亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2021.10.17

26中村昇『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』——哲学というのは、独特の感覚が出発点です


「20世紀最大の哲学者」は
哲学の専門的な教育を受けたことがない〝素人〟だった!?

偉大な哲学者として名高い
ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン(1889 - 1951)
実は〝哲学を何も知らない〟私たちに最も近い哲学者でもあります。

そんなウィトゲンシュタインの思想をとびきり優しく解説!
哲学にチャレンジしたい人々に向けた、いまだかつてない《哲学入門書》
——この一冊から〈哲学の最初の一歩〉を踏み出そう!

 

 

哲学というのは、独特の感覚が出発点です


 ウィトゲンシュタインは、若い頃に書いた『論理哲学論考』という本のなかで、「世界がどうであるかということが、神秘なのではない。世界があるということが、神秘なのだ」(6・44番の文です。この本は、全部こういう番号のついた文によってできています)と言っています。私は、この感覚が、哲学者になれるかどうかの分かれ目だと思っています。
 たしかに、生きていれば、いろいろな不思議なことにであいます。小学校で習う理科や社会、算数や国語、これらの科目のなかにも、不思議なことはたくさんあります。この宇宙のしくみ、社会の成り立ち、歴史や他の国の人たちの生活、足し算や掛け算の不思議、ことばのあり方の面白さ、などなど、とても気になります。
 宇宙を説明する理論には、量子力学や相対性理論(いまの物理学の大きな二本の柱になっている理論です)などがありますが、これらの理論には、とてつもなく不思議なことがたくさんつまっています。世界がいくつもあったり、時間は流れていなかったり、いろいろな不思議な結論がでてきてしまうのです。本当にこの世界は、おかしなところなのです。歴史だって、調べれば調べるほど奥が深く、いろいろな事実に圧倒されます。日本人が好きな戦国時代や幕末維新について、いろんな小説やテレビドラマがつくられるのもうなずけます。斎藤道三や明智光秀、坂本龍馬、西郷隆盛など魅力的な人物が盛りだくさんです。一人の人物だけでも、いろいろ謎があるのに、これらの人たちが複雑に関係しています。歴史好きには、たまりません。
 算数だって、本当に不思議です。そもそもそれぞれ違ったリンゴをどうして、一、二、三と同じ数として数えることができるのでしょうか。しかも、みかん三個とリンゴ二個を足して、五個などという計算をしたりします。みかんとリンゴでは、見た目も味も全然違うのに! 同じものとして、足してしまうのですから。とても、抽象度の高い計算です。よく考えると、頭がくらくらします。足し算でさえ、これほどおかしなことをしているのに、掛け算となるともうお手上げです。誰でも不思議に思うマイナスとマイナスの掛け算。「-3×-4」がなんで「+12
」になるのでしょう? いくら考えても、よくわかりません。
 とにかく、この世界は、不思議でわからないことだらけなのです。でも、この不思議さにつまずいていては、哲学者にはなれません。つまずいてもいいのですが、もっと大きな不思議さに圧倒されなければなりません。哲学に目覚める感覚というのは、まったく異なるところにあるのです。そんなわからないことだらけの変な世界が、そもそも「ある」ということ。これは、いったい何なんだ? どうしてこうなっているのか? ここで考えこむのが、哲学です。なぜ、この世界があるのか、という疑問です。この絶対に解決しそうにない高い壁に突き当たり倒れて動けなくなるのが、哲学なのです。
 たしかに世界のなかには、面白い問題が無数にあります。それはそれで、いつまでたってもすっきり答がでるわけでもないので、のめりこむのもうなずけます。でも、世界内部の問題は、一種のゲームのようなもので、その段階段階で、答がでるものないます。お金を稼いだり、幸せな家庭を築いたり、テレビやネットを見て笑ったり、学校に行っり……することなすことすべての意味が、まったく不可解なものに思えてくるのです。
 これが、哲学の第一歩です。

 

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中村 昇(なかむら・のぼる)
1958年長崎県佐世保市生まれ。中央大学文学部教授。小林秀雄に導かれて、高校のときにベルクソンにであう。大学・大学院時代は、ウィトゲンシュタイン、ホワイトヘッドに傾倒。
好きな作家は、ドストエフスキー、内田百閒など。趣味は、将棋(ただし最近は、もっぱら「観る将」)と落語(というより「志ん朝」)。
著書に、『いかにしてわたしは哲学にのめりこんだのか』(春秋社)、『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』(春風社)、『ホワイトヘッドの哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』(白水社)、『ベルクソン=時間と空間の哲学』(講談社選書メチエ)、『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)、『落語―哲学』(亜紀書房)、『西田幾多郎の哲学=絶対無の場所とは何か』(講談社選書メチエ)『続・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』(教育評論社)など。

ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン
(Ludwig Josef Johann Wittgenstein, 1889 - 1951)
1889年、ウィーンの世界三大鉄鋼王の家に、末子として生まれる。最初は、物理学を目指すも、マンチェスター大学でプロペラの設計に携わり、やがて数学基礎論に関心が移る。ケンブリッジ大学のラッセルのもとで、記号論理学を学ぶ。
第一次世界大戦ではオーストリア軍に志願し、激戦地で戦い生き延びる。この間も書き続けた『論理哲学論考』を1922年に出版、哲学界に衝撃を与える。この本は、(ドイツ語の辞書を除けば)生前刊行された唯一の著作である。
40歳でケンブリッジ大学に戻り、『論理哲学論考』で博士号を取得。50歳で教授となり、58歳で職を辞す。1951年、前立腺がんのために死去。最期の言葉は「素晴らしい人生だったと、みんなに伝えてくれ」だった。
死の2年後の1953年、遺稿がまとめられ出版される。これが哲学史に名高い『哲学探究』である。

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《『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』試し読み》
▶︎はじめに
私は世界だ
あとがき



ウィトゲンシュタイン、最初の一歩

中村 昇 税込1650円

【目次】
■ はじめに
1.哲学というのは、独特の感覚が出発点です
2.私は世界だ
3.論理
4.物理法則など
5.倫理とは何か
6.絶対的なもの
7.絶対的なものと言葉
8.死
9.語りえないもの
10.言語ゲーム
11.家族のような類似
12.言葉の意味
13.私だけの言葉
14.文法による間違い
15.本物の持続
16.ライオンがしゃべる
17.魂に対する態度
18.意志
19.石になる
20.かぶと虫の箱
21.痛みとその振舞
22.確かなもの
23.疑うことと信じること
24.人類は月に行ったことがない
25.ふたつの「論理」
26.宗教とウィトゲンシュタイン
27.顔
28.噓をつくということ
29.デリダとウィトゲンシュタイン
30.ハイデガーのこと
31.フロイトの弟子
■ あとがき