亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.9.2

11安田浩一・金井真紀『戦争とバスタオル』——おわりに

 


タイ、沖縄、韓国、寒川(神奈川)、大久野島(広島)――
あの戦争で「加害」と「被害」の交差点となった温泉や銭湯を
各地に訪ねた二人旅。



安田 浩一・金井 真紀

『戦争とバスタオル』

9月11日(土)発売!

税込 1870円

ジャングルのせせらぎ露天風呂にお寺の寸胴風呂、沖縄最後の銭湯にチムジルバンや無人島の大浴場……。
至福の時間が流れる癒しのむこう側には、しかし、かつて日本が遺した戦争の爪痕と多くの人が苦しんだ過酷な歴史が横たわっていた。

嗚呼、風呂をたずねて四千里――風呂から覗いた近現代史

 

 

 

おわりに——安田 浩一

 さあ、風呂に入ろう。
 急な用事を思い出したかのように、すべての思考も作業も投げうって、風呂場を求めてしまう瞬間がある。たとえば取材帰りの電車の中。夕闇に溶け込む住宅街をぼんやり眺めていると、疲れ切った自分の顔が車窓に重なる。残された時間を意識する。いくつかの不義理を思い出す。頭の中に砂時計が浮かぶ。勢いよく流れ落ちる砂が、私をひどく落ち込ませる。
 そして——私は風呂を探す。急いで帰宅して狭い浴室に籠もるのもいい。途中下車して銭湯に飛び込むのも悪くない。繁華街のサウナでも、郊外の健康ランドでもいい。浜に打ち上げられた魚がふたたび海の中をめざすように、私は口をぱくぱくさせながら湯に向かう。
 何かが変わるわけではない。背負い込んだ荷物が減るわけでもない。むしろさらなる停滞を招くことにもなりかねないが、それでも気の滅入るような日常から束の間、逃れることはできる。ずっと、そうしてきた。それが私にとっての風呂だ。
 金井さんはどうなのだろう。驚異的な社交力と観察力を併せもつ金井さんは、きっと、ひと風呂浴びるごとに世界を広げている。何かを獲得して、跳躍を重ねる。
 内向する者と、跳ねる者。そんなふたりで風呂旅をした。複眼で、風呂を取り巻く人と社会を見つめた。一緒に喜んで、ため息をついて、ときにこぶしを突き上げた。そんな私たちの心の揺れだけでも、本書を通じて伝わることを願っている。それは、排他の空気に満ち満ちた、いまの社会に対する私たちの小さな抵抗でもあるから。
 こんな前例のない「お風呂本」をおもしろがり、最後まで伴走してくれたのは亜紀書房の編集者、高尾豪さんだ。彼の的確なアドバイスがなければ、私たちは目的を失い、いまだ長風呂の最中だったかもしれない。溺れかけていた私たちを救ってくれた高尾さんに心から感謝したい。
 そして何よりも、私たちのぶしつけな取材に応じてくださったみなさまに、あらためてお礼を伝えたい。ありがとうございました。
 たぶん、旅はまだ終わらない。目にしたい風景、会いたい人、聞きたい言葉が山ほどある。たどり着けるのか、そもそも、私にまだ力は残っているのか。まあ、悩んでいても仕方ない。そんなときは——
 さあ、風呂に入ろう。

〈おわりに・完〉

 


安田 浩一・金井 真紀

『戦争とバスタオル』

9月11日(土)発売!

税込 1870円

嗚呼、風呂をたずねて四千里――風呂から覗いた近現代史

 

【もくじ】

はじめに
第1章 ジャングル風呂と旧泰緬鉄道…………タイ
第2章 日本最南端の「ユーフルヤー」…………沖縄
第3章 沐浴湯とアカスリ、ふたつの国を生きた人…………韓国
第4章 引揚者たちの銭湯と秘密の工場…………寒川
第5章 「うさぎの島」の毒ガス兵器…………大久野島
特別対談・旅の途中で
おわりに


試し読みはこれで終了です。
『戦争とバスタオル』をぜひお手に取ってご覧ください!