どうも、神父です。 大西勇史

2020.9.23

23嵐の前の訪問者

 

 超大型台風が迫っていた先日の日曜日のこと。予報では、その日の夜から島根県西部も暴風雨域に入るということだったので、益田教会でミサを済ませると、鉢植えを建物の中に仕舞い、いつもより念入りに戸締りをした。僕が暮らしている司祭館のある浜田教会へ向かおうと車の運転席に座ったところで、電話がかかってきた。浜田教会の信者の方からで、内容は熊本から台風を避けて男性が避難してきている、宿がないので泊めて欲しそうだということだった。とりあえず、今からそっちに向かうから事情はそこで聞きますと言って電話を切り、浜田へ向かった。道中、たしかに台風は接近中だが、熊本からなんでわざわざ島根の浜田まで来たのか。泥棒や詐欺師だったらどうしよう。いや、もしそうでも盗られるものも何もないや、など、色々と思いを巡らせた。 

 浜田教会に着くと、見慣れぬ車が一台停車していた。僕はその横に車を停めた。さっきの電話で聞いた熊本からの避難者の方の車だろうか? 助手席側の窓が開いていたので、車内の様子を伺おうと窓を覗いた瞬間、ひょこっとトイプードルが顔を出した。自分が管理者である教会の駐車場とはいえ、停めてある車を覗こうとしていたことが後ろめたかったのか、僕はとんでもなく驚いて大声を出してしまった。が、車内には犬の他には誰もいない様子だった。ナンバープレートは「熊本」で、熊本から来ている避難者の方の車で間違いなさそうだ。しかし、見つけてしまったのだ。電話で信者の方から聞いていた、避難者だと名乗る男性のものとは違う名前が記された薬の袋が助手席に置いてあるのを。「聞いていた名前と違う。偽名を使ったのかなぁ。やっぱり怪しい人なのかもしれない」とやや不審に思いながら、信徒会館に入ると男性が3人いた。1人はさっき電話をくれた信者の方で、もう2人が熊本から来たという避難者の方々だった。彼らは中年と若者の二人組。ちなみに熊本の教会に通っている信者の方というわけでもない。中年男性のほうが自己紹介をしてくれ、彼の名前は先ほど薬の袋に書かれていたものと一致していた。僕はひと安心して、どうして浜田教会に来たのかと中年男性に尋ねた。

 すると、熊本はここ数年台風や大雨、地震と言った災害が続いていて、今回は自宅から避難しようと思ったそうだ。そして、台風の進路を外れたところまで逃げれば安心だろうということで、浜田まで来たようだった。

 「でも、たしか今夜か明け方に浜田も暴風域に入るって言ってたけどな」とまた思ったが、それは言わなかった。カプセルホテルにでも泊まれば良いだろうと思ってここまで来てみたが、浜田にはカプセルホテルがなく困っている。これ以上お金を使うことが出来ないので、泊めて欲しいのだと言う。

 お金がないと言っても、熊本から浜田までやって来るガソリン代や高速代はあったわけだし、カプセルホテルに泊まるつもりだったなら、うまくやりくりすればビジネスホテルに泊まれるんじゃないのかと思いながらも話を聞いていると、中年男性は「普通、カプセルホテルってどこにでもありますよねぇ」と言った。「いま、ものすごくナチュラルに田舎ディス出ましたね」と笑顔でカウンターパンチを入れてみた。もちろん冗談である。

 

 

 男性二人組は叔父と甥の関係にあるという。同席した信者にも確認し、とりあえず、次の日の夕方、僕が出かけるまでなら教会にいても良いよと伝えた。叔父のほうが大喜びし、甥に「ほらな、信じると良いことあるだろう。ちゃんと感謝しろ」とドヤ顔で言っているのを聞いて内心「甥っ子はあんたに振り回されているんでしょ」と可笑しくなった。僕も叔父に調子を合わせて「いいよ、感謝なんかしなくても」と茶化しつつ言った。

 すると叔父はなおもノリノリで「日頃から、落ちているゴミを拾ったり、良いことをしていれば、回り回って自分に返って来るからなって言ってるんですよ。ほら、こういうことがあるんだよ」と言うので、まぁそういう因果応報的なこともあるかもしれないけど、この場合は叔父さん、あんたの無計画さが招いた事態でしょうとも思ったので、「ゴミ拾わなくても、困った人たちは泊めてあげるんだからね」と答えた。

 それにしても信者でもないのに、見知らぬ土地で教会に突然やって来て泊めてくれとはなかなか勇気がいると思う。というか、一体彼らはどういうつもりなんだろうと疑問は残ったままだった。僕は彼らを泊めるのが嫌なわけでは決してなくて、自分の興味心からそれが気になった。も一つはこのユニークな叔父さんを、高校生だという甥はどう思っているんだろうと気になった。

 教会のパソコンや会計の書類などを自室に移動させ、2人を信徒会館の一室に案内し、ここを好きに使っていいよと伝えた。そして、せっかくだから一緒に銭湯に行って、ご飯を食べましょうと誘った。叔父が「お前は連れて行ってもらいなさい」と言い、銭湯には甥と2人で行くことになった。では2時間後に出かけましょうと言って別れて、約束の時間になったので僕は甥を呼びに行った。そうしたらなんと、ケーキ6個とみかん6個を御礼にとくれた。どうやら近くのスーパーに買いに行ったものらしかったが、ここでも「え、お金あるんじゃん」と思ってしまった僕はそれを苦笑いしつつ受け取った。しつこいようだが、僕は彼らを泊めたくないわけじゃない。

 そして、甥を連れて銭湯に向かった。「叔父さん、面白いね。いつもあんな感じなの?」と聞くと、大体あんな感じですと答えた。どうして来ようと思ったの、と聞くと「止めても、1人で行ってしまうと思って心配で」と言うので、こっちのほうが大人やんと思った。

 風呂に入り、食事をし、帰りの車の中で「どんな音楽聴くの?」と甥に聞くと「クラプトンやボンジョビが好きです」と言うので「まさか……」と言ったら「そうです、叔父さんの影響で」と照れ臭そうに彼はいった。それを見て「やっぱり、この子はおじさんのことが大好きなんだなぁ」と思って微笑ましかった。

 その夜、この一連の出来事を振り返り僕は日記にこう記した。「熊本からの二人組。叔父がやたら甥に人生訓を語る。おそらくこれは”緊急時プレイ”である。教会も神父も、叔父の壮大なシナリオの登場人物になったようだ」

 そして、翌朝、その読みが当たる。10時過ぎ、彼らのいるはずの部屋に行ってみると、すっかり空っぽになっており、置き手紙がしてあった。「黙って出ていくことをお許しください」から始まって、感謝の気持ちがそこには綴られていた。台風はいまから来るのというに、出て行ったの? どういうこと? と一瞬考えたが、そうかこのタイミングで置き手紙を残して出ていく、というのが叔父さんの中にあったシナリオなのだろうなと思うと、またまた可笑しくなった。

 その後、無事に熊本に着いたと報告のメールが叔父のほうからあった。こうやって教会や神父が誰かの良いストーリーに使われるのなら、最高だし、そんな脇役で登場させてもらえるなら喜んでしたい。

 皆さんもぜひ、何かお困りの時は教会や神父を頼ってみてください。こう書きつつ、神父である僕は結構疑り深いというのもバレてしまったと思いますが。

(第23回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年10月7日(水)掲載予定