亜紀書房の本 試し読み あき地編集部

2023.6.5

49GIベビー、ベルさんの物語〈2〉

 

 

202312月頃の出版をめざして執筆・製作中の岡部えつさんによるノンフィクション『GIベビー、ベルさんの物語』(仮)の前半を公開します。

また、ベルさんをアメリカに連れて行き、肉親に対面してもらうため、クラウドファンディングを実施中です。ぜひプロジェクトの詳細をご覧ください。

https://camp-fire.jp/projects/view/677532?utm_campaign=cp_share_c_msg_projects_show

 

 


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『GIベビー、ベルさんの物語』(仮)〈2〉

前話はこちら


ベルさんの話 《施設での生活》

 わたしは施設で育ったの。最初は、横浜の『聖母愛児園』てところ。その名前がわかったのは、ずっとあとになってからだけどね。
 小学二年生で北海道に移ったから、横浜でのことはほとんど覚えてなかったの。何歳からそこにいたのかも、わからない。覚えてるのは、5歳くらいのときに、意地悪なシスターにお風呂で頭を沈められたこと。すごく苦しくて、怖かった。病院に連れ行ってもらって助かったけど、もう少しで死ぬところだった。わたしが何か悪いことをしたんだろうけどね。園長先生は謝ってくれたけど、それから大人を信じられなくなった。

 小学校に行ったのも、少し覚えてる。赤いランドセルを買ってもらって。ふたを開けると薔薇の模様が入ってた。校庭に大きな木があって、近くにトンネルがあった。父兄参観日に、みんなはお母さんが来たのにわたしには来ないから、シスターにどうしてわたしには母さんがいないの? って訊いたら、
「今は事情があって言えないけど、あなたのお母さんは、ちゃんとあなたの出生届を出してくれたのよ。だから名前も生年月日もちゃんとわかっているのよ」
 って言われた。そうじゃない子もいるって。だから、わたしは恵まれてると思う。

 小学二年生のときに、北海道に行ったの。横浜からずーっと電車でね、すごい長旅だった。
 わたしとカワイスミエ(仮名)とキダエミコ(仮名)とシスターの四人で。床に新聞紙を敷いて寝たのを覚えてる。カワイスミエもキダエミコも、わたしみたいな子供(ハーフ)だった。カワイスミエがぎゃあぎゃあ泣いて、シスターが「あなたたちはこれから山に捨てられるんだ」って言うから、「だったら今ここに捨てればいいじゃない」って、言い返してやった。
 それからは、北広島市にある『天使の園』っていう施設で育ったの。聖母愛児園と同じで、シスターたちが面倒を見てくれた。

 小学3年生か4年生のときに、お母さんが一度だけ会いにきてくれたの。顔はもう忘れちゃったけど、綺麗な人だった印象はある。ぺらぺらの薄い着物を着てたことと、白いベールをかぶせた赤ちゃんを抱いていたのを覚えてる。だけど、それがわたしのきょうだいなのか、訊いたりはしなかった。
 母さんが帰るとき「絶対迎えに来てね」って言ったの。そうしたら「いい子にしてたら迎えに来るよ」って答えてくれた。
 そんなことを言われたら、待つでしょ? 親の言うことだもん、信じるでしょ? わたしはすごく乱暴な子供だったんだけど、お母さんが迎えに来てくれるって信じて、いい子になって、ずっと待ってた。だけど、いつまで待っても来なかった。ああ、来ないんだって気がついてから、人をまったく信じられなくなった。

 天使の園では、手がつけられない子供だったと思う。いつも怒ってて、いらいらしてた。反抗してシスターに噛みついたこともある。
 学校でも、そう。勉強ができなくて、先生の話なんか聞いてなかった。一人で校庭で遊んでたこともある。将来の夢を発表するときがあって、「スチュワーデス」って答えたら、「あんたみたいな子が、スチュワーデスになんかなれっこない」って言われて、頭にきてね、その先生に殴りかかったよ。あとから校長先生が来て、わけを話したら悪かったって謝ってくれたけどね。
 そんな調子で、全然勉強しなかった。授業中はぼうっとしてたね。

 中学は、普通の学校じゃなくて、精薄児が行く学校に入れられたの。それがもう嫌で嫌で、「どうしてこんな学校に行かなきゃならないんだ、普通の学校に行かせろ」ってシスターに食ってかかったんだけど、「あなたは勉強ができないから」って言われて。
 とにかくわたしは、シスターにも先生にも、ずっと「できない」って言われ続けたの。「お前はできない、できない、できない」って。そんなふうに言われたら、できるものだってできなくなるでしょ。勉強だってする気なくなるでしょ。
 それでそのまま、行かなくなっちゃった。だから、中学には全然行ってない。代わりに、施設で雑用の仕事をしてた。炊事を手伝ったり、小さい子の面倒をみたり。

 施設では、子供たちはみんないろんな仕事をするの。掃除、洗濯、皿洗い、畑、牛の世話、乳搾り。一番嫌だったのは、サイロってわかる? 藁を入れて、雨合羽を来て踏んでいくんだけど、それが嫌で嫌で。逃げるとすごく怒られてね。

 中学生のとき、今度はお祖母さんが面会に来た。
 シスターから急に「アネッタ、お祖母さんが来たよ」って呼ばれて、応接室に行ったら、知らないお婆さんがいてさ。真っ白な髪で、上品な感じの綺麗な人だったけど、もう大人は信じてなかったし、「へえ、これがお祖母さんか」って感じよ。ニコリともしないで、立ったまま腕組んで睨みつけて、

「あんたたちが、わたしの人生を滅茶苦茶にしたんだ」

 って、言ってやった。向こうは何も答えなかったけどね。
 「お母さんはどこ?」って訊いたら「今は言えない」って。それから、何か欲しい物はないかって訊かれたから「セーター」って言ったの。お母さんの写真て言えばよかったのに、思いつかなかった。それで、あとからセーターが送られてきた。それっきり。

 18歳になったら、施設って出なきゃいけないんだって。
 ある日急に「明日からここで働きなさい」って、車に乗せられて、札幌の精神病院に連れて行かれたの。そこで、皿洗いや掃除の仕事をすることになった。住み込みでね。院長の子供たちの洗濯までさせられたよ。こっちは小学生の頃から自分でパンツ洗ってるのに、なんて贅沢でわがままな子供なんだと思って、院長に、パンツくらい自分で洗わせろって文句言ったことがある。
 次の年、その職場に、天使の園からヤマダトモコ(仮名)が入ってきたの。前から気が合わない子で、その子と働くのが嫌で嫌で、今から思うとわがままなんだけど、病院を辞めちゃった。

 しばらくぶらぶらしたあと、すすきのの大きなキャバレーでホステスをやった。そこで踊ってた踊り子さんを見て、いいなあ、素敵だなあ、踊り子なら、字が読めなくても書けなくてもできるよなあって思って、紹介してもらって、踊り子になったの。履歴書なんていらないからね。社長に会って「はい明日から舞台出て」って、そんな感じ。
 だけど、最初に入った事務所が悪いところで、キャバレーの踊り子さんみたいに踊るだけだと思ってたのに、最初の仕事で「はい脱げ」だもの。ああ、騙されたーって思って。でも逃げられないでしょ。だから、脱ぐからもっとギャラをくれって頼んだら、お金をくれたから、それをうまく隠して舞台に出たの。だって、そこらへんに置いといたら盗まれちゃうから。誰も信用できないもん。



ベルさんの話 《ストリッパーに》

 しばらくして、知り合いがいい事務所があるよって紹介してくれて、『カジノ』に移ったの。ママ(『カジノ』の経営者)が本当にいい人で、今でもつき合いが続いてるよ。ママはわたしの少し年上だから、当時は20代だったと思うけど、賢くてやり手でね、旦那は踊り子に手を出してばっかりのどうしようもない男だったけど、ママは本当にいい人だった。しっかりしてた。お世話になった。
 『カジノ』っていうのは、すすきのにあるストリップ小屋なの。ストリッパーはみんな、小屋に所属するんだよ。それで、全国の小屋を回るの。仕事は10日が基準。一回の興行が10日だから。10日踊って休んでもいいし、休まないで次に行ってもいい。好きなようにやらせてくれるから、稼ぎたいだけ稼げた。鞄一つで、小屋から小屋。

 家? その頃はなかったよ。小屋に寝泊まりしてたから。どこの小屋にも、布団もお風呂もあったからね。
 自分の物ったって、鞄に入る量しか持ってないもん。全然平気だった。だけど、男を連れ込んでセックス始める子もいたから、嫌になっちゃうこともあって、そういうときはホテルに泊まったよ。気に入ったお客さんを誘って、泊まることもあった。踊り子はみんな、だいたいそんな生活。

 わたしは、ほとんどトリだった。外人は人気があったからね。
 わたしは外人ストリッパーで売ってたの。ベル・クリスチーナって、自分で名前もつけた。どこの国って訊かれたら、ロシアとかドイツとか、適当に答えてた。外人だから金髪にしろっていうんで、ビールで染めてね。下の毛もよ。すごく傷んでパッサパサになっちゃうから、髪はたまには美容院で染めてた。
 喋ると外人じゃないってばれるから、ママからは「ベルちゃん、絶対に喋らないで」って言われてね。でも、嫌な客がいるとカーッときちゃってさ、「なんだてめえ、コンニャロー!」ってやっちゃって、よくママに叱られた。ベルちゃん、あなたは黙ってれば綺麗なんだから、黙ってなさいって。

 ママのことは信頼してたから、施設で育ったことを話した。それまで、どんなに仲よくなっても、誰にもそういう話はしなかった。いっさいしなかった。何か訊かれたら「うん、田舎にお母さんがいるよー」って答えてた。だから、あの頃そういう話をしたのは、ママだけ。
 字が読めないことも話して、ギャラから貯金して欲しいって頼んだの。ママ、ちゃんとやってくれたよ。他の踊り子たちにも「ベルちゃんは田舎にいる病気のお母さんに仕送りをしてるから、貸せるお金はないんだよ」って、口裏合わせてくれて。
 わたしはいつもそう言って、借金を断ってたの。踊り子はみんな、すぐお金を借りようとするからね。男とかクスリに使っちゃうんだよ。みんな、ヤクザもんとつき合ってたから。ヒモだよね。わたしは、そういう男とはつき合わなかった。ママにも、ヤクザだけはやめなさいって言われてたしね。
 一度、網走の小屋に出てるとき、毎日花束を持って舞台を観にくる男がいて。いい男でさ、結婚を申し込まれたの。実家まで連れて行かれたんだよ。だけど、その人のお兄さんが、こっそり「弟はヤクザだから、やめておきなさい」って耳打ちしてきたの。結婚したかったんだけど、そのことをママに話したら、絶対にやめなさいって。すごく迷ったけど、断った。今は、やめといて本当によかったって思う。ヤクザなんかと結婚してたら、悲惨だもん。そういう人、たくさん見てきたから。 

 それとクスリね。あれも絶対にやらなかった。覚醒剤よ、あの頃はね。踊り子さんたちは、みんなやってたの。もうね、ボロッボロ。歯も抜けちゃって、ひどい。本当にひどいの。歯のない口で、舞台に出るんだから。それ見て、絶対にやらないって決めてた。
 ママに褒められたよ、ベルちゃんよくやらなかったねって。そりゃあさ、わたしだって弱い人間だから、何度か手を出しそうになったこともあるよ。でも、やらなかった。
 あと、外で誰かとお酒を飲むときにも、すごく気をつけてた。何をって、クスリだよ。トイレに行ってるすきに、グラスの中に入れられちゃうことがあるから。絶対に全部飲んで、空にしてから席を立ってた。お店の人にも「わたしがいない間にお酒入れないで」って頼んでね。もしも帰ってきたときお酒が入ってたら、「悪いけど、捨てて」って、入れ直してもらってたよ。
 そのくらい、気をつけてた。誰も信用してなかったから。

 警察に捕まったことは、2回ある。舞台で全部見せちゃうから、それって犯罪でしょ。踊ってたら手首を掴まれて、低い声で「わかってるな」って言われてね。ああ、捕まっちゃったって。
 留置場には、10日間入れられるの。踊り子の仕事のサイクルと同じ? ほんとだ。面白いね。10日間、毎日尋問されるんだけど、乱暴なことはされなかったよ。どうしてストリッパーなんかやってるんだとか、まじめにやんなさいとか、お説教ね。あと、学校に行きなさいって言ってくれた警察官もいた。全然、右から左だったけどね、あの頃は。
 その頃、テルキ(仮名)とつき合ってて、明大前で同棲してたの。すごいハンサムで、飲み屋で会って一目惚れして、わたしから声をかけたんだよね。うん、それが東京で暮らし始めたきっかけ。
 テルキは一応役者だったけど、下手くそ。ひどい大根。だから全然仕事がなくて、わたしが養ってたようなもの。
 だけどさ、テルキ、わたしが留置場に入っても、一度も面会に来なかったんだよ。ハガキ一枚寄越さなかった。
 わたしが字が読めないから? ううん、テルキはわたしが字が読めないなんて、知らなかったから。言わないよ、そんなこと。生い立ちだって話してないもん。札幌で生まれ育って両親は札幌にいる、って話してた。信じてたと思うよ。彼氏だろうが誰だろうが、言わない言わない。そういうことを話したのは、あの頃はママだけ。

 テルキの役者仲間の一人が、水島さんだったの。
 あとで仲良くなったけど、その頃はあの人にだって、何も話してなかった。踊り子をやってることも隠してた。でも、新宿の小屋で踊ってるときに偶然観にきちゃって、バレちゃった。だけど、施設で育ったとか、生い立ちはいっさい話さなかった。絶対、誰にも話さなかった。誰も信用してなかったから。

 親友? それはね、一人だけいた。マリリンていう、黒人のアメリカ人。事務所は違ったけど同じ踊り子で、歳も近くてね。すごく気が合って、一緒に住んでたこともあったよ。
 とっても頭のいい人でね。ものすごく太ってたの。お相撲の小錦っていたでしょ、ああいう太り方。だから、舞台に出るとひどいの、野次が。クロンボ引っ込めー、デブ引っ込めーって。マリリンは知らん顔して踊ってるんだけど、わたしが頭にきちゃって、舞台に出てって「黙れテメエ! この野郎出てけ!」ってやっちゃって、叱られてね。
 わたしもビール何十本と飲んだけど、マリリンもすごく飲む人で、よく一緒に飲みに行ったよ。バンスってわかる? ギャラの前借りのこと。ママにバンスをお願いして、よく飲みに行った。二丁目のゲイバーが多かったな、女でも入れてくれるお店があったから。
 そのときも、行く前にお店に電話しておいて「これから友達を連れて行くけど、変なことを言ったらただじゃすまないからね」って、脅してから行ってた。どこに行っても嫌なこと言われてたから、マリリンは。でも、わたしがどんなに怒っても「いいんだよ、ベル」って言うの。そういう人だった。優しい人だった。
 ううん、マリリンにも、自分の生い立ちは話してないよ。実家は札幌で両親がいるって、そう話してた。向こうも根掘り葉掘り訊いてなんかこなかったよ。こっちも訊かなかったしね。

 え? マリリンもハーフじゃなかったかって? いやあ、自分はアメリカ人だって言ってたよ。家族はアメリカにいるって。
 言葉? うん、日本語を普通に話してた。英語を喋ってるところ? それは見たことなかったな。えっ、マリリンもわたしみたいな生い立ちじゃないかって? わたしみたいに、マリリンも嘘をついてたかもしれないって? まさか。……ああでも、そうか。そうだよね。いやあ、考えたこともなかった。
 マリリンとは、いつの間にか離れちゃったの。喧嘩したわけじゃない。自然と。携帯電話なんかなかった時代だから、いつの間にか連絡つかなくなっちゃった。
 40歳くらいのときだったかな、マリリンは死んだよって、昔の踊り子仲間から聞いたの。どうして死んだのかは知らない。でも、あれだけ太ってたからね。それに、とにかく飲んだから。わたしの何倍も。アル中だったんじゃないかな。だから、びっくりはしなかった。

 わたしが踊り子を辞めたのは、36歳くらいのとき。もう年だし、そろそろ辞めようかなって。ママに頼んでた貯金、二千万円になってたよ。いつの間にか消えちゃったけどね、飲んだり遊んだり、いろんなことに使って。
 それからは、いろいろとバイトをしたよ。歌舞伎町のキャバレーにちょっといて、それから伊勢丹の斜め向かいにあったピザハウスで皿洗いのバイトとか、西口のビジネスホテルのベッドメイキングとか、家政婦もやった。あと、カラオケボックスの掃除係。
 人とあんまり関わらなくていい仕事が好きだった、気楽だから。



ベルさんの話 《パパ》

 パパと知り合ったのは、ピザハウスでバイトをしてるとき。地下鉄の新宿駅の改札のところで、声をかけられたの。お茶しないかって。
 小さくて冴えなくて全然タイプじゃなかったから、追っ払おうとして「お金くれるなら、つき合ってもいいよ」って言ったら、くれるって言うから面白くなって、つき合ったの。そうしたら、次の日も電話くれて、優しいなと思った。七つ年上で、奥さんも子供もいる人だったけどね。すごくいい人だった。
 つき合ううちに、この人は信頼できると思って、生い立ちのことを話したの。それで、どうしてもお母さんに会いたいんだって言った。そんなこと思ったのは、はじめてだった。踊り子をしてる間は、お母さんのことなんかいっさい思い出しもしなかったのに。不思議だよね、どうしてだろう。パパだったからかな。
 そしたらパパが、いろいろと調べてくれて、わたしのおじさんて人を見つけてくれたの。お母さんのお兄さんか弟、どっちだったかは覚えてない。名前もわからない。学校の先生だって言ってた。パパの車で、その人の家まで行ったの。町田だった。
 おじさんは会ってはくれたんだけど、わたしが喧嘩腰になっちゃったから、パパがまずいと思ったみたい。「お前は車で待ってなさい」って言って、パパだけがそのおじさんの家に入って、話をしてくれたの。

 あの頃はね、わたしまだ、すごく怒ってたんだよ。お母さんに会いたいっていうのも、今みたいな気持ちとは全然違ってて、「どうして約束を破ったんだ」って、ひとこと言ってやりたかったの。謝って欲しかった。

 パパがおじさんと何を話したのか、そのとき聞いたと思うんだけど、覚えてない。たぶん、お母さんのことは何も知らないって言われたんじゃないかな。
 ひとつだけ覚えてるのは、パパが「あの家は、何か宗教に入ってるぞ」って言ってたこと。部屋に、ものすごく大きな仏壇があったんだって。
 それから、埼玉にも連れてってくれたよ。お母さんが住んでた家がわかったって。埼玉のどこかは、わからない。パパがどうやって調べたか? さあ、知らない。聞いたかもしれないけど、覚えてない。
 着いたらね、平屋の小さな一軒家だった。お母さんはいなかったんだけど、隣の家から男の人が出てきて、大家さんだって言うの。その人がお母さんのことを覚えてて、「旦那さんが外人さんで、一緒にアメリカに行っちゃったよ」って教えてくれた。
 写真も見せてくれてね。はっきり覚えてないけど、黒人の男の子が写ってた気がする。
 お母さんの旦那さんが黒人だったか? うーん……そう言ってたかもしれない。よく覚えてないの。きっとまた、わたしは怒ってたんじゃないかな、お母さんがいなかったから。
 それからしばらくして、パパから連絡がないからおかしいなと思って、会社に電話したら、死んだっていうの。交通事故に遭って亡くなったって。
 わたし、いてもたってもいられなくてね、お葬式に行ったよ。こんな外人みたいな顔した大きな女が突然来て、わあわあ泣いてたんだから、家族はなんだろうと思っただろうね。でも、ちゃんとお別れしたくて。だって、わたしにあんなに優しくしてくれた人、今までいなかったんだもん。


GIベビー、ベルさんの物語〈3〉に続く。


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