亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.10.19

28中村昇『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』——あとがき


「20世紀最大の哲学者」は
哲学の専門的な教育を受けたことがない〝素人〟だった!?

偉大な哲学者として名高い
ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン(1889 - 1951)
実は〝哲学を何も知らない〟私たちに最も近い哲学者でもあります。

そんなウィトゲンシュタインの思想をとびきり優しく解説!
哲学にチャレンジしたい人々に向けた、いまだかつてない《哲学入門書》
——この一冊から〈哲学の最初の一歩〉を踏み出そう!

 

 

あとがき


 私としては、本書は、高校の頃の自分に向けて書いたつもりだ。それでも内容は、まだまだ難しいかもしれない。何十年も哲学の世界にいると、何が難しいのか、何が普通で何がまともなのか、さっぱりわからなくなる。困ったものだ。
 その代わりと言ってはなんだが、自分の高校時代の話を、ちょっとだけしてみたい。私の高校(中高一貫校)は、どちらかと言うと理系の進学校だった。おまけに男子校なので、筆舌に尽くし難い息苦しさだった。しかも、一学年二七〇人くらいなのに、当時は一〇〇人くらい医学部に行っていた。
 私のような者は、とにかく居心地が悪く、追い詰められていった。まったく笑顔がなかった。中学高校の頃、笑ったという記憶は、本当にあまりない。
 だって、毎日学校に行くたびに大勢の医者に取り囲まれて、理由もわからずよってたかって診察されるようなものではないか。へらへら笑っている場合ではない。とんでもないカフカ的状況だ。高校に行くと、否
応なく患者になる。恐ろしい。
 たしかに今でも、どちらかと言えば、社会のなかで患者的な存在(?)であることはたしかだから、まぁ、あんまり変わらないか。
 中学のときに読んだヘッセの『車輪の下』は、自分のことだと切実に思った。このままでは押し潰される、と思ったのだ。我慢して高校生になると、ドストエフスキーの『白痴』の主人公ムイシュキンや、『カラマゾフの兄弟』のアリョーシャのような存在に憧れるようになった。なぜだかわからない。何か聖なるものに惹かれていたのだと思う。そっちの方に救いがあると思ったのだろうか。こうして私は、高校生活、そして生活そのものから明らかに逸脱し遊離していった。


 現在では、授業中、無理にでも笑いをとりにいって滑りつづけるという奇妙な生物になっている。とても不思議だ。高校の頃の自分からは、まったくかけ離れている。その頃は、笑いとは一切無縁だったのだから。とにかく高校時代はきつかった。
 今回、その頃の自分に向けて書いたつもりだ。うまくいったかどうかは、わからない。ただ最後に、高校生の自分にこう言ってあげたいと思う。


好きなことだけをやればいい。自分の居場所は、必ず見つかる。将来のことは、将来の自分が解決してくれる。いまは、一番興味のあることだけに目を向けて、それに、邁進すればいい。


 亜紀書房の内藤寛さんには、今回も、企画から具体的作業まで、何から何まで大変お世話になった。共同作業は、これで、もう三冊目だ。本当にありがたい。心から感謝しています。

二〇二一年六月
中村昇

———————————————————————————————————————

中村 昇(なかむら・のぼる)
1958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学文学部教授。小林秀雄に導かれて、高校のときにベルクソンにであう。大学・大学院時代は、ウィトゲンシュタイン、ホワイトヘッドに傾倒。
好きな作家は、ドストエフスキー、内田百閒など。趣味は、将棋(ただし最近は、もっぱら「観る将」)と落語(というより「志ん朝」)。
著書に、『いかにしてわたしは哲学にのめりこんだのか』(春秋社)、『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』(春風社)、『ホワイトヘッドの哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』(白水社)、『ベルクソン=時間と空間の哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)、『落語―哲学』(亜紀書房)、『西田幾多郎の哲学=絶対無の場所とは何か』(講談社選書メチエ)『続・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)など。

ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン
(Ludwig Josef Johann Wittgenstein, 1889 - 1951)
1889年、ウィーンの世界三大鉄鋼王の家に、末子として生まれる。最初は、物理学を目指すも、マンチェスター大学でプロペラの設計に携わり、やがて数学基礎論に関心が移る。ケンブリッジ大学のラッセルのもとで、記号論理学を学ぶ。
第一次世界大戦ではオーストリア軍に志願し、激戦地で戦い生き延びる。この間も書き続けた『論理哲学論考』を1922年に出版、哲学界に衝撃を与える。この本は、(ドイツ語の辞書を除けば)生前刊行された唯一の著作である。
40歳でケンブリッジ大学に戻り、『論理哲学論考』で博士号を取得。50歳で教授となり、58歳で職を辞す。1951年、前立腺がんのために死去。最期の言葉は「素晴らしい人生だったと、みんなに伝えてくれ」だった。
死の2年後の1953年、遺稿がまとめられ出版される。これが哲学史に名高い『哲学探究』である。

———————————————————————————————————————

《『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』試し読み》
はじめに
哲学というのは、独特の感覚が出発点です
私は世界だ



ウィトゲンシュタイン、最初の一歩

中村 昇 税込1650円

【目次】
■ はじめに
1.哲学というのは、独特の感覚が出発点です
2.私は世界だ
3.論理
4.物理法則など
5.倫理とは何か
6.絶対的なもの
7.絶対的なものと言葉
8.死
9.語りえないもの
10.言語ゲーム
11.家族のような類似
12.言葉の意味
13.私だけの言葉
14.文法による間違い
15.本物の持続
16.ライオンがしゃべる
17.魂に対する態度
18.意志
19.石になる
20.かぶと虫の箱
21.痛みとその振舞
22.確かなもの
23.疑うことと信じること
24.人類は月に行ったことがない
25.ふたつの「論理」
26.宗教とウィトゲンシュタイン
27.顔
28.噓をつくということ
29.デリダとウィトゲンシュタイン
30.ハイデガーのこと
31.フロイトの弟子
■ あとがき