亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2022.5.6

36鳥羽和久さん「村井理子『家族』」書評

 

おやときどきこども(ナナロク社)『親子の手帖 増補版』(鳥影社)などで知られる鳥羽和久さんが村井理子『家族』の書評をお寄せくださいました。

 

 

人間というのは、どんなに取り繕ったところで本来的に身勝手な存在だ。だから、自分に余裕がなくなると、とたんに他人への当たりがきつくなる。家族だったらなおさらだ。愛と依存をうまく切り分けることなんてできないので、相手への愛がそのまま依存になり、それがときに相手の存在を踏み倒してしまうほどの重荷になる。


——母のことは、未だによく理解することができない。
——結局、母が生きている間に私があの表情の意味を理解できたことはなかった。


この本の語り手は、死んでもなお「わからない」存在である母親について戸惑いながら語る。どれだけ話しても、彼女の考え方が、特徴的な表情の意味が、最後の最後まで理解できなかったと。

子どもにとって親というのは、最も身近でありながら、永遠に「わからない」存在なのかもしれない。子どものころの私たちは、歴史の地層を持たないので、大人の立面を把握できなかった。親が自分を愛すると同時に、それと矛盾する複雑な地平を持つ存在であることをうまく受け取ることができなかったのだ。でも、子ども自身にとっては大人の複雑さなんて関係ない。どんなに目に映る親が平板であっても、その存在を丸ごと愛しているんだから。

大人になった私たちはようやく、親がひとりの人間として複雑な個別の生を生きていることを知る。でも、そのときにはすでに、私たちは親の影響を一身に浴びすぎているのだ。あの身勝手な言葉と態度が、現在の自分を規定していることがいまになってようやくわかる。でも、こうなってしまった私をやり直すことなんてできない。親の優しさと怒りの全てをまっすぐ受け取る必要なんてなかったのに、なぜ私は自分自身を無理矢理に変えてまで、親に褒められようとしたのだろうか。

作中で描かれるのは、でこぼこな陰影を持つ4人の家族。私を誰よりも可愛がる一方で、兄や母に冷淡だった父。兄を徹底的に甘やかしながら、父が死んでまもなく恋人をつくり、得体のしれない女性と家族ごっこ?をする母。何でも真っ直ぐにしか受け取ることができず、母の死後に自らも死に引きずり込まれた兄。そして、そんな家族の中で、たったひとり生き残った私。

なぜ家族はバラバラになってしまったのか。説明しようと思えばできないことはない。父は何事にも細かすぎるし、酒を飲み過ぎるような人としての弱さがあった。母は父に対して徹底的に無力で、他人と共依存関係になりやすい人だった。そして兄は、常にエネルギーを持て余した多動の(いまで言う)発達障害だった。さらに妹である私は、先天性の心疾患を患っていて、極端に体が弱かった。時代にも環境にも決して恵まれていなかった。それぞれが身勝手に生きるには、あまりに問題が多すぎたのだ、と。

しかし、この本を読み進めるにしたがってむしろ確信が深まるのは、どんなに巧みな説明も何かが致命的に欠けているという事実だ。あんなに愛情が深かった、優しすぎるほど優しかった人たちがバラバラになってしまった。その理由を説明し尽くすことなんて到底できないということを、この本は徹底的に書いている。

そこで読者に突き付けられるのは、偶然的な過去を自己の歴史として背負わねばならぬ私たちの宿命である。そして、一度過ぎた時間は決して取り返すことができないという不可逆性の深淵である。さらに、私たちは家族であっても一人ひとりが別々の人間であり、(ちょうどタータンチェックの柄のように)交差することはあっても決して混じり合わないという孤独な道行である。しかも、そんな無慈悲ともいえる辛さを、特別な人たちだけでなく、私たちの誰しもが味わいながら生きていくしかないという厳然たる事実である。

このことに気づいたとき、私は地の底を這うような痛みとともに、心の奥から泉のように湧き出てくる、相手を求めて止まない感情に気づいて戸惑ってしまう。どうしようもなく揺さぶられてしまう。それは愛情という言葉では収まりきれないほどの、私の中の過剰な何かだ。そういえば、作中の死んだ兄は、まさにその過剰さの中で一生を生き抜いた人だった。

私たちは日々の生活の中でささやかな穏やかさを手に入れることで、自らの過剰さに歯止めをかけながら、それでも過剰さを否定し尽くすことなく生きていくしかない。折り合いがつけばそれが一番だが、つかなくてもそれはそれで仕方がない。

 
鳥羽和久(教育者・作家)

 

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『家族』

  • 村井理子/著
  • 税込1,540円
  • 四六判・並製、192頁
  • ISBN:978-4-7505-1722-3 C0095
  • 電子書籍も好評発売中

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