亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.10.16

25中村昇『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』——はじめに


「20世紀最大の哲学者」は
哲学の専門的な教育を受けたことがない〝素人〟だった!?


偉大な哲学者として名高い
ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン(1889 - 1951)
実は〝哲学を何も知らない〟私たちに最も近い哲学者でもあります。

そんなウィトゲンシュタインの思想をとびきり優しく解説!
哲学にチャレンジしたい人々に向けた、いまだかつてない《哲学入門書》
——この一冊から〈哲学の最初の一歩〉を踏み出そう!

 

 

はじめに


 中学・高校のときは、親元を離れて鹿児島で一人、下宿暮らしをしていました。四畳半や六畳の部屋での孤独な生活です。だから、夏休みや冬休みになると、すぐに両親の住む佐世保市に帰っていました。そのためには、列車に長い時間乗らなければなりません。西鹿児島駅(いまは、鹿児島中央駅)を、たしか夜の一一時四五分に発車する急行『かいもん』に乗って暗闇のなか九州を北上し、朝方、鳥栖駅で乗り換えます。鳥栖のホームにある蕎麦屋で美味しい蕎麦を食べ腹ごしらえをして佐世保駅まで帰るのです。十時間近くの長旅だったと思います。まだ若かったから、列車のなかでは、だいたい寝ないで本を読んでいました。
 高校の頃だったと思います。その時、たまたま三浦つとむの『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)という本を読んでいました。同じ列車で帰省していた長崎市出身の同級生が、じっとこっちを見て、「昇、それわかるの?」とちょっと意地悪な質問をしてきました。本当のところは、よくわからなかったのですが、「うん、まあね……」と曖昧に答えました。よくわからないのに、ずっと読んでいるのがばれるのが、恥ずかしかったからです。若い時にはよくある出来事だと思います。
 でも、その本を改めていま読んでみると、それほど難しい本ではありません。どちらかと言うと、とてもわかりやすい。三浦つとむという人は、難しい哲学や言語学の話を、実にわかりやすく語る人ですから、なおさらそう思います。
 他にも似たような経験がありました。中学の時は、小林秀雄に夢中でした。小林の作品は、ほとんど読みつくしたくらいです。でも、いま振り返ると、ちゃんと理解していたかどうか怪しいものです。というのも、彼が書いた『モオツァルト』を中二の時に読んで、よくわからなかったという記憶が鮮明にあるからです。その文体に乗せられて一気に読了はしましたが、難解だったという印象しか残っていません。でも、
後になって『モオツァルト』を再読すると、ものすごくわかりやすい本なので心底驚きました。なぜ、この本を理解できなかったのか、とても不思議でした。
 こうした自分自身の経験を振り返ってみると、中学や高校の時は、どんなに背伸びしても、やはり、本格的な評論や哲学の本は、かなり難しいのだということがわかります。どれほど頑張って理解しようとしても、年齢や知識の壁があるのではないでしょうか。その「壁」の正体は、よくわかりませんが、結局のところ、多くの中高生は、哲学や思想の本を、最後まで読めずに挫折してしまうことが多いのではないかと
思います。
 この本は、そういった人たち、つまり、難解な本に挑み続けて、どうしても読破できない。あるいは、ぼんやりとしか理解できない人たちに対して、少しでもお役に立てればと思って書きました。
 ようするに、中学や高校時代の自分自身に向けて、わかりやすく哲学を語りたいというわけです。何と言っても、この時期こそ、人生に一番悩み、この世界の難問に正面からぶつかって苦しむ時だからです。四畳半や六畳の部屋で、私も一人悶々と悩んでいたので、とてもよくわかります。そういう苦悩につきあい解決する際の手がかりにしてほしいと思っているのです。さらに、かつてそうした経験をして大人になった方々にも、楽しんでもらえればと思っています。
 この本では、ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン(一八八九-一九五一)という哲学者の言葉をみなさんと一緒に味わっていきたいと思います。というのも、この哲学者は、余計な専門用語は使わず、本物の哲学の問いに素手で立ち向かったからです。実は、彼自身、西洋哲学の世界については素人でした。もともと数学や論理学を勉強していた人で、哲学の専門的な教育は、まったく受けていません。この人は、哲学の知識や素養とは無縁なのです。
 だから、予備知識なしで哲学を本気で理解しようとする人たちにとって、最も近い位置にいると言えるでしょう。つまり、中学生や高校生と同じ地点に立っている哲学者だと言っても過言ではありません。そういう意味でも、知識によってごまかしたりはしない、この上なく真摯な哲学者なのです。

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中村 昇(なかむら・のぼる)
1958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学文学部教授。小林秀雄に導かれて、高校のときにベルクソンにであう。大学・大学院時代は、ウィトゲンシュタイン、ホワイトヘッドに傾倒。
好きな作家は、ドストエフスキー、内田百閒など。趣味は、将棋(ただし最近は、もっぱら「観る将」)と落語(というより「志ん朝」)。
著書に、『いかにしてわたしは哲学にのめりこんだのか』(春秋社)、『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』(春風社)、『ホワイトヘッドの哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』(白水社)、『ベルクソン=時間と空間の哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)、『落語―哲学』(亜紀書房)、『西田幾多郎の哲学=絶対無の場所とは何か』(講談社選書メチエ)『続・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)など。

ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン
(Ludwig Josef Johann Wittgenstein, 1889 - 1951)
1889年、ウィーンの世界三大鉄鋼王の家に、末子として生まれる。最初は、物理学を目指すも、マンチェスター大学でプロペラの設計に携わり、やがて数学基礎論に関心が移る。ケンブリッジ大学のラッセルのもとで、記号論理学を学ぶ。
第一次世界大戦ではオーストリア軍に志願し、激戦地で戦い生き延びる。この間も書き続けた『論理哲学論考』を1922年に出版、哲学界に衝撃を与える。この本は、(ドイツ語の辞書を除けば)生前刊行された唯一の著作である。
40歳でケンブリッジ大学に戻り、『論理哲学論考』で博士号を取得。50歳で教授となり、58歳で職を辞す。1951年、前立腺がんのために死去。最期の言葉は「素晴らしい人生だったと、みんなに伝えてくれ」だった。
死の2年後の1953年、遺稿がまとめられ出版される。これが哲学史に名高い『哲学探究』である。

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《『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』試し読み》
▶︎哲学というのは、独特の感覚が出発点です
私は世界だ
あとがき



ウィトゲンシュタイン、最初の一歩

中村 昇 税込1650円

【目次】
■ はじめに
1.哲学というのは、独特の感覚が出発点です
2.私は世界だ
3.論理
4.物理法則など
5.倫理とは何か
6.絶対的なもの
7.絶対的なものと言葉
8.死
9.語りえないもの
10.言語ゲーム
11.家族のような類似
12.言葉の意味
13.私だけの言葉
14.文法による間違い
15.本物の持続
16.ライオンがしゃべる
17.魂に対する態度
18.意志
19.石になる
20.かぶと虫の箱
21.痛みとその振舞
22.確かなもの
23.疑うことと信じること
24.人類は月に行ったことがない
25.ふたつの「論理」
26.宗教とウィトゲンシュタイン
27.顔
28.噓をつくということ
29.デリダとウィトゲンシュタイン
30.ハイデガーのこと
31.フロイトの弟子
■ あとがき