どうも、神父です。 大西勇史

2019.12.25

04心の中の馬小屋

  

 クリスマスおめでとうございます。

 前回は僕が「神父になれば良いんだ」とある日突然決心したことについて書いた。今回はその続きを載せるつもりだったのだけど、更新日がちょうどクリスマスなので、クリスマスのお話を書いてみることにした。

 今日12月25日は僕らキリスト教の信者にとっては言わずもがな、イエスキリストの誕生を祝う日だ。よく聞かれるのだが、神父である僕はクリスマスはそんなに忙しいわけではない。忙しいと言えば、むしろ、この日を迎えるまでのほうが忙しい。特に教会以外の場所で「クリスマスについて」の講話をする仕事が普段の通常業務にプラスしてあったりする。師走なだけにあっちこっち走りまくりである。しかし、教会以外の場所、つまり、信者ではない方々に「クリスマスの喜びについて」お話しする機会があることは僕にとって、ことのほか嬉しいことだ。なぜなら、常日頃「神様っていつも僕たちの味方なんだよな」ということを多くの人に知ってもらいたいと思っている僕からしたら、クリスマスは「神はあなたを愛している」ということを伝えるために、最も理解してもらいやすい出来事であり、よい機会だからだ。そして僕自身、毎年クリスマスを迎えるたびに感動を新たにするのだ。クリスマスは、2000年前のイスラエルで起きた遠い過去のことなのではない。今日はぜひ、「いま、ここ」の自分に起こった出来事として、読者の皆さんにもこの気持ちを味わっていただきたいと思う。

 

 

 クリスマスはもともと、別の宗教の冬至を祝う祭りにイエスの誕生を記念する日をくっつけてできたのではないか、などその起源には諸説あるらしい。さらにイエスの誕生した時期についても実は正確なことはわかっておらず、初夏~秋ごろと言われていたりもする。

 クリスマス(Chiristmas)という単語は、Christ(キリスト)のMass(ミサ)という英語である。イタリア語だとナターレ(Natale)、フランス語ではノエル(Noël)でそれぞれ「降誕」という意味になる。

 サンタクロースの起源は教会の聖人(教会がその信仰が素晴らしいと認めた人、信仰の殿堂入りみたいな存在である)、聖ニコラウスだ。彼は四世紀ごろの小アジア、現在のトルコあたりの司教で、貧しい娘に施しをしたという逸話が残っていて、彼の存在が形を変えてサンタクロースになったと言われている。

 町中を赤や緑にするあのクリスマスカラーにも意味があって、赤は「神の愛」を表し、緑は冬でも枯れないもみの木やヒイラギなどの常緑樹、つまり「生命力、いのち」を表している。クリスマスケーキなどの飾りにもモチーフとして使われる緑のギザギザの葉っぱと赤い実がかわいいヒイラギは、聖なる木とも言われ、ギザギザの葉はイエスが処刑された時に被せられた「茨の冠」、赤い実はその時流した「イエスの血」を意味する。あれ、なんかおどろおどろしい怖い感じになってきた。この辺でやめておこうかな。

 有名なドイツのお菓子シュトーレンは、クリスマスを待つアドヴェント(待降節/今年は12月1日から12月24日まで)の間、少しづつスライスして食べるものだ。以前ドイツに長く住んでいた神父に聞いたのだが、フルーツやナッツの風味が日毎にパンに移っていき、最後のほうは神父の間で取り合いになる程の美味しさだったとか。どこの神父も食いしんぼうである。ちなみにイタリアではこの時期、パネットーネという丸いパンを食べるらしい。こちらも洋酒につけたフルーツやナッツが入っていて、前にいた広島の教会ではイタリア人のおじいちゃん神父が、大きくカットしたパネットーネにアイスクリームを添えて食べていたのを思い出す。その教会には沢山の神父がいたため、この時期になるとだいたい両方あった。でもまぁ、お菓子もいいけど、やっぱり僕はチキンの方が好きだ。あの”サンタクロースのおじさん”のところのやつね。一年に一度、クリスマスはあれ食べたくなりませんか。すっかりコマーシャルにやられてますかね。それなのに、なんと。あのチキンのお店は僕の住む浜田市にはない。オーマイゴット。と、食べ物の話はこれくらいにして、今日はせっかくわがキリスト教の二大イベントの一つクリスマス(もう一つは春のイースター)なので、僕も神父らしく聖書本文からイエスの誕生について書かれたところを引用してみたい。これを読んでいる方の中に、初めて聖書本文に触れたという方がいたら嬉しい。

 

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。

 ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。

 「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

(ルカによる福音2.1-14)

 

 ご存知の方も多いとは思うが、驚くべきことに、イエスは馬小屋で生まれた。なぜ「救い主」と呼ばれる方が馬小屋で生まれたのか。そこには神さまからの特別なメッセージが込められている。もし、イエスが王宮や立派なお屋敷に生まれたとしたらどうだろう。そこは護衛付きのしっかりと守られた場所で、僕やあなたのようないわゆる一般人には一生出入りする機会もない縁遠いところだっただろう。だが、そうではない場所、無防備で外部となんの隔たりもない、誰でも出入りすることの出来る場所にイエスは生まれた。事実、そのイエスの誕生を聞き真っ先に駆けつけたのは、羊飼いたちだった。夜通し羊の世話をしている羊飼いたちは、きっと日々身を粉にして働く若者たちだったに違いない。

 もしも自分の心の中にイエスが生まれた馬小屋があるとしたら、それはどんな場所だろうか。

 そこは、「こっちこっち! 私のスイートルームはここよ!」と自信満々で人に紹介できるきらびやかなところとは真逆の場所かもしれない。ずるくて、嫉妬深くて、嘘つきで、情けない、そんな自分がいるところ。薄暗く、自分ですらあまり覗きに行きたくない(と書くと、お馬さんや馬に関わる仕事をしている方々に申し訳ない気持ちになるが)。そんな場所が、僕たちの心の中に確かにある(少なくとも僕の心の中にはあるよ、ありまくる。これを読んでいる皆さんはもう知ってるでしょ)。いくら掃いても拭いても、なかなかきれいになってくれない場所。何年も何年も大掃除を繰り返してもちっともきれいにならず、もう無理かもな、ここは諦めて蓋しとこうっていうようなところ。心の中の馬小屋とはそんな場所である。そしてなんと、イエスはそこにお生まれになった。わざわざそんな所にお生まれにならなくてもと思うが、きっとイエスはわざと馬小屋に生まれたに違いない。

 

 

 僕が思うにクリスマスとは、「あなたを受け入れ、全面的な味方になり、ともに歩む」という神からあなたへのプロポーズなのだ。イエスが馬小屋で生まれたのも、「私はあなたの心の中にある馬小屋を知っていますよ」という愛の表現なのだ。私たちの人間関係においても、相手のコンプレックスや人間くさい一面などを共有できたときに、はじめてその人のことが知れたと思ったり、かえって安心したりすることがあるだろう。それと一緒なのではないか。

 それに考えてみてほしい。「あなたが心の中を私(神)に相応しいように自力で綺麗にすることが出来たら、そのときは行ってあげるね」ってそんな神がいるだろうか。それってきっと神ではなく人だ。神は、弱さを持ったあなたごと愛してくれる存在なのだ。

 こうしてクリスマスについての文章を書いていると、母に手をひかれ、妹と共に夜のミサに通ったことが懐かしく思い出される。ミサが終わると教会の隣にある幼稚園のホールでパーティーがあり、大人も子どもも飲んだり食べたり歌ったり、とても楽しかった。あのころから祝い続けているクリスマスの、何がおめでたいのかと言ったら、「こんな私のところに神が来てくれた」と今年も感じられた、そのことに違いないだろう。それは今年の私が格別に優しいからでも、特別に清らかであったからでもない。むしろ、今年も誰かを傷つけたり、他者にも自分にもあまり優しくできなかったのに、それでもイエスさまは私のところに来てくれた。

 心の中に直接届いたこのメッセージは、決して消えることのないものだ。耳をすませば、いつも聞こえる。あなたにだって聞こえるその声に、今日は耳を傾けてみてください。

 

 

(第4回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年1月15日(水)掲載予定