亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.8.30

08安田浩一・金井真紀『戦争とバスタオル』——はじめに

 


タイ、沖縄、韓国、寒川(神奈川)、大久野島(広島)――
あの戦争で「加害」と「被害」の交差点となった温泉や銭湯を
各地に訪ねた二人旅。



安田浩一・金井真紀

『戦争とバスタオル』

税込 1870円

ジャングルのせせらぎ露天風呂にお寺の寸胴風呂、沖縄最後の銭湯にチムジルバンや無人島の大浴場……。
至福の時間が流れる癒しのむこう側には、しかし、かつて日本が遺した戦争の爪痕と多くの人が苦しんだ過酷な歴史が横たわっていた。

嗚呼、風呂をたずねて四千里――風呂から覗いた近現代史

 

 


はじめに——金井真紀

 銭湯で会う人は、みんないい顔をしている。男湯はどうだか知らないが、女湯は脱衣所からして賑やかだ。おばちゃんたちがおっぱいを出したまま笑い話に興じている風景に出くわすと、湯に浸かる前から全身がほぐれる。
 湯船にもいろいろおもしろい話が落ちている。人は裸になると心も無防備になるのだろう。お見合いの顚末、梅酒の漬け方、おばけを見た話……なんでもしゃべる。数年前に電気風呂で会ったおばあさんも忘れがたい。彼女のお兄さんは出征兵士だった。
「軍隊ってね、ひとりがミスをすると全員で罰を受けるんだって。うちの兄たちは並んで手をつないだところに電気を流されたって。それがすごく痛いらしいの」
 電気風呂に入りながら、電気拷問の話を聞く。妙な気分だった。
 安田浩一さんと「銭湯友だち」になったのは、数年前のこと。ときどき待ち合わせて銭湯に行き、湯上がりにビールを飲む。つねに反差別の現場を奔走している安田さんと飲めば、どうしてもそういう話題になる。
 世の中には差別を助長する本、歴史を捻じ曲げる本があふれている。しかも売れている。悔しい。ふざけるな。そんなことを言い合って、2杯目は緑茶ハイ。
「ヘイト本なんかより、金井さんの本のほうがよっぽどおもしろいのに」
「安田さんが取材しまくって書いた本より、適当に情報を切り貼りした本が売れるって、おかしいですよ」
 などと互いに慰めるが、なんだか本が売れない者のひがみっぽくもある。緑茶ハイのグラスについた水滴を指で撫でていると、胸の奥から叱咤の声が聞こえてきた。
——おもしろくて売れる本をつくって、対抗すればいいじゃん。
 そうだ。歴史修正主義を蹴っとばすおもしろい本をつくればいいんだ。ひがんでる場合じゃないぜ。金井カマキリは斧を持ち上げる。安田さんはほほえんで言った。
「一緒につくりましょうか」
 わたしたちはお風呂が好きだから、いろんなお風呂に入る本はどうだろう。湯けむりの先にある歴史の真実を紐解く。最高に気持ちよくて、まじめな本をめざすのだ。首を洗って待っていろ、歴史修正主義! こうして金井カマキリと安田さんは斧の先にバスタオルを引っかけて旅に出たのであった。

〈はじめに・完〉

《『戦争とバスタオル』試し読み》

日本最南端の「ユーフルヤー」1
日本最南端の「ユーフルヤー」2

おわりに

 


安田浩一・金井真紀

『戦争とバスタオル』

税込 1870円

嗚呼、風呂をたずねて四千里――風呂から覗いた近現代史

 

【もくじ】

はじめに
第1章 ジャングル風呂と旧泰緬鉄道…………タイ
第2章 日本最南端の「ユーフルヤー」…………沖縄
第3章 沐浴湯とアカスリ、ふたつの国を生きた人…………韓国
第4章 引揚者たちの銭湯と秘密の工場…………寒川
第5章 「うさぎの島」の毒ガス兵器…………大久野島
特別対談・旅の途中で
おわりに

 

次回の試し読みは「日本最南端の「ユーフルヤー」1」
9月2日(木)公開予定です。