亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2022.6.2

39尹雄大『つながり過ぎないでいい』——非定型に発達しているだけ

 


『さよなら、男社会』(亜紀書房)、
『親指が行方不明』(晶文社)などで知られる尹雄大(ゆん・うんで)さんの新刊
『つながり過ぎないでいい――非定型発達の生存戦略』
が5月25日(水)に発売になりました。


全3回にわたって本書の一部内容を試し読み公開します。

 

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尹雄大
『つながり過ぎないでいい——非定型発達の生存戦略』



1章
それぞれのタイムラインを生きるしかない——定型発達という呪縛


非定型に発達しているだけ

 

 感覚や感情がいまいちわかっていなかったにもかかわらず、インタビューを仕事にしている。AD時代の日々を考えると、その姿を想像するのは難しいかもしれない。そうなるまでの経緯や起きた騒動については後述するとして、いまの僕は日頃から人の話を聞く機会が多い。
 いろんな背景を持つ人の話を聞く体験を経て知ったのは、「人とうまくしゃべれてしまっていることがそもそも奇妙なのではないか」という疑いを多くの人は持っていないということだった。「話せるはずなのに、そうはできていないのはなぜなのか?」という問いの立て方をしている。しかも「しゃべれてしまっている」が「相手のことがわかるはずなのに」という期待と対になっている。これは本当に不思議に感じる。僕にとっては「しゃべれてしまっている」という状態こそがいまなお謎だからだ。
 一般的には「人というのは、なんとなく話せるようになるし、なんとなく話す中でなんとなく相手のことがわかるものだ」という理解がされている。それも一応わかる。だから「なんとなくできるようになる」といった成長曲線を描くパターンを「定型発達」と呼ぶのもうなずける。
 ただし、その肝心の「なんとなく」がわからないし、僕みたいに「この歳になればこれができる」といったマイルストーンを達成できない人がいるのも確かだ。「一般的に人間とはそういうものだ」の視点から見ると、定型発達できない側を「定型発達障害」と呼んで差し支えないと考えるかもしれない。でも、それは〈非「定型発達」〉な状態なのだと声を大にして言いたい。
 この世界を生きる上でのマニュアルは、定型発達者に向けたものがほとんどで、非「定型発達」はあまり考慮されていない。あったとしても「非『定型発達』も個性である」とか「他人と比較しないでいい」とか「成長は人それぞれ。遅くてもいい」といった内容が目に付く。いわば「できなくていい」というメッセージが基調だ。
 これまで「できることが良い」という評価基準が幅を利かせていたので、そのカウンターとしては悪くないとは思う。けれど、僕が知りたいのはそういうことではなかった。
 この世界に生まれ落ちて生きている。定型人と非定型人を問わずそれは変わらない。この世界を存分に味わう上で何を見ることが「見る」に値するのか。定型発達モデルと比べて「できる・できない」ではなく、この世界を堪能するためにできることはなんなのか。



定型発達人の選択の幅は狭い

 結局のところ、定型だろうが非定型だろうができることはできるし、できないことはできない。その観点から考えれば、互いが交差したときに起きた出来事を「障害があるからうまくできないんだな」で片付けるのはあまりに一方的な評価だ。それぞれが見ている現実が違う。異なる時間と空間にいることがもたらした隔たりだと捉えた方がいいのではないか。
 AD時代に上司が僕に仕事を依頼する際、「これやっといて」と言ったのだが、そこには「このように理解してほしい。理解されるはずだ」といった、わざわざ言うまでもない思いがあった。いまならわかる。だけど、それを僕は受け損ねていた。相手にとってはストレートに言ったつもりでも、僕にすればカーブがかかって見えたりした。
 いまここにおいて共有されているはずのコミュニケーションの前提が全く違っていて、それが誤解を生んでいる。どういうわけか、定型発達者からすれば、その隔たりは「能力の欠如」に由来すると見えてしまうみたいだ。成長すべき段階が遅れていると思うせいか、時間の遅延を埋めるために上達を促そうとする。すると案の定と言っていいほど力の支配を招く。自分はできるのに、同じように他人ができないことに苛立つ。無理にできるようにさせようとする。互いにとって不幸な関係性になってしまって、そのこじれを悲劇的に描くこともできる。
 けれども、そうして起きるドラマを感情を込めずに描写すればこうなる。非定型発達人から見ると定型発達人の選択の幅はかなり狭い。「こういう時には当然こうすべきでしょう」とか「空気を読めばわかるはずだろう」というのは、三六〇度のうちの一、二度くらいしか正解がありえないと言っているのと同じに見える。
 こちらからはとても偏執的な態度に見える。そんなことを期待しても得られるのは落胆しかないのではないかと思うけれど、期待と落胆の隔たりがあるほど、うまくいって成功したときの喜びも大きいのかもしれない。そして三六〇度のうちの一、二度を知って応じることが感情の機微を察することになりもするのだろう。



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『つながり過ぎないでいい』試し読み

はじめに
定型に発達するとは何か?


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つながり過ぎないでいい

非定型発達の生存戦略

■尹 雄大(ゆん・うんで)/著
■税込 1,760円
■四六判・並製、216ページ
■ISBN:978-4-7505-1726-1 C0095

 

 

【目次】
■はじめに
■1章 それぞれのタイムラインを生きるしかない——定型発達という呪縛
■2章 胚胎期間という冗長な生き延び方
■3章 社会なしに生きられないが、社会だけでは生きるに値しない
■4章 自律と自立を手にするための学習
■5章 絶望を冗長化させる
■あとがき