亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.7.16

06笛美『ぜんぶ運命だったんかい』——もっと上に、もっと下に

 


「#検察庁法改正に抗議します」のTwitterデモ仕掛け人による、初の著作!


笛美
ぜんぶ運命だったんかい——おじさん社会と女子の一生』

税込 1540円


男性中心の広告業界でがむしゃらに働いてきた20代。
気が付けば、同世代の男性は結婚し、仕事でも飛躍している。
なのに自分は彼氏もできない。
焦って婚活したものの、高学歴・高所得・仕事での成功が壁となる。

容姿で判断されたり、会議で意見が通らなかったり、男性との賃金格差だったり、——なんだか辛くて生きにくい。

あるとき、その理由がわかった。
それは、女性がひとりで生きていくことが難しくなるように、男性に依存しなければいけないように、この社会が作られているからだった。

「…………ぜんぶ運命だったんかい」


ひとりの女性がフェミニズム、そして社会活動に目覚めるまでを涙と笑いで綴るエッセイ集。

 

《『ぜんぶ運命だったんかい』の一部内容を試し読み公開!》

「ダサピンク現象」
「社内結婚格差」

 


もっと上に、もっと下に


「高学歴・高年収・広告代理店のクリエイター」
 もし私のプロフィールが男だったら、きっと多くの女性にモテて、今ごろ美人の奥さんとかわいい子供と愛人がいたんじゃないかと思います。でも同じスペックでも性別が違えば、まったく別の運命になってしまうんです。


 広告業界の男性は同僚の私から見ても、異性として魅力があると思いました。コミュ力が高めで最低限の清潔感はあり、中にはとびきりのイケメンやお洒落(しゃれ)さんもいます(そうでない人もいますが)。キャビンアテンダントやモデルさん、美人の受付嬢さんや派遣社員さん、六本木のクラブで遊んでる女の子のような、女性としてブランドがある人たちを彼らは恋愛対象にしているようでした。
 合コンしてお持ち帰りした話、夜中呼び出せばすぐに来てくれたり、ヤラせてくれる女性の話、デリヘルで遊んだ地雷女の話、遊んだ女の人がストーカーみたいになった話…… 女子力が高そうな彼女たちに劣等感を感じながらも、彼女たちを男性社員たちと一緒になって笑うことで、ある種の優越感を感じていました。
 なぜ彼らはひとりの彼女じゃ満足できずに、たくさんの女の人と遊ぶのだろうかと、疑問に思ったことがあります。でも英雄色を好むと言いますし、女性の方から近寄ってくるのを断ることもできないのかな。彼らはとてもフレンドリーな性格で、私みたいな平凡な女にも関心を寄せてくれたときは、とてもうれしかったです。私とスペックは同じだけど、私には手が届かない上級な男性たちと、近い存在になれたような気がしました。


 入社して数年たっても、なかなか彼氏ができなかった私は、モテ本や恋愛記事を読んで、スキンシップや上目遣い、「さしすせそ」など、男性をドキドキさせるモテテクを学びました。ファッションやメイクも男性に受けるものを勉強していきました。


 社内で仕事ができて女性にもモテると評判の30代の先輩に、どうすればモテるのかを聞いてみました。
「笛美はスキがないのかもな」
「えー? スキってなんですか?」
「男がイケるかもと思えるスキだよ。例えばデートでは処女性のあるファーの服とか着るといいよ」
 処女性という言葉にドキッとしました。私は性体験がないことを恥ずかしいことだと思っていたけど、先輩は処女は演出する価値のあるものだと思っているようです。
「笛美はまず自分を好きになった方がいいよ。まず自分を好きにならないと、男性に自分を好きになってもらえるわけないさ」
 そうだ、自分を好きになろう。ありがたい先輩からのお言葉をしかと受け止めました。


「綺麗になった」「女っぽくなった」そう男性社員に言われるのはとてもうれしかったです。でも、彼らは女の人のもとの姿というより、ファッションやメイクやヘアスタイルといった加工の部分に反応しているのかな。まあそれでも男性に加工を褒められるのは悪い気はしませんでした。


 私は古着が好きだったのだけど、どうやらそれは男ウケが悪いということもわかってきました。久々に学生時代に好きだった下北の古着屋さんに行って、レトロなワンピースを試着したときのこと。「でもこういう服って男ウケ悪そう」とふとつぶやきました。
 店員のお兄さんは言いました。
「服装で判断するような男性なんて、相手にしなければいいんですよ」
 いま思えば彼はとても大切な気づきをくれようとしていました。でも当時は彼の価値観を受け入れることができませんでした。ただでさえ好きになってくれる男性が少ないのに、わざわざ古着で遠ざける理由はあるの? 私がモテなくなったらあなたは責任を取れるの? どうせ他の男と一緒で、内心では私をバカにしてるんでしょう?


 社内の男性には相手にされないことはわかっていましたが、社外の男性にまで引かれる女だということが、日を追うごとに明らかになっていきました。最も決定的だったのは学生時代の友達の結婚式に行ったときのことです。
 私はAIMERというドレス屋さんで買ったレモン色のドレスを着て、美容院でセットしたゆるふわなヘアスタイルでした。つまり何も知らなければ、美人じゃないけど普通の女の子には見えたはずです。新郎側の男性が、私とある男性を引き合わせようとしました。
「こいつはエリートなんですよ。優良物件ですよ」
 彼は私の業界のライバル会社に勤めていると言いました。
「笛美さんはどこにお勤めなんですか?」
 会社名を言うと、男の子たちは一気に白けました。私の会社の方が、彼の会社より規模が大きかったのです。その男性のことが好みだったわけではありません。むしろそんなことで引く男なんて願い下げだと思いました。でも……こんなにかわいいドレスを着てヘアセットして、ゆるふわに武装解除していても私の職業が足枷(あしかせ)になって相手にされないんだ。
 過去のお醬油(しょうゆ)屋さんの広告で、こんなコピーを見ました。
「あの人の家柄も学歴も、わたしのキンピラにはかなわない。」
 彼の心を家柄のいい高学歴な女性に奪われないよう、せっせとキンピラを作る庶民的な女性というストーリーが思い浮かびました。私は決して家柄がいいわけではありませんが、世間的に見たらキンピラを作る女に倒される側なのだろうと思いました。
 ドラマや小説でも、自立心のあるキャリアウーマンは最後には家庭的な女に負けるのが常です。でも、私はどちらかというとキンピラの女のつもりでいたのに、どうしてこの道に進んでしまったのだろうか? そんなつもりはどこにもなかったのに。
「お前がA社じゃなければ、一般のメーカーの男くらいにはモテたのにな。ハイスペの男にはモテなかったかもしれないけど、平凡な幸せを手に入れられたと思うよ」
 男性の同僚にこう言われたこともあります。バリバリ働く同僚たちのような男性には、私は女には見えていないのです。せっせとキンピラを作ってくれて、仕事をしていても残業はせず、ついでにモデルのような見た目の女性の方が彼らの相手にはふさわしいのでしょう。そうでなければ彼らは残業をしてトップを目指すような生き方を維持できないのですから。彼には決して悪気はなく、そして現状を正しく認識していると思いました。


 私よりスペックが上の男は私を選ばない。でもスペックが下の男も私を選ばない。だったら自分の高すぎるスペックを、とびきりの女子力で取り戻さなければいけない。キャリアかキンピラか、ではない。どちらも兼ね備えた女になるのだ。
 仕事ではもっと上に、もっと強く、もっと面白く奇抜に。
 婚活ではもっと下に、もっと弱く、もっと愛想よくバカに。


〈もっと上に、もっと下に・完〉

《笛美『ぜんぶ運命だったんかい』試し読み》
「ダサピンク現象」
「社内結婚格差」

 


「#検察庁法改正に抗議します」のTwitterデモ仕掛け人による、初の著作!


笛美
ぜんぶ運命だったんかい——おじさん社会と女子の一生』

税込 1540円

【もくじ】

■ おじさん社会と女子の青春
■ おじさん社会と婚活女子
■ おじさん社会の真実
■ おじさん社会からの脱落  
■ おじさん社会への逆襲
■ 声を上げてみたくなったら
■ あとがき