ところで、パンディアンのフィールドワークおよび、その成果としてのエスノグラフィーに向けられた問題意識には、奥野さんご自身の方法意識と深く通底する部分があるように感じられます。『フィールドワークのちから』(亜紀書房、二〇二五年)では、フィールドワークを「外部」へと通じる通路を穿う がつ実践として捉え、そのために新たな方法的試みを重ねてこられたことが論じられていました。ご自身の方法とパンディアンのそれとが重なる点、また逆に異なる点について、お聞かせいただけますか。
——フィールドワークの「体験」をとりわけ重視している点において、私はパンディアンの試みに強い共感を覚えています。言い換えれば、パンディアンも私も、フィールドワークを単なるデータ取得の手段としては捉えていない、ということです。インゴルドの言葉を借りれば、人々「について」データを集め、それを記述・分析するのではなく、人々「とともに」、人間が生きるということそのものについて考える営みとしてフィールドワークを位置づけています。
『フィールドワークのちから』の中で私自身は、フィールドワークの体験そのものをさらに掘り下げ、たとえば現地で寝そべり、時に夢とうつつの境界で語りを聞くこと、あるいは異なるバックグラウンドをもつ人々とともにフィールドに入ることを通じて、自分たち自身がいかに「異化」されるのかという体験へと、体験の質そのものを問い返してきたように思います。
これに対してパンディアンは、例えば、ジャクソンという人類学者を取り上げ、フィールド体験ももちろんですが、偶然に見舞われるさまざまな体験と書くことを通じて考えるプロセスに強い関心を寄せています。フィールドでの体験だけでなく、校正や建築現場での仕事によって生計を立てていた極貧時代の体験、放火魔と噂されることになった出来事、大学から本気度を疑われ、皿洗いの仕事を割り当てられた体験といった複数の個人的な体験を折り重ねながら、ジャクソンが研究論文だけでなく、散文や詩を「書く」という行為を通じて思索を深めていく過程に目を瞠っているのです。
少し話がそれてしまいましたが、そこから第3章の「来たるべき人間性」へつながり、今度は、政治活動、アート、小説といった人類学の「外部」の実践が検討されます。
——本章では一貫して、人類学の「外部」にある実践を手がかりにして、人類学が今後どうあるべきかを考察しています。
政治活動の例では、ホノルルで開かれた世界自然保護会議(WCC)が取り上げられます。科学的言説が強い場で、先住民アクティヴィストがそれとは異なる世界観を主張する。自然を人間から切り離して「保護」するモデルに対し、人間と環境の不可分な関係を前提とする考えを対置する。単一の解決策ではなく、異なる世界観が「部分的なつながり」を通じて共存しうる未来が示されます。
アートでは、リチャードとジュディス・セルビー・ラング夫妻の作品「プラスチック断層」が論じられます。海岸で集め、分類したプラスチックごみが、私たちの時代の文化的な肖像を描く素材になる。特徴的なのは、怒りや告発ではなく、「美」や「ユーモア」を入口にする点です。アートの体験が、私たちが生きている世界とは別の世界を想像してみる契機になる、というわけです。
小説では、SF作家アーシュラ・K・ル= グウィンが登場します。父が人類学者アルフレッド・L・クローバーであることも踏まえながら、彼女のフィクションが単なる空想ではなく、批評であり、同時に生成の営みであることが論じられます。物語によって「向こう側の声を聞く」こと、そして「新しい生き方が生まれる可能性」を育てるために土壌を耕すこと。フィクションもまた、世界の別の可能性を想起してみるための実践なのです。
順に、政治、アート、小説が扱われているのですね。これらに共通するのは、他者に関わり、その関わりによって自分の知の地平を広げようとする想像力の運動ですね。「外部」から得た洞察が、終章で人類学の役割を再定義する足場になる。
——パンディアンの議論は最終的に、「人類学批評」という考えに収斂していきます。ここでの批評とは、矛盾に対して「正しい答え」を出すことではありません。むしろ、矛盾を抱えたまま、思考と実践を止めない、という倫理的態度です。
トランプ政権下で目撃した「内に閉じていく社会」に対して、どうすれば「外部」との通路を保てるのか。彼はその状態を「開かれ」という言葉で繰り返し表現します。他者や「外部」に向かって、閉じずにいること。簡単に言えば、それを粘り強く続けることが批評なのだ、というわけです。
批評が、私たちの暮らす現代日本の「内部」だけに閉じてしまい、小さくなってしまった現在、本書の意義は決して小さくないと思います。
矛盾を抱えたまま、それでもなお他者に開かれていく。その可能性を探る営みとしての人類学。本書『人類学は何ができるのか』が提示しているのは、まさにそうした批評的実践だと言えるでしょう。
本日はありがとうございました。
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人類学は何ができるのか
——不安な時代を生きるための方法——
(アナンド・パンディアン著、奥野克巳・花渕馨也訳)
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