どうも、神父です。 大西勇史

2020.2.12

07別れ話

 

 神父を目指すことに決めて、神学校への進学準備を進めていた僕だったが、進むべき道が見えて心はすっきり晴れやかだったかというと、そうではない。「やっぱりそうか。この社会には適応できないか」という気持ちもあった。神様の元でしか生きられない、そう考えると寂しくもなった。絶望と言うと大袈裟だけれど、この世界での僕の人生は一度終わりみたいなところがあったのだ。だが、「そうだ、神父になれば良いんだ」とつぶやいたあの晩、神様は僕に天国を見せてくださったのだと思う。そうして一瞬でも垣間見た天国(僕が進むべき道、僕の幸せ、司祭召命)を頭の片隅に追いやって、残りの長い人生を生きていくのは難しい。そんなことをすればきっと、未練たらしい男のまま生涯を終えることになるはずだ。そんなのは嫌である。だから僕はあの人にも別れを告げたんじゃないか。この道を選んだ際、じつは両親の他にも、僕はある人に話をしに行った。その人に、別れを告げなければならなかった。そう、当時お付き合いしていた女性である。

 

写真:幡野広志

 

 彼女は僕より4歳年上で、東京の大学を卒業して島根に戻って働いていた。地元で親のスネをかじりながら燻っている自分には、彼女はとてもまぶしく映った。東京に住んでいただけあって、音楽やファッションにも詳しかった。彼女に連れられてはじめてライブを見に行き、それまでの自分からしたらたっかい洋服を買うようになったのも彼女の影響だった。

 思い出はたくさんあるが、彼女の言葉で今も忘れられないものがある。

 惰性で通っていた専門学校の、二留が確定した日の夜のことである。よく二人で行っていたカフェでお茶をした帰り。彼女を車で送るため、彼女の実家近くのコンビニの駐車場に車を停めた。僕は二留が確定したことを告げ、三度目の一年生をやると懲りずに言った。彼女がかけた言葉は、「もうさ、好きなことやったらいいじゃん」だった。さすがに少し呆れていた。それまでは、留年しようが学校の文句を言っていようが、何も言わなかった彼女だが、このときは「もう、いい加減にしなよ」といった感じだった。

 しかし、僕は彼女の言葉の意味がはじめ理解できなかった。「えっ、好きなこと……?」と、親が敷いてくれたレールを何も考えずにぐうたら進むことにかけてはプロみたいな状態だった僕は、自己を根底から揺るがす大きな問いとそこではじめてご対面したのであった。

 僕からすれば、彼女は好きなことをして生きていく、その言葉を体現しているように思えた。その彼女に言われたのだから、かなりキツい。だって僕には好きなことが一つもなかったんだから。しかし、そこでうまい切り返しができるはずもなく、「そんなん急に言われても困る。そもそも、何が好きかもわからん」「とにかくもう一度だけやってみる」と苦し紛れに告げたのだった。彼女は、「そう言うなら、仕方ない」といった感じでそれ以上は何も言わなかった。

 その後の展開は以前書いた通りである。三度目の一年生も結局僕は途中で投げ出し、彼女を松江に置いて一人上京した。

 そこから、約一年。今度は「神父になる」と言いに帰ってくるのだから、本当に迷惑でわがままな彼氏だった。この時、僕が彼女に伝えたかったことはただ一つ。

 「たとえ、ここで彼女を傷つけたとしても、神父になりたいという本心を押し殺して、偽りの気持ちのままいっしょにいることは出来ない。そんな中途半端な時間に付き合わせてしまうと、後で余計に傷つけてしまう。それならここできちんと終わりにしよう」これも車の中で告げたのだった。面と向かって言いにくいときは、横並びでいたい癖があるのかもしれない。皆さんもそうだろうか。彼女からしてみたら、急に遠距離恋愛中の彼氏が帰って来て「話がある」なんて言われたら、嫌な予感しかしなかっただろう。じつは、その日具体的に彼女とどんなやりとりをしたのか詳しく覚えていない。夜に会って、空が明るくなるまでそこにいたことだけ覚えている。そして「もう行くね」と言って、彼女に車から下りてもらったことも。

 好きな相手には、自分を100%受け取って欲しいと思っていた。こう書くと随分、ロマンチストだったなと思うのだが、自分も相手のことを100%受け取りたい。そう思っていた。どんなときも、お互いにとってお互いが最も共感しあえる相手であるという関係性に憧れていた。彼女にもそれを求めていたところがあった。

 でも実際はなかなかそうもいかない。学校のことはクラスメイトと、仕事のことは同僚とのほうが話が盛り上がったり、一緒に作業をしやすかったりもするだろう。そんなことは、当時ですら百も承知だったのだが、自分と相手との関係性が一番であって欲しい。彼女にやってくる幸せは、できることなら全部自分を経由してもたらされて欲しい。そうでないなら、なんのための付き合いか。それ以外は本物じゃないのではないか、という気持ちがあった。

 なぜそんな極端なことを求めるようになったんだろうと、これは神学校に入ってから考えてみたことだが、一つのシンプルな答えに行き着いた。それは「神様はあなたのことをすべてご存知です」という教えに、子どもの頃から触れていたからに違いない。自分のすべてを知り、受け入れてくれる存在があるということを、良くも悪くも僕は刷り込まれていたのだと思う。裏を返せば、その存在さえ知らなければ、うまく社会とも折り合いをつけて、彼女との関係もうまく築いていけたのかもしれない。だが、すべてを包む存在というものを知っていたが故に、僕は知らずのうちに彼女のとの関係性にもどこかで物足りなさも感じたのだろう。そして、この関係性を他人に求める以上、自分は一生満足出来ないだろうと結論付けたのだ。

 

写真:幡野広志

 

 神父は生涯独身ですと言うと、寂しくないですかと聞かれることがよくある。もちろん正直に言えば、寂しいときもごくたまにあることはあるのだが、僕たち神父の独身性が重んじられるのは何よりもまず、「神と人のためにある」からである。心おきなく誰かのために、いつでも自分を使えるようにしておくために一人でいるのだ。

 せっかくの機会なので、久しぶりにルールブックである「カトリック新教会法典」を開いて確かめてみよう。それぞれの国にそれぞれの法律があるように、カトリック教会にも教会の法律があって、この本はそれをまとめたものだ。「第Ⅱ集 神の民 第277条(1)」に次のようにある。「聖職者は天の国のために完全かつ終生の貞潔を順守する義務を有する。したがって、神の特別の賜である独身を順守しなければならない。この賜によって、聖職者は心を分かつことなく、より容易にキリストに結ばれ、神と人への奉仕にいっそう自由に献身することができる。」

 久々に見ても、やっぱり、あんまりよくわからないけど大方の理解は間違っていないと思う。

 実のところ、結婚については神父を志した当時はしたことももちろんなかったわけだし、それを諦めることで失うことの大きさについても理解できていなかった。ただ、今神父になってみて思うのは、マネージしなければいけないものが「教会と家庭」の両方っていうのは大変そうだ。

 とびきり素敵なパートナーと、かわいい子どもがいる自分の姿を想像してみる。いやぁ、悪くないねとほくそ笑むけど、と同時に「一人になりたいなぁ」と言っている自分の姿も想像できてしまうのだ。この「一人になりたいなぁ」をもう少し詳しく説明してみると、「愛すべき家族を捨ててでも、一人きりになってとことん自分のやるべきことに没頭したい」ということなのである。そして、僕にとっての「やるべきこと」とは自分の居場所を作ってくれた、「そんなお前でもいてもいいよ」と声をかけてくれた神様の愛をみんなに配ることだ。「あなたにも、そう呼びかけてくれる存在がいるのですよ」と知ってもらうことだ。そして、これを本当に完遂しようと思ったら、やっぱり自分を100%使えるようにしておかなきゃいけない。そう感じる。でもそれだって、非常に理解のある、賢いパートナーなら問題ないんじゃないか……とか思わないこともないが、神父として生きていくならば、この生涯独身というのは理にかなっているなとも思える。

 皆さんが、家族と生活していてときどき煩わしいな、一人が気楽だなと思うのと、神父が独身で寂しいなと思うのは対極であるものの、どこか繋がっているかもしれない。

 独身者と既婚者。そりゃあ、お互いにそれぞれの立場だからこその悩みもあるだろうし、時には同じような困難に直面することもあるだろう。だけど、どちらがいいとかではなく、どちらも神様に祝福された道として極めていけたら、それでいいよね。楽しみながら、やれたらなお、最高だね。

 

(第7回・了)

 

本連載は隔週更新でお届けします。
次回:2020年2月26日(水)掲載予定