには、夫や妻がいるケースも少なくなく、女性と暮らしていて、同時にムシェとも関係がある男性は、完全に男性と見なされるし、女性と結婚して暮らし、子どももいながらムシェであり続けるという男たちもいるという。(※3)少々混乱してしまうのだけれど、いわゆるモノガミー(一夫一妻制の婚姻)的な結婚観というよりも、ゆるやかなつながりが生み出すさまざまなパートナーとのあり方がみてとれる。

 また、女性を愛する女性はしばしばムシェと同様に、両親や兄弟姉妹、兄弟の連れ合いなどと一緒に、ひとつの家に住み、娘が自身の伴侶を「妻」として紹介し、遅かれ早かれ家族の成員として認められることも珍しくないという(仮にサザエさん一家で例えてみると、ワカメちゃんが女性を伴侶として家族に紹介し、認められると一つ屋根のした、共同生活をはじめるというようなイメージだろうか)。生活共同体であるとともに、労働共同体でもあるふたりは、労働の報酬を共同体に入れるという意味で、経済的な取り決めと拘束力は、いわゆる異性同士の結婚しているカップルとは違いがないとも指摘される。

 このようなふたりが仲違いし、一方が実家に戻る決意をした場合、両家の使者がやってきて、各自が共同生活に持ち込んだ財産と、やりくりして手に入れた財産を値踏みし、分割するための交渉をおこなった末に、両家も和解するのだという。ある種、おせっかいをしてくれるひとの存在によって保たれる生活である点も、軽視できないだろう。そんなフチタンでは、仕事の性別分業が明確で、芸術的な活動は典型的な「男の仕事」とされる反面、祭は「女のもの」とされている。そこで、ムシェは祭(女の仕事)の髪飾りの制作(男の仕事)を生業とすることで、男女の中間の位置を獲得しているとも言える。ある男が「女」として名を上げ、公認される過程において、性の役割交換ではなく、むしろ引き受けた役割をうまく使いこなせるかどうかが重要視されるのだという。ムシェのなかには、男の仕事と女の仕事、双方を代わる代わる引き受け、流動的な働き方をするひとも少なくないようだ。あえて性の分業を受け入れることで、逆説的にも思えるけれど、性と生における選択の往来が活発になっている面もあるのかもしれない。

 インドで第三の性と称されるヒジュラの人々は、「男でもなく女でもなく、女性のようなものだ」と自らを語ることもある。かつて踊り子で売春をしていたあるヒジュラには夫がおり、家事だけをしているケースもある。一般的に、ヒジュラの世界では売春婦であるよりも夫をもつことのほうが地位が高いとされているそうで、なかには、結婚生活と売春を両立したりして、自身を支えられる唯一の安定した方法を手放さないことで、夫に頼りきりになることを拒むひともいる。インドでは、女性として自分を経験することが妻と母親の役割意識と強く結びつき、ヒンドゥー教徒にとっては宗教的義務ともいえるため、家族の願いと期待は娘の結婚へと向けられるそうだ。親が決めた相手との結婚がほとんどであるとも言われるインドでは、自身を女性とみなすヒジュラにとっても、夫との関係性こそが重要な役割を果たしている側面もある。一般的な結婚とは異なり、ヒジュラと夫はお互いを配偶者として「自由に選択できる」という文脈で語られ、実際に、ヒジュラたちの中で女性的なジェンダー・アイデンティティーを深める最も重要な要因として、「婚姻関係」が指摘されている。そのようななかで、夫に子どもを与えられないことを気にするヒジュラも少なくはなく、そのために社会規範に沿った立派な女性としてのセルフイメージをもち、インドの家族像の理想を満たそうと、「一流の普通人として自らを提示しようとする」切実なヒジュラの姿も描かれている。(※4) 

 こうしてさまざまな地の人々のパートナーとの関係性や婚姻についてみてみると、ひとはどうしても西欧近代的な異性愛を標準とするまなざしを無意識のうちに内面化し、規範的な性愛像にまったく引き戻されずには生きられなのかもしれないと、複雑な気持ちにもなる。だけれど、「植民地支配によって西洋キリスト教文明が世界的規模で浸透し、西欧化すなわち近代化という流れが支配的になるにつれてサード・ジェンダーは固有の社会的役割を失い、男性―女性、異性愛―同性愛という曖昧さを許容しない二項対立的な西欧近代文化の文脈に読み替えられ、タヒチのマフが女装のホモセクシュアルとして認識され、次第に本来の姿を失っていった」(※5)ことも思い返すと、やはり歴史的に各地に持ち込まれ、染み付いてしまった西欧的なセクシュアリティ・ジェンダー観を自明のものとして手放しに引き受けすぎることなく、必ずしも同じような筋書きをなぞらなくたっていいのではないかとも、思うのだった。(つづく)

さまざまな人々が集うインドのガンジス川にて(2011年3月、筆者撮影)

 

(※1)朝日新聞「心支えるパートナーシップ制度、でも…同性カップルに壁」(2020年2月13日)
(※2)『「シングル」で生きる―人類学者のフィールドから』(椎野若菜編、御茶の水書房、2010年)
(※3)『女の町フチタン―メキシコの母系制社会』(V・ベンホルト=トムゼン編、加藤耀、五十嵐蕗子、入谷幸江、浅岡泰子訳、1996年、藤原書店)
(※4)『ヒジュラ―男でも女でもなく』(セレナ・ナンダ著、蔦森樹+カマル・シン訳、青土社、1999年)
(※5)『女装と日本人』(三橋順子、講談社、2008年)

 

(第11回・了)

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