亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2024.2.28

58「ぜんぶ運命だったんかい」その後

 

 

必死に働いても男性に差をつけられ、女子力をつけろと言われる。
こんなにも辛くて生きにくいのは「私のせい」?
——いや、そうじゃない。社会が男性に中心にできあがっているからだった。

「私の運命は、この社会の構造の上に敷かれたものだったんだ」


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ぜんぶ運命だったんかい——おじさん社会と女子の一生』が、このたび重版になりました! それを記念して、今回特別に著者の笛美さんからメッセージをお寄せいただきました。

初版が発売されたのは2021年。SNSには感想の声が寄せられ、大きな反響がありました。それから数年がたち、日本社会はさまざまな変化を遂げてきました。今回の〈特別寄稿〉では、笛美さんに本書を取りまく状況を振り返りながら、今後の活動について綴っていただいています。ぜひご覧ください。

 

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出版2年目にして重版が決まりました!

 

お元気ですか?
私は日本のどこかで生き延びています。
読者のみなさまのおかげで、重版が決まったそうです。この本を書いたとき、「バリキャリ」というワードだけでは言い表せない私たちのリアルについてちゃんと残しておきたいと思っていました。だけど書き終わった後は、自分が人に言えないような恥を書いてしまったと思い、落ち込みました。ところが多くの方が、この個人的な物語に共感の声を寄せてくださいました。

あれほどフェミニズムなんて訴えても無駄だと思った広告業界の中でも、私の本を読んでくれる人がいます。クライアントサイドにいる方々や、他業界にお勤めの方、そして日本だけでなく世界のさまざまな地域にお住まいの方、多様な属性の方々から感想をいただいています。

いちばん驚いたのが、私が生まれた町の小さな図書館にこの本が置かれていたことです。かなり保守的な地域なのに、この町に住む誰かが、他でもないこの本をリクエストしてくれた事実に心が震えました。

読者の方に教えてもらったのですが、高校の政治・経済の資料集に「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグが載っていたそうです。最近では安倍派の裏金問題で東京地検特捜部が動いたことで、「#検察庁法改正案に抗議します」のことを思い出してくださる方もいるみたいです。

 

 

新たな課題の発見

この本を書いた後に分かったことがあります。政治について声を上げるどころか関心が持たれてない問題、その程度は想像以上に深刻でした。

2022年78日に『ぜんぶ運命だったんかい』のラスボス的存在であった安倍晋三さんが暗殺されました。そのことをきっかけに、統一教会と政治との癒着、そして宗教右派が日本のジェンダー不平等の維持に及ぼしてきた影響が明らかになりました。そのような重大事実にもかかわらず、多くの人にはそこまでの衝撃を与えてないように感じています。パパ活するほど追い込まれていたり、育児しない旦那に悩んだり、日本女性の睡眠時間が世界一短かったとしても、自分の苦しみの原因に多くの女性のみなさんが気づいてない。旧Twitterだけやっていては、私が届けたい人に届かないと思い、メインのSNSInstagramTikTokに変えました。今では旧TwitterよりもInstagramの方がフォロワーが多いくらいです。

やっぱり「見える」と「気づく」は全然違うのだと感じます。どんなに大切なことであっても、どんなに視界に入っていたとしても、そこに自分の意思が乗らないことであれば、どんなに大きな声でも耳には入らない。私が一番恐れているのは、主権者教育も受けていない、どう課題解決していいのか分かっていない自分たちの世代が、おかしな政治家に好き放題させてしまって、戦争を始めてしまうのではないかということです。今デモとかにいる上の世代の方々が亡くなってしまった時、それは本当に現実になってしまうのではないかと思っています。

さらに私が危機感を抱いたのは、政治家もメディアも選挙管理委員会も、政治について耳が塞がってしまった人たちに向けたコミュニケーションがあまりできていないということでした。それどころか、広告やコミュニケーション活動というものはプロパガンダであり有権者を騙すことだというイメージを持っている政治関係者の方も少なくないようでした。そのようなマインドセットでは、有権者に自分たちの声が届かないという課題解決の入り口にも立てません。そこで、政治関係者やアクティビストのためのSNS動画講座を開いて、関心のない人に振り向いてもらうコミュニケーションのノウハウをご紹介する活動もはじめました。

そのように活動していく中で、だんだんいつもの広告の仕事がかわいく見えるようになりました。日本で関心のない人にフェミニズムや民主主義を売ることも、広告をプロパガンダだと思っている人に広告コミュニケーションの重要さを分かってもらうことも、とてつもない難題だからです。

 

 

活動疲れと今後について

私は元から社会運動をしていたわけでも政治に詳しかったわけでもなく、人生の大半を社畜&女の子マシーンとして過ごしてきました。それがいつの間にか、社会運動をする人として期待をかけてもらい、自分に見えてきた課題も壮大なものになっていました。まさかの活動疲れを起こしたのはそんな矢先のことです。本業が多忙なことも重なって、何かを発信したり、本を読んだりして知識を吸収することもできない状態になりました。「もっとあのトピックについて発信するべきではないか」とリクエストをもらっても、それに答えられずに苦しい日々を過ごしました。

でも世の中の多くの人は、私みたいな日々を送っているんじゃないでしょうか? 自分のことで精一杯で、難しいことを考える精神的、時間的な余裕もない。そう言う人たちは今までずっと政治からネグレクトされてきたし、政治をネグレクトし返してきた。その結果が今の日本なのだと思います。

フェミニズムに出会ってから、海外や国内のデモを見たりして、人はなぜ声を上げるのか考えることが増えました。社会問題についてコミットしても、お金がもうかったり、賞がもらえたり、自分の履歴書や会社の業績に名前を残すことはありません。だけどなぜ人は社会問題に声を上げるのかというと、この歴史の大きな流れの中に飛び込んで、その流れを自分の体や言葉で変えたいと思っているからのように見えます。歴史の流れの中に自分の存在を刻むというのは、本当にダイナミックでドラマチックなことです。その流れの中にずっと立ち続けられる人を私は尊敬します。でも疲れるんですよね。激流の中にずっと立ち続けるのは。日々のことで精一杯な気持ちが分かるからこそ、そういう人にも届くコミュニケーションを、やっぱり私は作っていきたいです。

次に重版できるとしたら、その時はどんなご報告ができるでしょうか? 元気になっても、元気にならなくてもいいから、自分にしたいことできることをもう一度考え直したいです。

 

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笛美 
ぜんぶ運命だったんかい
—— おじさん社会と女子の一生——
[ 税込1,760円 / 四六判・並製・304ページ]

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