「#検察庁法改正に抗議します」のTwitterデモ仕掛け人による、初の著作!
笛美
『ぜんぶ運命だったんかい——おじさん社会と女子の一生』
男性中心の広告業界でがむしゃらに働いてきた20代。
気が付けば、同世代の男性は結婚し、仕事でも飛躍している。
なのに自分は彼氏もできない。
焦って婚活したものの、高学歴・高所得・仕事での成功が壁となる。
容姿で判断されたり、会議で意見が通らなかったり、男性との賃金格差だったり、——なんだか辛くて生きにくい。
あるとき、その理由がわかった。
それは、女性がひとりで生きていくことが難しくなるように、男性に依存しなければいけないように、この社会が作られているからだった。
「…………ぜんぶ運命だったんかい」
ひとりの女性がフェミニズム、そして社会活動に目覚めるまでを涙と笑いで綴るエッセイ集。
《『ぜんぶ運命だったんかい』の一部内容を試し読み公開!》
ダサピンク現象
世の中の消費財の8割は、女性が購入決定権を握っているといいます。でも私の部署は男性クリエイターが大半です。数少ない女性である私は、「女の子案件」をよく担当させてもらいましたが、キラキラした「女の子案件」を形にするには、想像していなかった困難があったのです。
新人の頃、とある女性向け商品のパッケージデザインの仕事に参加したことがあります。クライアントは中年男性と若手女性というチームでした。
女性のデザイナーさんたち数人がとても素敵なパッケージ案を出してくれていました。
ターゲット世代としての意見を求められ、「そうですね、私はA案がいいと思います」と答えました。デザイナーの女性も「私たちもA案はイチオシです」と言っていました。
クライアントのプレゼンでも、女性社員さんがA案を見て「かわいい!」と言っていました。実際にお客様へのインタビュー調査でも、A案が好感度や目立ち度で上位に入っていました。
きっと素敵なパッケージができあがるぞ。期待に胸をふくらませました。
しかしインタビュー後の打ち合わせでクライアントの男性社員さんからお達しがありました。
「社内での検討の結果、F案でブラッシュアップをお願いします」
F案はたしかに商品の機能がわかりやすくはあるのですが、インタビューでの評価は高くない案でした。それにA案ベースで商品の機能を目立たせることもできるのです。いったい、何があったのでしょうか?
クライアントの女性社員さんは、じっと黙り込んで意見を言わなくなっていました。男性社員さんは続けました。
「F案は機能性は伝わるが魅力度が足りないので、もっとレースやラインストーンとかを入れて店頭で映えるデザインにしたいです」
たしかにレースやラインストーンが流行った時期もありますが、当時はもう下火になりかけていました。私とは違うタイプの女性がターゲットなのかもしれないし、売り場での目立ち具合だったり、他にも大切な視点はあるのかもしれません。それにクライアントがお金を払っているので、インタビュー結果やデザインをどのように使おうと自由なのです。でも、せっかく集めたお客様の声はどうなるのだろう?
その後、アートディレクターの先輩やデザイナーさんたちは連日の深夜残業をして、何度も出し戻しをして、レースやラインストーンを取り入れたパッケージが完成しました。
しばらくたったある日、ネットを徘徊(はいかい)していると、「ダサピンク現象」なるものが話題になっていると知りました。広告やプロダクトなどのデザインの現場で「女の子はピンクが好き」という男性上層部の思い込みから、当の女性に好まれないデザインができてしまう現象のことです。
私が遭遇したのはまさに「ダサピンク現象」ではないか!
もちろんピンクを好む女性はいるし、その好みを否定しているのではありません。でも「女の子はピンクが好き」という先入観にとらわれて、当事者の声に耳を傾けないのはどうなんだろう?
数年後、ドラッグストアを訪れてハッとしました。当時選ばれなかったA案に似たパッケージが競合他社の商品として店頭に並んでいるのです。A案のデザインは時代を先取りし過ぎていたのだろうか? それとも女性の好みが上層部のおじさんたちに届くまでには、数年もの時間を要するのだろうか?
「ダサピンク現象」はデザインだけではなく、コピーでも発生しました。とあるクライアントが「すごくとてもツヤめく」というコピーを広告に入れたいと言ってこられたのです。
「すごくとてもツヤめく」は日本語として不思議に聞こえるのではないか? と心配になりました。
社内の優秀な営業の人は、よくこんなことを言います。
「広告代理店はただの下請けではいけない。もしクライアントが間違っていたら指摘するのが本当のパートナーだ」
そんな営業さんを見習って、「すごくとてもツヤめく」の代案を何度も提案したのですが、すでに上申してしまったのか、その提案は聞き入れてもらえず、不思議な日本語のまま世の中に出てしまったのです。
エンドユーザーの女性たちは、あのコピーを見て変だと思わなかっただろうか? たとえ私が書いたコピーじゃないとはいえ、自分が関わった仕事が不思議なアウトプットになってしまったことは、痛恨の極みでした。クライアントも代理店も制作会社もみんなそれぞれの立場で一生懸命にやっている。なのにどうして、残念な結果になってしまうんだろう?
ちょっと難しいなと思ったのが自称「女心をわかっている」男性社員がチームにいるときです。たくさんの女を落としてきた実績と女心がわかっているという自負がある男性は女性の最新の流行も理解できているので、ダサピンク現象に陥ることもありません。「こういうメイクの女子はかわいい」といった男性目線でのディレクションもできてしまう。そうなると、チーム全体がなぜか当事者の女性よりも、「女心をわかっている」稀有(けう)な男性の方に耳を傾けてしまうのです。
企画が変わってしまうだけならまだいいのですが、お蔵入りしてしまったこともありました。クライアントは老舗(しにせ)企業で、最新テクノロジーを使った女性向け商品の広告を作ってほしいという依頼でした。そのクライアントの過去の広告では、比較的コンサバな女性像を描いてきました。いつも笑顔以外の表情を見せることなく、心にも生活にも余裕を感じさせる、おしとやかな聖母のような女性です。
現場の担当者さんは新商品の先進性を広告表現でも感じさせたいと思っておられました。
そこで過去のおしとやかな女性のイメージはそのままに、ストーリーやセリフで新しさを感じさせる提案をしました。その提案は社内各部署を無事に通り、上層部までOKが出ました。撮影も仮編集も終わって、あとは最終仕上げとオンエアを残すのみとなりました。
そのときです。担当者さんから連絡がありました。上層部からストップがかかったというのです。
「なにがあったんですかね? 企画書の段階では上層部もOKしていたのに」
クリエイティブ・ディレクターは言いました。
「役員のおじいちゃんたちにあの女性像は受け入れられなかったんだよ。企画書の段階では気にならなくても、実際に撮影されたものを見て、おかしいと思ったんだろう」
悔しくて仕方がありませんでした。でもすべてはお客様のお金でやったことなので、私たちは怒るポジションにはありません。
〈ダサピンク現象・完〉
《笛美『ぜんぶ運命だったんかい』試し読み》
▶「もっと上に、もっと下に」
▶「社内結婚格差」
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笛美
『ぜんぶ運命だったんかい——おじさん社会と女子の一生』
【もくじ】
■ おじさん社会と女子の青春
■ おじさん社会と婚活女子
■ おじさん社会の真実
■ おじさん社会からの脱落
■ おじさん社会への逆襲
■ 声を上げてみたくなったら
■ あとがき