亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2024.1.29

57もし市川房枝が生きていたら——政治とカネ問題について


 

 昨年末から世間を騒がせている自民党の裏金問題。真相が究明されぬまま会計責任者のみが起訴され、派閥の「組織的裏金づくり」は、闇に葬られようとしています。
 
 繰り返される「政治とカネ」の問題——。その歴史において、政治資金の透明性を高め、情報開示の重要性をはじめて声高に唱えたのは、実は市川房枝(1893年~1981年)だといわれています。市川房枝は、戦前には平塚らいてうと共に「女性参政権」を求めて活動し、戦後には無所属の参議院議員として活躍。1980年の選挙では278万票を獲得して全国一位で当選するなど、当時圧倒的な人気を誇りました。
 市川房枝の人気の理由——それは政治資金のクリーンな運用を訴えた点にあります。市川房枝はこう話します。


 今回、『市川房枝、そこから続く「長い列」』の著者・野村浩子さんに、特別にご寄稿いただきました(2024年1月21日)。市川房枝の歩みには、私たちが参考にすべきことが多くあると、野村さんは言います。本稿が、市川房枝から現代日本を生きるヒントを得る機会になればと思います。


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もし市川房枝が生きていたら
——— 政治とカネ問題について ———


 自民党の「派閥解消」の記者会見を見て、呆れた。派閥パーティー券の裏金問題を受けて、岸田派に続いて、安倍派、二階派が派閥解消を宣言。会見に臨んだ派閥領袖の言葉を聞いて、どこまで国民の感覚とずれているのだろうと、ため息が出た。

「(派閥解消後を聞かれ)人は自然に集まってくるもの、良識の範囲内でやる。派閥が悪いわけではない」
(二階派の二階俊博会長)

「おカネのこと、選挙のこと、大事なことは会長が決めてきたと思う」
(安倍派の座長・塩谷立元文部科学相)


 さかのぼると1989年、リクルート事件を受けて、自民党は派閥の解消への「決意」を表明した。その後、野党に転落した翌94年にも派閥が解消されたが、半年後には全派閥が「政策集団」として活動を再開した。今回もまた派閥解消といいながら、「自然に集まれば」再結集すると宣言しているようなものだ。
 塩谷氏の発言は「死人に口なし」。すべて安倍元総理の判断で、自身は知らないという。不起訴となった、安倍派の幹部7人も同様だ。

「政治とカネ」の問題が持ち上がる度に、市川房枝の顔が思い浮かぶ。戦前、女性参政権の獲得に向けて運動を起こし、戦後26年にわたり参議院の無所属議員として「政治とカネ」の問題を訴え続けた。「私は憤慨しとるんですよ」が口癖だった。議員仲間は密かに、市川を「憤慨ばあさん」と呼んでいたとか。
 いま手元に、市川房枝が「朝日ジャーナル」1961年5月号に寄稿した10ページの記事がある。タイトルは「総選挙と金——11月総選挙にみる資金の流れ」。各政党の首脳ら、池田勇人、佐藤栄作、三木武夫らの選挙収支、各政党・政治団体の選挙費用、さらには企業や団体からの大型寄付金などを明らかにしたものだ。
 当時は、インターネットでの検索はおろか、コピー機も普及していなかった。各都道府県の選挙管理事務所にアルバイトスタッフが訪ね、手書きで書き写したものを、市川の指示のもと整理分析したものだ。この記事が出された13年後、立花隆が『文藝春秋』に「田中角栄研究」を著し田中角栄を辞任に追い込んだが、「公開情報」をもとに政治資金の深層に切り込んでいくものとしては、市川の調査が日本初といわれている。

 このとき、市川は実態を知って嘆息した。ひとつは選挙費用について。当選するには2000万円、3000万円必要とされているのに、法定選挙費用の届け出では、平均581652円で法定の7割にとどまる。「法の規定をみると相当厳しいのであるが、抜け穴が随所にあり、しかも励行されていない」と、市川は怒りをもって指摘した。

 同記事では、政治資金のルートも明らかにした。財界や労働組合から、各政党また政治団体へ、そして各党候補者へとカネが流れる。政党への選挙寄付金が多い企業をランキングし、どの政党、派閥にいくら流れているかも一覧にした。もっとも寄付金が多い八幡製鉄(当時)は、宏池会(現岸田派)500万円をはじめ計5020万円と、34社を並べた表は圧巻である。「自民党が財界に頭が上がらない理由、自民党の派閥が繁盛している理由、社会党が総評に左右される理由はここにある」と市川は指弾した。

 市川はまた、ロッキード事件やダグラス・グラマン事件などに関与した田中角栄や松野頼三らが衆院選に出馬するのはおかしいとして「ストップ・ザ・汚職議員」のキャンペーンを張り、汚職議員の選挙区に乗り込んで演説やビラ配りをした。「お命いただきます」と脅迫電話がかかってきてもひるまなかった。その翌々年の1981年没。

 その後、政治資金規正法の改正は重ねられたが、いまだ「抜け穴」だらけだということが、パーティー券問題で明らかになった。いま我々は何をすべきか。60年以上も前の市川房枝の記事に、端的に答えが出ている。まずは、政治資金の「収支の透明化」をはかること。安倍派は政治資金規正法の「穴」をかいくぐり、派閥パーティーにより5年間で10億円という巨額な「裏金」を生み出した。こうしたパーティーを禁止すべきだろう。パーティー収入以外にも、ブラックボックス化している「政策活動費」も、当然使徒を明らかにする。今ならデジタル化してインターネット上で検索できるようにするのは当然だろう。
 今回のパーティー券問題では、派閥の幹部の刑事責任は問われず、会計責任者が起訴された。「トカゲのしっぽ切り」をなくすためには、議員本人の責任を問う「連座制」の導入も検討課題だ。

 こうした収支の透明性、そして組織に求められるガバナンスは、企業にとっては当たり前のこと。企業にガバナンス改革を強く求めてきたのは、安倍元総理だったことは皮肉である。経済界のカバナンス改革が進んだ一方で、政治分野では大きく後れをとった。
 改革の第一歩が、政治資金規正法の改正になるだろう。今後、より厳しく資金を規正する法改正が議員立法によりどこまでできるのか。派閥の解消はほんの一歩に過ぎない。「憤慨ばあさん」の気概を受け継ぎ、改革を厳しくウオッチしていきたいものだ。

 

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 野村 浩子 
市川房江、そこから続く「長い列」
—— 参政権からジェンダー平等まで——
[ 税込2,200円 / 四六判・並製・328ページ]

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