《推薦》
もがいて見つけたものを私は信じる。
それが世の感覚からズレていたとしても
――こだまさん
一読、自分へのこだわりが半減し愛が倍になった。
幸せとはこれか!と膝を打ちました。
――吉村萬壱さん
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佐々木ののか
『自分を愛するということ(あるいは幸福について)』
相撲
私には親友がいない。こう言ってしまうと、親しくしてくれている私の大事な人たちに失礼かもしれないけれど、彼らのことを「親友」と呼ぶのは何だかおこがましい気がする。私の中で親友というものは、コップになみなみと無礼を注がれるまで目を瞑り合い、しかし、ときに喧嘩をしてぶつかり合える、そういう関係だ。広辞苑を引くと「信頼できる親しい友」と書かれているから、そういう意味では、私は「親友」と呼べる人がたくさんいるのかもしれない。それに、「親友」などという言葉が先にあるから、「あの人は私にとって親友だろうか」などと思い悩むのであって、本当はそんなものは存在しないのかもしれない。しかし、人との間があればできる限り多く線を引いて、一定の距離を守っておきたいと思う私にとって、「親友」という言葉は眩しくも疎ましい憧れの表象だ。
今のこうした距離感に不満を抱いているというわけではない。むしろ私はこうした関係に安息を得ている。最初から近づきすぎなければ、仮に離れていってしまっても、心が痛むことはない。突然に拳を振りかざされたとして驚くことはあっても、身体に傷が及ぶことはない。抱擁したときに後ろ手に刺されることもない。身の危険を感じることなく、しかもお互いを尊重し合える関係なんて素晴らしいではないか。言い聞かせたいわけではなく、私は本当に、今の関係性に満足している。
しかし、唐突に、誰かとぶつかりたくなる夜がある。事切れた寂しさが化け物になり、空ふかししたエンジンが怒張する。離れた距離から手渡す言葉では足りぬと思った夜に、私は相手と無性にぶつかりたくなるのだ。ぶつかると言えば、相撲である。そう、私は相撲を取る。
相撲というのは比喩でも、冗談でもない。男性相手に相撲を申し込むと、性的な行為の比喩だとでも思うのか、照れたような顔をしてはぐらかされること多々あるが、バカにしてくれるな。私は大真面目に相撲を申し込んでいるのであって、相撲とは、俺とお前の魂の決闘である。
相撲を取るのはだいたい真夜中の公園だ。草の生えていない土が出ている部分を探して、四股を踏み、あれば塩を少しだけ撒いて、虚構の声援を身体いっぱいに浴び、行司はいないからそれぞれに四股名を名乗り合う。ちなみに、私の四股名はのの乃富士だ。
いわゆる正式な相撲のルールは知らないが、私の相撲は何でもアリということになっている。股間を蹴らないこと、指を折らないこと、目潰しはしないことといった最低限のルールは設けているが、それ以外は何をしてもいい。何をしてもいいということは、何をされてもいいということで、普段は一定の距離を守って接している相手から何が繰り出されるのかと考えるだけで、ワクワクする。ある男性は、私がバランスを崩したとき、ちょっと押せば勝てそうなものなのに、わざわざ抱え上げて地面に叩きつけた。普段はやさしい善人のような顔をしているくせに、勝負がかかるとこんなにも容赦ない奴なのかと、弱さやずるさを垣間見て高揚する。無論、私も容赦なく、相手の首に嚙みつき、爪で身体を搔きむしり、顔面に頭突きする。相撲というフォーマットを利用した、暴力の交歓だ。
なぜこんなにも相撲を欲しているのかを考えるとき、福祉団体で支援の仕事に就いている友人の話を思い出す。彼女が支援している方々はときどき、医者に止められているはずの酒やタバコの痕跡を見えるところに残すのだという話をしてくれた。彼女によれば、彼らはたぶん許されたくて、かわいい悪事を働くのだろうと言う。
社会において暴力や無礼は、悪事の一種だ。社会の中でそれらを無遠慮に繰り広げれば秩序を乱すし、嫌われる。しかし、だからこそ、私はときどき暴力や無礼に訴えたくなる。私は私の存在を根底で支える野蛮さを、どこかできっと許され許し合いたいのだ。
しかし、繰り返すが、社会の中でそれは許されない。大事な人を傷つけるのも本意ではない。だから、私は真夜中の公園に土俵という結界をつくり、その中で衝突する。相撲とは、社会から逃避行した先の無法地帯で、決死で束の間の駆け落ちなのだ。
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- 佐々木ののか/著
- 税込1,650円
- 四六判・上製、136ページ
- ISBN:978-4-7505-1734-6 C0095
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佐々木ののか さん × 牟田都子 さん
4月9日(土)15時~16時20分 《アーカイブ配信あり》
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佐々木ののか さん × 安達茉莉子 さん
4月16日(土)15時~16時20分《アーカイブ配信あり》
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